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ほしの初恋 “炎の美少女”を探せ

交歓会

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1982年、山深い小さな村に住む保志流星(中1)。
悩みといえば、中途半端に印象に残る「名前」だけという、平和な日常を送っていた。
夏休みに入って2日目、同じ県内で人口が一番多い市の姉妹校から、
200人の中学2年生が学校交歓会のために来るというので、
学校はもちろん村全体がそわそわ浮足立っているが、流星はさほど興味がなかった。
しかし、夜のキャンプファイヤーでたまたま見かけた1人の女の子が気になって…。
(ある意味)ちょっと切ない初恋物語です。

***

 保志ほし流星りゅうせい、中学1年生
 彼が住むF県春南はるな村は、山林面積が7割を占めると言われる同県の中でもひときわ山深い、イナカ・オブ・イナカである。

 冬は雪深く閉ざされるし、暮らす上で何かと不便が多いが、流星は村の暮らしが決して嫌いではなかった。
 ごくたまに連れていってもらう町場の、建物や看板、ネオンサインのにぎやかさより、季節ごとに装いを微妙に変える山々や、咲き乱れる野の花々の方が好きだな、何か「色」がいいな、自然のものだからかな――と、うまく言語化はできないが、漠然と思っていた。

 悩みといえば、名前をからかわれることくらいだろうか。

 音はホシだが、表記は星ではなく保志。流星の住む村、というか地域には割といる姓だが、「星流星だったら面白かったのにね」とよく言われる。
 ただ、本当に星だったら、多分「なんか海苔の会社の名前みたいだ」って、別のからかわれ方をするだろう。そもそも名前に「星」って字が入っているのが悪目立ちする原因だから、「カッコイイね」と褒められても、実はあまりうれしくなかった。

 ▽▽

 流星たちが通う春南村立春南中学校は、県内で一番大きな片山かたやま市というところにある市立第四中学校と姉妹校関係にあって、昔から2年生同士がお互いの市村しそんで宿泊交流をするならわしがあった。

 5月頃、流星たちの中学校の2年生が四中に行き、夏休みに入ってすぐ四中生が春南村に来て村内の民宿に分宿し、4県にまたがる湿原が有名な観光地で登山をするのだそうだ。
 春南村はその観光地の玄関口といえる場所にあるので、他には何もないが、そういう観光客を受け入れる民宿だけはやたらに多かった。

 1982年、夏休み初日。

 その四中生たちが明日やってくるというので、2年生はもちろん他の学年、さらには村民全体が浮足だっていた。
 流星たちの学校には1学年20人もいないが、向こうは2年だけで200人いるらしい。
  5月の交流で四中に友達ができたという2年生の中には、文通でお互いの様子をやりとりしている女子もいた。
 それを女子の間では回し読みするし、男子も何となくおこぼれをもらうから、意外と情報共有は行き届いているが、他の学年の者にとっては、都会から未知の生徒が大挙してやってくるというのは、やはりソワソワ要素にはなるようだ。

 同級生や3年生は、カワイイ(カッコいい)子はいるかなとやたら期待を膨らませているが、流星は同じクラスの阿久津あくつひとみのことを、テレビのアイドルよりカワイイと思っていたので、あまり興味もなかった。

 流星とひとみは付き合っているわけではないが仲良しだった。
 身長160のひとみは155の流星を「ちっちゃくてかわいい」などとは言うが、名前のことでからかわない。
 流星はひとみのサラサラの髪と、ささやき声が好きだった。

 ▽▽

 翌日の2時頃、四中生たちはやってきた。
 朝の6時に片山を出てきたという。

 学年委員長だという橋田はしだふみという賢そうな女子が代表の挨拶をした。
 ぱっちりした目と広いおでこを持つふみのことを、「美人だな」「性格きつそう」など、勝手に値踏みをする男子もいた。
 おっとりした性格が一目でわかるひとみの方が流星には魅力的だ。
 ただ、難しい言葉が原稿なしでスラスラ出てくるのはすごい。
 都会の子だからなのか、上級生だからか、流星にはよく分からなかった。

 四中生たちはちょっとしたレクリエーションのあと、いったん民宿に入り、6時半頃また春南中のグラウンドに集まることになっている。地元に伝わる「春南甚句じんく」の踊りを披露したり、キャンプファイヤーをしたりするのだ。
 夏とはいえ、さすがに7時を過ぎると大分暗くなる。ただでさえ人家が少ない上、それぞれの間隔が離れている春南村ならなおのことだ。四中生たちが、「うわ、どっぷり暮れちゃうと暗いね~」「でも、こういうトコだと星がきれいそう」などと口々に言っている。お互いが近くにいる者の顔を認識するのも難しい。

 交流という名目なので、学校からは特にここに立てという指定もなく、てんでばらばらに、まだ火の入っていないやぐらを取り囲んでいた。
 流星は「ひとみ、どの辺にいっかな…」と気にしつつ、仲のよい安西あんざいという男子と一緒にいたが、絶対数の多さからか、どうしても周囲には見慣れない四中の水色ジャージ姿の者が多いようだ。

 山深い村は、夏でも日中涼しいのはいいとして、夜は結構冷える。
 一応学校からは、温度調節の利くものを着るようにという指導はあったのだが、高をくくって半袖で参加し、寒そうに見える生徒もいたのだろう。村民は老若男女問わず結構参加していたので、近くにいる者に「にしゃらあなたたちさむぐねか寒くない?」などと話しかける老婆もいた。

 そんな中、やぐらに火が入り、一瞬にして参加者の顔が赤く照らされた。
 すると、近くにいた四中の、「女子だ」という程度の認識だった生徒の顔が、ぱっと明るみになった。

「え…あ…」

 流星はそのとき、「ひとみよりかわいいと思う女子」を初めて見た。

 交歓会に参加しているからもちろん2年生。流星よりも1年上だ。
 その女子に見とれたような表情も丸わかりになってしまったので、目が合うと、にっこり笑いかけられ、流星は少しあせった。
 ふっくらした頬と、少しだけとがった顎。口を閉じたまま、口角を上げたように笑っている表情が少し大人びている。まつげの分量が多いのか、目元が黒々としており、笑うとその目が唇とは反対方向に弧を描いたような形になった。髪はポニーテールに結んでいて、はつらつとした感じがする。

(ダメだダメだ、俺にはひとみという心に決めたオンナが…)

 と、一瞬の気の迷いを振り払うようにかぶりを振り、付き合っているわけでもないひとみに堅苦しい心の操を立てる。
 が、流星より少しだけ背が高いその女子に背後をとられ、斜め上から「ねえ、向こうで話さない?」などとささやかれると、「あ…その…はい…でも…」と、しどろもどろになった。
 
「でも…そんなことしていいのかな…って」
 流星の声はしりすぼみに小さくなっていく。
「いいじゃん。交歓会だよ、お話しするのは普通でしょ?」
「はあ…」
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