【R18】虫愛づる姫 カノジョはいつも、汗で光っていた

第20話 父【達也】（終）

　“ポーン”という家の呼び鈴の音にびくっとし、手の力が抜けた。
　美羽ちゃんはひどくせき込んでいるし、裸だから、対応できない。

「俺が出るよ」

　インターホン越しに、父の声が聞こえた。
『達也か？今日は早かったんだな』
「うん、何だかごめんね」
『…何を謝っているんだ？』
「気にしないで。こっちの話。今開けるよ」

◇◇◇

「合鍵で入ればよかったのに。持ってるんだろう？」
「いやその…美羽ちゃんは留守か？」
「いや、今日はY市に映画を見にいっていたから、暑気あたりかな？疲れが出ちゃったみたいで、寝ているよ」
「そうか。今日は本当に暑かったからなあ」

　Y市の最高気温、39.6度。県内で一番を記録した。
　ただし――美羽ちゃんがその只中にいたとは考えにくい。何しろ映画館は涼しいものだから。

　俺が父さんに麦茶を出していると、美羽ちゃんが姿を現した。
　
「お義父さん、いらっしゃい」
「美羽ちゃん、無理しなくていいんだぞ？」
「平気ですよ～」

　俺は明確に「美羽ちゃんを俺だけのものにする」つもりで手に力を入れたつもりだったが、どこかで加減をしてしまったのかもしれない。もうせき込んですらおらず、しっかりと立っている。

　俺はやはり美羽ちゃんを愛している。失いたくない。
　俺の中の美羽ちゃんは、あの夏、「どうして泣いてるの？」と尋ねてきた少女のままだ。

　父さんはいつも優しく頼もしい大人だった。
　母さんが出ていってから、女性を抱くことなどあったのだろうか？
　仕事で帰宅が遅くなることはあったが、忘年会でもない限り、外飲みして帰ってきたことなどほとんどなかった。

　優しい父と愛しい妻は本当の父娘のように仲がいいが、父と娘なら絶対にしないような「遊び」をしていることも、俺は知っている。

　もちろん2人を許したわけではない。
　それでいて、「あれは何かの勘違いだ」と思い込みたい気持ちもある。

　俺はいつまで正気を保てるだろうか。
　それとも、2人を責めることができない時点で、もはや正気ではないのだろうか。

［了］