夏服に着がえて

あおみなみ

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第5話 夏の終わり 海辺の美少女

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 関西の有名な高校が何度目かの優勝し、今年の全国高等学校野球選手権大会こーしえんが終わった。

 と同時に、父がきちんとした格好で外出するようになって、気付けば「父さん、来週から仕事つとめに出るよ」と、夕飯のときに言われた。

 食卓の上がいつもよりほんの少し豪華で、一輪挿しに小さなヒマワリまで飾ってあった意味が分かった。
 母の機嫌のよさが、こういうところから感じられる。

 知り合いの人のつてで、扱うものは少し違うけれど、これまでと同じ営業職ということだ。
 そういえば私、父が何の会社に勤めているのが、正確に把握していなかったかもしれない。
 それでも普通にご飯食べて、夏期講習受けさせてもらって、中学生なんて気楽なもんだ。

「それで、あんた2学期からどうする?」
「どうするって?」
「塾よ。夏期講習で行っていたトコ、気に入ってたみたいだし」
「どうしようかなあ…志望校もちょっと考え直してるし」

 父が会社を辞めて、母がヒステリックな声を上げ始めたとき、私はウチは結構ヤバイのではないかと直感的に思った。

 高校の授業料じたいは、かなり高所得の家でもない限り、実質無償タダとは聞いたことがあるから、そこはまあいいとして。
 行きたいと思っていた高校は、制服だけで10万くらいかかるといううわさがあったので、もうワンランク下で、しかも私服校OKというところにしようかと考え直していたのだ。

「後悔しないように、できるだけ行きたいとこに行くつもりで勉強した方がいいぞ」
「ん、そだね」

 父が志望校に行けず、滑り止めの学校に行くことになったという話をしたときって、どんなシチュエーションだったか、今となっては思い出せない。
 ただ、今回の辞めた会社への恨み言みたいな調子でいろいろ言っていたので、多分ちょっと不遇だったときなのだろう。
 その証拠に、今はここまで常識的なアドバイスをしてくれちゃっている。
 心に余裕があると、これくらいのことは言ってくれるんだと思ったら、ちょっとうれしくなった。

「この魚――うまいが小骨が多くてなあ…」
 とブツブツ言いつつ不器用に箸を動かしている姿を、変な話だけど、なんだか可愛く思ってしまう。

◇◇◇

 私たちから少し遅れて席に着いた母が味噌汁を一口飲んで、「そうだ、あんた宿題って終わってる?」と言った。

「え――あ、まあ一応…」

 宿題が(一応)終わっているのは本当だけど、こんな和やかな雰囲気のときに小言を言われるのは嫌だなと思ったら、母はこう続けた。

「夏休みももう終わるし、お父さんの仕事が始まる前に、3人でどこか出かけようって言ってたのよ」
「えっ?」
「ほら、海岸地方であんたの好きな漫画のなんかやってたでしょ?聖地セーチ巡礼ジュンレーっていうの?」

 ヲタカルチャーへの理解がガバガバな母が、大分らっちゃくっちゃないとっ散らかったことを言った。
 「海岸地方」と言われる県の沿岸部に、地元の人が考えた「イカす!海男児かいだんじ五人衆(※詳細は下記フリースペースを参照)」という、五か所の海浜かいひんを擬人化したイケメンキャラがあって、私はひっそりとSNSでフォローしたりしていたが、グッズは本当の地元に行かないと買えないので、確かにずっと行きたいとは思っていたのだ。

「いいの?」
「お母さんもちょっと調べたんだけど、スタンプラリー企画のポイントで有名なケーキ屋さんがあったし、パート先のお土産でも買いたいなって思ったのよ」
「ああ、そうか。スタンプラリーやってるっけ」
「受験も大切だけど、たまには息抜きも必要でしょ?」
「うん!」

 「イカ五いかご」(略称)はマチャも大好きなコンテンツだ。
 LINEでお出かけのことを知らせると、彼女が一番好きなキャラが怒っている顔のスタンプに、「このお、うらやましいぞ!」と添えた返信が来たので、「お土産買ってくるよ」と返事した。
 すると、「アクキー(アクリルキーホルダー)とクリアファイル希望!持つべきものは友だねえ」という、「現金な態度」を具現化したような返事がさらに来た。

 そういえば、みやびちゃんがイカ五を知っているかは分からないけれど、この間のパフェのお礼に、何か買ってこようかな。

 私の心にもゆとりができたようで、そんな殊勝なことを考えていた。

◇◇◇

 当日は、黄色い薄手のワンピースに麦わら帽子で、少しおめかしして出かけた。
 浜風に裾をなびかせるのは、何だかちょっと美少女になったみたいで気持ちがいい。
 心なしか、帽子を押さえる手もちょっとお嬢様っぽくない?
 そりゃ、本格派のみやびちゃんみたいにはいかないけど。

 その様子を父がかなり「引き」で写真を撮ってくれたので、マチャにその場で送ったら、「おいおい、どこの美少女(風)だよ」とメッセージが来た。

 どうせ顔とかあんまり見えないんだから、(風)はつけなくてよろしい!
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