しるびあのため息

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
5 / 13

ぼさぼさ頭と黒い顔

しおりを挟む

 どこぞのドラマに登場する外科医じゃあるまいし、失敗しない人間なんていない。
 失敗しても認めない人間はいるかもしれないけれど、それはともかく。

 失敗という言葉を使うには重い、例えば衣類に糸くずがついていたり、出先で小さな忘れ物に気づいたり、漢字の読み方や言葉遣いを間違ったり程度のうっかりや失敗は、誰にでもある。恥ずかしながら、私たちは家族そろって、そんなことはしょっちゅうだ。

 夫や娘にそういうことが起きたとき、私は軽く注意したり、間違いを訂正したりする。
 赤の他人の場合、状況にもよるけれど、指摘することで恥をかかせる可能性もあるので、スルーすることも多い。
 娘も私たち二人に対してほぼ同じような対応で、友人知人の場合、よほど親しくない限りはやはりスルーのようだ。

 しかし夫は、私や娘がお茶をちょっと洋服に垂らしてしまった程度のことでも、「わー、大変大変!」やたらと大げさに反応し、くどくど「次からはちゃんとしないと…」「大体君はいつもいつも…」と、小言を続ける。

 そんな夫を見ていると、やたらとせっかちで気もみ症のところが苦手だった夫方の祖母を思い出し、懐かしく――はならない。ただただ苦々しい。
 締めはいつも「こんなこと注意してくれるのは、家族(身内)だからだからね?赤の他人ならこんなににならないよ?」だ。

 親身という言葉を使われ、「まあ、そうねえ…」と一応納得はするものの、「苦い薬は体にいいとかっていうでしょ?耳が痛いってことは図星ってことだし(以下エンドレス)」まで話が広がると、さすがに「そこまで言われるほどのことをしたか?私」と疑問が浮かぶ。
 こんなときの私は、「良薬口に苦し」って言い方の方が据わりがいいと思うけどなーと思いつつ、面倒なので指摘もしない。

▼▼

 昔『頭の体操』みたいな本で読んだ二つのクイズが頭に浮かんだ。問題内容は全く違うのだが、答えに至る発想が全く同じなのだ。

[その1]
ある村に2人の理容師がいた。1人は頭ぼさぼさ、もう1人はきちっと整った頭をしている。どちらに散髪を頼むか?
(これは「床屋のパラドックス」の応用みたいな話?)

[その2]
蒸気機関車に向い合せで乗っていた2人の女性。1人だけ窓から入ってきたススで顔が汚れてしまったが、顔を洗いにいったのは、顔が汚れていない方が女性だった。その理由は。

 その1の正解は「頭ぼさぼさの理容師」が正解。これは、ぼさぼさの方がきちんと整った方の散髪をしているという推理から。
 その2は「顔が汚れた女性は、汚れていない女性を見て、自分も汚れていないと勘違いし、汚れていない女性は、汚れた女性を見て、自分の顔も汚れていると思ったから」という答え。要するにお互いがお互いの鏡になった格好である。

▼▼

 夫は私のちょっとした失点をためらいなく長々と注意するが、私は(あまり)しない。
 もともとは私がどちらかというと大雑把な性格で、彼が小さいことを気にしがちという性質に負うところが大きいのだが、それなり年月の結婚生活を経て、ある意味すっかり逆転したように思う。
 私は彼のそういうくどくどしいところが必要以上に気になり、夫は私を「神経質という名の無神経」のせいでくどくど注意する一方で、自分の方は「使用していない部屋の電気」「洗濯物ポケットのお邪魔虫」「ごみの日カレンダー」的なものに全く注意を払わなくなっていった。

 私は彼を無神経と思い、彼は私をズボラと思う。そして自分自身のことは「うわ、私、細かいことを気にし過ぎ…」となる。

 結婚2年目で生まれた娘が高校生になるほどの長い間、何とかしようと全く試みなかったわけではない(夫側のことは知らない)。
 しかし結局、不発に終わったのは、注意しては反論され、スネられ…としているうちに、「もうええわ」となっていったし、それがいつ頃からのことか、もう思い出せないほどだ。
 この状況で私のディスコミュニケーションぶりを責める人がいるならば、よほどの妙案を持っているのだろう。ぜひとも打開策をご教示いただきたいところだ。

▼▼

 二人の人間がともに生活している。
 二人ともお互いに何らかの不満を抱え、一人は「自分は我慢している」と言い、もう一人はただ黙っている。

 さて、本当に我慢しているのはどちらでしょ?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

いつかは さようなら~よかれと思うことをしてくれなくていい。嫌なことをしないで。

あおみなみ
現代文学
高校時代1年先輩だった、涼しげな容姿で物静かな「彼」こと相原幸助。 愛らしい容姿だが、利己的で共感性が薄い「私」こと天野真奈美は、周囲から孤立していたが、「彼」がいればそれでいいと思っていた。 8年の交際の後、「彼」と結婚した真奈美は、新婚初夜、耳を疑う言葉を聞く。 ◇◇◇ この短編を下敷きにして書きました。そこそこ長編になる見込みです。 『ごきげんよう「あなたは一番見るべきものを ちゃんと見ていましたか?」』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/566248773/193686799

─それぞれの愛《家族の風景》─

犬飼るか
現代文学
浮気し、家族を捨てた父。 必死で生きるなか、それでも自分なりに娘達を愛している母、梨夏。 どこかのんびりと、けれど毎日を懸命に過ごす妹の、由実。 しっかりとした性格だが、どこか愛されることに飢えた姉の、美花。 家族それぞれの日常の中での過去と、 それぞれの愛する人。 そして、それぞれの感情の交差。 ─どうか楽しんで頂けますように─

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...