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20代育児ブロガーmint その2
しおりを挟む「ママ、ただいま」
「あ、菜々美、お疲れさん」
私は40代(詳細省略)、内職主婦。
菜々美が帰ってきたときは、ダイニングテーブルでノートパソコンを開いていた。
夫の扶養内だし、月5万稼げればいい程度だけど、データ入力などを請け負っている。
人の話を正しく聞けない以外は「まあまあ悪くない」夫と、高校生の娘との3人暮らしだ。
まだ5時くらいか。私もそろそろ夕飯のしたくをと思っていたタイミングでの菜々美の帰宅。となると、彼女の口から出る言葉は、何となく想像がつく。
「何かすぐ食べれるものない?」
「パパが買い置きしてあるお菓子、勝手に食べていいって言ってたよ。ご飯にひびかない程度に食べれば?」
「あれかあ…私、「トッペ」より「ピッキー」の方が好きなんだよね。パパって何度言ってもトッペばっかり買うから…」
「パパがあれ好きなんでしょ?」
私はあまり食べないが、トッペはプレッツェルの中にチョコたっぷり、ピッキーは表面にチョコしっかりで、どちらも人気のお菓子だ。「甲乙つけがたい」と言って両方好きな人も多そうだけど、やはり派閥的なものもあるのだろう。
「違うよ。トライアングルでトッペはいつも特売だからだよ。お酒買うついでに買うだけでしょ」
「要らないなら食べなきゃいいでしょ」
「まあトッペも嫌いじゃないけどさ…」
トライアングルというのは、夫がよく行くお酒の量販店で、お菓子も豊富にあるので、高校生の菜々美や友達も結構行くようで、商品情報には私より詳しい。
そういえば夫がときどき、「トライアングルで米買ってきたよ、10キロ3,500円!安いでしょ?」と嬉々として担いでくることもあるのだが、そういうときに限って私も買ったばかりだったりするので、「せめて事前に確認してくれれば…」と、ひっそりため息をつく。
お米は乾物っぽく見えるが、生鮮食料品として扱うのが正解だ。すぐ食べないお米は、野菜庫に何とかスペースを作って収納するしかない。
確かに毎日食べるものなので、ストックがあった方がいいという感覚も分からないではないが、「毎日ご飯作っている人間の都合」を一顧だにしないのは何なのか。
印象に残るように非難がましくいえば「せっかく買ってやったのに!」とキレるし、やんわり言うと覚えていない。何よりまあ許容範囲かなあと思って受け入れてはいるのだが。
▼▼
しかし、菜々美に背後から声をかけられたときは、実は作業中ではなかった。
私にはもう一つの顔がある。
「20代、1歳男児の母、mint」である。
そのていでブログを書いているが、コメント欄やブログとひもづけてあるツイッターで、全く知らない人たちと意見や情報を交換し合うのを「趣味」としているのだ。
もっぱらのネタは「子育てやダンナへの愚痴」である。
年齢を20代、子供を1歳男児と事実とは違う設定にしているのは、万が一夫に見つかったとき、私とは別人だと思い込ませるための、いわばフェイクだ。
住んでいる地域のローカル情報を書いていたとしても、よほど不用意な写真を載せない限り、私だとはばれないだろう。
菜々美がまだ赤ん坊の頃のあれこれを思い出したり、現在の生活でされた゛嫌なこと”を何かに置き換えたりして、「困ったダンナ像」を作り上げている。
なぜこんなまどろっこしいことをするのか?といえば…。
レモンケーキのこと、蚊取りリキッドのこと、マルチタスク嫌悪のこと、そのまま書こうとすると、細かいニュアンスを伝えるために、文章がどうしても長くなり、読んでもらいづらくなる。
仮に理解してもらったとしても、「優しい旦那様じゃないですか。何が不満なんですか?」と言われてしまう(かもしれない)。
何なら、愚痴も愛情の裏返し的に捉えられる可能性もあるだろうし、こちらのディスコミュニケーションぶりを責められる場合もある。「どうしてちゃんと話し合わないんですか?」と。
その点、「子育てでへとへとの若い母親、非協力的なダンナ」の構図を作れば、同じ境遇の人と共感し合えるし、そうでない人からの理解も得やすい。その愚痴を嘘松だと決め付ける人はあまりいない。少なくとも、想像を絶するような話はしないよう、心がけてもいる。
時には「男をたたきたいだけだろ。これだけはおフェミ様は…」的に絡まれることもあるが、私自身がいちいち反応しなくても、「今はそんな話していません。ちゃんと読んで」「あなたこそ、そうまでして女叩きをしたいの?」と反論してくれる人も多い。
最初はちょっとした出来心だったけれど、最近思うのは、私は明らかに、夫の悪口を誰かが言っているのが聞きたいのだということだ。
正しい方法ではないが、そうして溜飲を下げたい。
自分が正しいと思い込みたいのか、「悪いことをしているわけでもない」ダンナの挙動のあれこれを毛嫌いしてしまうのをためらっているのか、自分でも分からない。一つだけ言えるのは、今はこのブログ創作を心から楽しんでいる、ということだけだ。
20代っぽい文体や言葉遣いが分からず、必死に若作りになったり、「…」をあえて普段使わない「・・・」に置き換えたり、絵文字や顔文字をふんだんに使ったりしたが、逆に今の等身大な物言いの方がリアルかもしれないと思い直しもしている。こうした試行錯誤もまた楽しいと知ってしまったので、なおやめられない。
▼▼
「んー、やっぱりピッキーのがおいしいなあ」
菜々美はそういいつつ、トッペ一箱に2袋入っているうちの1袋を開け、私にも1本勧めた。
「私はいいわ。なんだかんだいって食べるのね」
「だって勝手に食べろって言っているんでしょ?そりゃもらうよ」
そして屈託なくポリポリと食べながら、こう付け加えた。
「お菓子のストックしとくいいパパみたいなアピール、悪いけど、やり方がやっすいよねえ…」
菜々美は私みたいに盛り盛りブログを書いたりはせず、夫本人に面と向かって、「パパ、次はピッキー買ってきてよね。またトッペだったらもう口利かないからね」などと、わがままで生意気なことを言うのだ。
娘に甘々の夫は、「分かったよ。覚えていたらね」と穏やかに答え、そして多分その場で忘れるし、菜々美も「口利かない」まではしない。
「まあまあ、私のダーリンなんだから、あんまり悪く言わないでよ」
「ママってさ、絶対パパのこと悪く言わないよね?」
「だって、毎日私たちのために頑張ってくれてるんだし…」
この点については、ウソ偽りなく感謝している。「食わせてもらっている」まで卑屈になるのはぞっとしないが、彼が私たちのために、そこそこしんどい思いをしているのは間違いない。
「友達のお母さんとか、すごいらしいよ。事故に遭って保険金残して死ねとか、フリンでもしたら、身ぐるみ全部はいで離婚するとか言っているって」
「それはまあ――たくましいね」
「私もパパ、別に嫌いじゃないよ。ただ、ちょーっと人の話聞かないなって思うだけ」
「そう。ならよかった」
私もその時点では、例のブログで笑える程度の不満しか書いていないつもりだった。
夫自身の目に止まり、傷つけることがなければそれでいい、程度の認識で、ただただガス抜きをしていたのだ。
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