しるびあのため息

あおみなみ

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今日、きっとレモンケーキを買ってくるだろう。

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 たまたま「おいしいね」なんて、素直に感想を言ったのが運の尽きだった。

 有名なパティシエがプロデュースしたとかいう、「いうてもコンビニで300円くらい」で買えるヤツなんだけど、たまたま気まぐれで買ったらおいしかったので、夫と分けっこして食べた。
 アイスティーはストレートだったけど、レモンティーやミントティーにも合いそう。
 形状はパウンドケーキようで、砂糖のアイシングもレモン風味になっていて、ピックで刺して食べるのにほどよい大きさである。
 総合すると、おいしいはおいしいけど、たまの贅沢おやつにはいいかなって程度だ。
(300円は安価だけど、コンビニの300円は高級品という意味)

「これ、いいね」
「ああ。日本という国は、コンビニで高級パティスリー並みのものが手に入る奇跡の国だからね」

 夫が利いたふうなことを言った。
 世界を股にかけるビジネスパーソンみたいな口調だったけど、海を越えて行ったことがあるのは北海道と九州という人だ。
 それはそれで別に構わないし、こんな言い方もシャレだと思っておけばいいんだけど、そういうのがやたら鼻につき始めたのはいつ頃からだったか。

「レモンケーキっていうから、仏壇とかにお供えするようなのを想像しちゃった」
「懐かしいね。あ、そういうのが食べたいなら…」
「あー、違う違う。思い出しただけ。このケーキおいしいと思う」
「大きなスーパーならあるかな…」
「いや、だからね…」

 こうなるともう、彼の耳には私の言葉は入らない。

 明日、勤めの帰りに「レモン型の黄色いレモンケーキ」を買ってくることだろう。
 あの独特の安っぽい味とか、目に痛いほど鮮やかな黄色い包装紙とか、たまに懐かしくはなるけれど、「お仏壇に載っていたからちょっと抹香臭いんだよね(笑)」という思い出のようなものまでがセットで、味の方はまるで二の次である。

 要するに、「食べたくない!欲しくない!買ってこないで!」と叫びたい気持ちなのだけれど、これをストレートに言うと、「せっかく買ってきたのに…」とすねてしまうのは目に見えているから、さあて、明日からどうやって阻止したものかと考えるが、さっぱりいい案が浮かばない。

▼▼

 少し話は変わって――というか、わたし的には根っこは一緒の話も1つ投下しよう。

 私が動画とか見ながらゲームをやっているのを見かけるたび、「よく両方いっぺんにできるね?」と呆れたような声を出す。

 でも優しい彼のボキャブラリーには、「そういうの目障り」とか「やめて」とかはなく、「よくできるね?」の後でも私がやめる様子を見せないと、貧乏ゆすりをしたり、指でテーブルをリズミカルにたたいたりする。さすがに私もそこで空気を読んでやめる。

 これ、動画があれとか、ゲームが駄目とかということではなくて、「両方一遍」がいけないらしい。
 私だって一応、きちんと見ていないと内容がつかめないような動画は片手間で見たりしないし、余暇時間にやりたいことを二つ一遍にやったくらいで、そんなに責められることでもないとは思っている。
 でも、彼のイライラを追体験させられるくらいならば、動画とゲームの取捨選択ぐらいお安い御用だ。

 彼は学力や知能指数には全く問題ないようだけれど、会話の中で一点だけを見つめてしまうと、そのこと以外考えられないし、人の意見も耳に入らなくなるきらいがあった。
 したがって、その手のマルチタスクがあまり得意でない――というか、かなり苦手としていて、私がそんなふうに全部片手間にやっているように見えることに対し、嫌悪感を示しているのかもしれない。

 「これさえなければいい人」なんだけど。

 誰かが言っていたな。これさえなければの「これ」が、大体致命傷クラスの欠陥なのが問題なのだと。
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