5 / 5
所詮はエンレンカノジョ【終】
しおりを挟む
私はただの遠距離恋愛のカノジョだから、まず「敦夫が死んだ」という情報にたどり着くだけでも、ちょっと時間を要した。
社員寮の管理のおじさんに電話したら、『え、ひょっとして何も知らないの?』と言われて何秒か置いて、「実はね…」と教えてくれた。
彼の実家に行ったことはないけれど、初めて連絡先を交換したときのメモは、大事に取ってあった。
思い切って電話をして、お線香をあげたいと言うと、『…わかりました。お待ちしています』と事務的に言われた。
+++
敦夫は中学生の頃にお父さんを病気で失くして母子家庭だったこと、年の離れたお兄さん夫婦が同居しているということは前から聞いていた。
話を聞くだけで、みんな優しくて気を使う人たちで、だからこそ「しんどい」って思うことも多いのが分かった。
お母さんは地元で就職することを望んでいたけれど、とりあえず家と距離を置きたかった彼にとって、就職はいい機会ただったらしい。
単純に家族と合わず、とにかく家を出たいと思っていた私とは何かが少し違うけれど、私たちは結構似たもの同士だったのかもしれない。
まだ四十九日の納骨前なので、お骨が入っているという白い箱と、少し幼さの残る写真の前で、私はお線香を上げ、手を合わせた。
あんなに背が高かった敦夫が、今はこの箱(の中の壺)に全部おさまっているなんて、とても信じられない。
「5月の連休――あの子、一度も家に帰ってこなかったのよね…」
「はあ…」
「ひょっとして、あなたのところに行っていたの?」
「そうです…」
「お盆休みも1日だけ渋々帰るみたいなこと言っていて――あなたに恨み言言うつもりはないけど…」
「はい…」
「でも――もうここには来ないで。私はいつかきっとあなたに、取り返しのつかないひどいことを言いそうだから…」
そう言って肩を震わせて泣く、敦夫にどことなく似た中年女性に、私は何も反論できなかった。
「お邪魔しました…」とだけ言って、逃げるように帰った。
中央分離帯のガードレールにぶつかって、その場で転倒した。
近くを走っていた車がそれを見付けて通報したが…ということらしい。
かなりスピードを出していたらしいので、途中のサービスエリアで仮眠を取り過ぎて焦っていたのかもしれないし、それ以外の理由かもしれない。
でも、「彼がそんな時間になぜ高速道路を走っていたか」という理由なら、「私のところからの帰り」と簡単に説明がつく。
敦夫のお母さんにしてみたら、「人殺し!」という言葉が出てくるのは時間の問題だったろう。
+++
もう変なアメ玉買わないし、歯もちゃんと磨くし、「口うるさい」なんて文句言わないから。
また温かな手で髪を「くしゃっ」てして、「おやすみ」って言ってほしい。
ビデオデッキなんて要らない。
映画なんて、トイレ我慢しながらテレビで見てもいい。
ううん、ちゃんと敦夫の言うとおり、トイレを済ませてから見ればいい。
代わりに、ビデオみたいにあの日まで巻き戻せる機械が欲しい。
[了]
社員寮の管理のおじさんに電話したら、『え、ひょっとして何も知らないの?』と言われて何秒か置いて、「実はね…」と教えてくれた。
彼の実家に行ったことはないけれど、初めて連絡先を交換したときのメモは、大事に取ってあった。
思い切って電話をして、お線香をあげたいと言うと、『…わかりました。お待ちしています』と事務的に言われた。
+++
敦夫は中学生の頃にお父さんを病気で失くして母子家庭だったこと、年の離れたお兄さん夫婦が同居しているということは前から聞いていた。
話を聞くだけで、みんな優しくて気を使う人たちで、だからこそ「しんどい」って思うことも多いのが分かった。
お母さんは地元で就職することを望んでいたけれど、とりあえず家と距離を置きたかった彼にとって、就職はいい機会ただったらしい。
単純に家族と合わず、とにかく家を出たいと思っていた私とは何かが少し違うけれど、私たちは結構似たもの同士だったのかもしれない。
まだ四十九日の納骨前なので、お骨が入っているという白い箱と、少し幼さの残る写真の前で、私はお線香を上げ、手を合わせた。
あんなに背が高かった敦夫が、今はこの箱(の中の壺)に全部おさまっているなんて、とても信じられない。
「5月の連休――あの子、一度も家に帰ってこなかったのよね…」
「はあ…」
「ひょっとして、あなたのところに行っていたの?」
「そうです…」
「お盆休みも1日だけ渋々帰るみたいなこと言っていて――あなたに恨み言言うつもりはないけど…」
「はい…」
「でも――もうここには来ないで。私はいつかきっとあなたに、取り返しのつかないひどいことを言いそうだから…」
そう言って肩を震わせて泣く、敦夫にどことなく似た中年女性に、私は何も反論できなかった。
「お邪魔しました…」とだけ言って、逃げるように帰った。
中央分離帯のガードレールにぶつかって、その場で転倒した。
近くを走っていた車がそれを見付けて通報したが…ということらしい。
かなりスピードを出していたらしいので、途中のサービスエリアで仮眠を取り過ぎて焦っていたのかもしれないし、それ以外の理由かもしれない。
でも、「彼がそんな時間になぜ高速道路を走っていたか」という理由なら、「私のところからの帰り」と簡単に説明がつく。
敦夫のお母さんにしてみたら、「人殺し!」という言葉が出てくるのは時間の問題だったろう。
+++
もう変なアメ玉買わないし、歯もちゃんと磨くし、「口うるさい」なんて文句言わないから。
また温かな手で髪を「くしゃっ」てして、「おやすみ」って言ってほしい。
ビデオデッキなんて要らない。
映画なんて、トイレ我慢しながらテレビで見てもいい。
ううん、ちゃんと敦夫の言うとおり、トイレを済ませてから見ればいい。
代わりに、ビデオみたいにあの日まで巻き戻せる機械が欲しい。
[了]
3
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
幸運の冒険者 ログインボーナスが強すぎる!?
とらた
ファンタジー
とても小さな村で育った ヨキ。
認定式で幸運なことに特別な力を得ることが出来た。
それは毎日新しい力、アイテムを得ることが出来る能力。
ログインボーナスが強すぎる!?
シロと会計士悟のほんわか日常怪奇譚
菅原みやび
ライト文芸
短編完結済 第6回ほっこり・じんわり大賞【149位】作品!
公認会計士である栗原悟(くりはらさとる)は叔父の会計事務所から独立し、東京の高尾に借家にて、事務所を構えることに。会計士であるが故か、費用を抑える為に安い良物件を選んでしまう悟だったが、実はこの借家訳あり物件であった。
が、そんな事は気にもしない悟。
しばらくして初夏のある日、最寄りの公園で白い子猫を拾ってきてしまう悟。
1年間後、その愛猫のシロは突然行方不明になってしまう。
その心の穴を埋めるように、異性の白井心愛(しらいここあ)と付き合うことになった悟だが……。
実はその白井、愛猫のシロが人化した姿で……⁈ 更にはこの貸家には他にも色々秘密が……⁈
優しく真面目な好青年である公認会計士の悟と、天真爛漫で理屈なく一瞬で答えを探すチェック能力を持つ猫娘の白井が送る、ほっこり癒し系の怪奇譚! 今ここにゆるーく開幕!
※この作品は投稿サイト【ノベルデイズ・なろう・エブリスタ】様にも投稿している短編【ありがとうを君に……】を改良したものになります。
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
異世界少女は大人になる
黒鴉宙ニ
ファンタジー
突然異世界へとやって来た14歳の緋井奈 琴乃(ひいな ことの)。彼女の能力はただ水を出すだけ。異世界生活にワクワクする時間はなく、たまたまスタンピードの影響で難民となった人たちの間に紛れることに。故郷を魔物によって奪われた人々は琴乃以上に大変そうで、異世界生活を楽しむなんて忘れてただただ順応していく。王子や騎士と出会っても自分が異世界人と告げることもなく難民の1人として親交を深めていく。就職したり人間関係で戸惑ったり……14歳の少女は傷つきながらも一歩ずつ前へ進んでいく。
4万字ほどストックがあるのでそれまで連続更新していきます。またストックが溜まったら更新していく感じです。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
下町食堂の賄い姫
栗木 妙
恋愛
ある日、私の前に現れたお貴族サマは、「おなかが空いた」とウチに来た、なんともお貴族サマらしくないお人だった。ただの変人かと思ったけど、でもどこか憎めない、不思議な人で―――。
[架空の世界を舞台にした物語。あくまで恋愛を主軸としてはおりますが、多少そうでない描写もあります。苦手な方はご注意ください。]
※本編中の内容にR指定はありませんが、今後、番外編等を更新した際に指定が入る可能性があります。
※同一世界を舞台にした他関連作品もございます。
(閲覧は18歳以上のBLにも寛容な方に限らせていただきます、何卒ご了承ください)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/index?tag_id=17966
※当作品は別サイトでも公開しております。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる