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第5話 【ヒロイン目線】public eye[せけんさま]
バイト先のお客様[カップル]
しおりを挟む東京の恵愛女学院短大(国文科)の推薦を無事取り、急に暇になっちゃった高校生活である。
私は3月生まれなので、まだ教習所に通うこともできないし、慌てて免許を取ろうとも思っていない。
恵愛には自宅から私鉄で40分ほどで行けるので、引っ越しの必要もない。
智彦さんの大学も本部は東京だけど、キャンパスはこの県内だから自宅から通っている。めでたくお付き合いできたとしても、生活エリアが2人極端に違うということには多分ならない。
一応「高校を卒業したら、智彦さんにもう一回告白して、今度こそYesをもぎとる!」と決めてはいるし、周辺環境的にも結構いい感じで整っている。
なのに、何だろう。肝心の気持ちが盛り上がらない。
相変わらずちょいちょい桐本先生のことを考えてしまう。
授業でしていた雑談のツボにはまったところとか、お茶を運んで行ったとき、「ほかのやつには悪いけど、お前のが一番うまい」ってこそっと言ってくれたこととか。
きっと頭の中まで暇だから、余計なことを考えてしまうんだろう。
何かで埋めなくては。
となると、健康でお金に人並みに興味のある女子高生ならきっと「バイトでもすっか」となるだろう。
学費や生活費で、どうしてもしばらく親がかりだけど、かわいい服を買ったり、思い切って部屋を少し大人っぽく模様替えしたりしたい。
◇◇◇
学校の最寄り駅周辺で探したら、小ぢんまりしたシティホテルの真向かいのビルにあるヨーグルト専門店で、ちょうど募集していた。
明るくて清潔な雰囲気のいいお店で、時給はボチボチだけど、ユニフォームがクラシカルでかわいい。
ここのヨーグルトやムースケーキとかはもともと好きだし、友達とお茶したこともある。
まずは学校帰りに数時間って思っていたけれど、面接のとき店長さんと話していて、学校がフリー登校になってからなら、モーニング営業の時間にも入れるんだって気付いた。
「実は前にもF総の女の子で、そういう感じでシフト変えた子がいたのよ」
「そうなんですね」
「時給も50円高いし、その方が早起き習慣が維持できて助かるって言ってたわ。登校が必要なときはお休みにするとか、結構やりくりできると思うんだけど、どうかな?」
「なるほど…」
私は実はバイトって初めてだったんだけど、超ブラックなところだと、学校がある日でも無理なシフト組んて学校をサボらせる、なんてうわさも聞いていたから、この店長さんは常識的な人なんだろうなと安心した。
実際働いてみると、やたらおしゃべり好きの40歳くらいの人にちょっと困っちゃうくらいで(仕事はできるんだけど)、みんな親切だし、何より客層が上品な女性が多くて助かった。
ただし、フリー登校後に店長の勧めどおりシフトチェンジしたことに関してだけは、ひどく後悔する事態が起きた。
ある意味、自分の気持ちにけじめをつけるにはよかったのかもしれないけれど。
◇◇◇
私がバイトしているお店の周辺には、大学や短大もあるので、真向いのシティホテルにはその受験生が泊まることも多いらしい。
一応ホテル内にもレストランはあるんだろうけど、うちの店のヨーグルトやパンは評判がいいので、受験生とか出張中の人で、わざわざ朝ごはんだけ食べにくる人も多いようだ。
私自身がバイトが休みのとき客として行って、「Aセット」を堪能したくらいだ。
くるみ入りとプレーンなロールパンが1つずつ、チーズオムレツ、特製ドレッシングのミニサラダ、コンソメ野菜スープ、ヨーグルト、コーヒーで600円!コスパよすぎない?
朝6時半から10時半時まで入れば、残りの時間は自由になるので、早起きさえ慣れれば、学校に通っていたときより気楽かも。
とりあえず3月下旬までそのペースで続けて、短大に入る前にはいったんやめることになるだろうけど、できるならずっとここでバイトしたいな。
2月下旬のある土曜日8時ころ、男女2人連れのお客様のテーブルに水を運んだ。
遠目に見ても細長くてシュッとした感じのカップルだけど、男性の方のフォルムに何となく見覚えがある。
「いらっしゃいませ」
「河野、お前ここでバイトしてたのか?」
「あ…桐本先生…?」
私が立っていて、先生が座っている。
進路指導室でお茶を運んだときと同じ、いつもの位置関係なんだけど、私のキモチは千々に乱れていた。
私たちの様子を見て、連れの女性が「生徒さん?」って尋ねた。
「ああ、担任してたクラスの子なんだ」
「なるほど」
涼し気な和風美人って感じの大人の女性で、スモーキーピンクのカーディガンが似合っている。あんな微妙な色味のもの、私は着こなせない。
「今の時間帯はモーニングメニューになっております。
お決まりになりましたら、ベルでお知らせください」
私、声震えてなかったかな。
それだけでもキツかったのに、バックヤードで聞きたくない話を聞いてしまった。
「今、五月ちゃんがお水運んで行った席のカップル、
向かいのホテルから出てきたのが見えちゃった」
「え…」
「優雅よねえ。おしゃれな店でモーニングとか、絵になること」
「ははは、うらやましいですね~」
「何言ってんの。五月ちゃんはこれからでしょ?
私みたいに人生折り返しちゃうとさあ…」
もう黙ってよ!私のライフはゼロだよ!
そもそも私、なんでショック受けてるんだろう。
先生に恋人がいたって別におかしくないのに、どうして今までその可能性すら考えもしなかったんだろう。考えたくなかったから、かな。
私は卒業式の後、智彦さんに告白して、カノジョにしてもらって、ハッピーになる予定なのに。もうゴールは見えているはずなのに。
そのどの事柄にも、先生なんか1ミリも関係ないのに。
なんかもう、走るの嫌になっちゃった。
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