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第29章 【終】あなたのことが好きです

先を越された

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 さよりのアルバイトは週4回、17時から21時までだ。
 17時にはカフェのバイトを上がり、大学に通っている佐竹とは、微妙に時間帯がずれていたので、バイト先のあるフロアが同じでも、顔を合わせることはまずない。

「お疲れさまー」
「おやすみなさい」
「また明日」

 佐竹が日中バイトしているカフェは、営業時間が23時までだ。
 時々は彼のシフトの間に、コーヒーでも飲みにいっちゃおうかな…と、ガラス越しに店内をぼんやりとながめた。

 俊也には「別れたい」という意思を伝えた。しかし俊也のあの様子では、納得はしていなそうである。
 きちんとすべきかと悩んでいたら、アヤが「契約関係じゃないんだから十分だよ。しつこく何か言ってくるようだったら、私がシメといてあげるから、いつでも言って」と言われた。
 あれから2週間、何もないので、「別れられた」と思って差し支えないのかもしれないが、よりも、佐竹との時間を取れない方が、さよりには気がかりだった。

 やはり佐竹には、きちんと会って、目を見て思いを伝えたい。
(とても背が高いから、目線は大分上向きになっちゃうかな…ふふ)
 そんなことを考えただけでも、胸がぽっと熱くなった。

 駅の改札方面に向かおうとしたら、背後から「水野さん、お疲れさま」という声が降ってきた。

「え?あ…佐竹君…」
「寮の門限って11時だっけ?」
「うん」
「じゃ――送るよ。送るまでの間に話したいことがあるんだ」
「いいの?ここから佐竹君のところより2駅先だけど…」
「絶対今日話したいけど、君に門限を破らせるわけにはいかないから、折衷案なんだ」
「ふふっ。何それ?」

◇◇◇

 電車内にはそこそこ人がいたので、佐竹は他愛のない世間話をさよりに振っただけだったが、これが「彼がどうしても話したいこと」ではないだろう。
 ホームに降り立つと、「ここから寮まで何分?」と聞いてきた。

「5分、かな」
「そうか…じゃ、ここで言うよ」
 佐竹はさよりを駅特有のシェル型のイス(6連)の一つに座らせ、その隣に腰掛けると、さよりの手を取って言った。

「俺は君のことが好きだ。君は、俺の恋人になる気はないか?」
「え…と…」
「駄目だったら言ってくれ。断っても寮までは送っていくから」
「その…あの…」
 
 さよりは佐竹の真剣な表情を正視できず、下を向いてしまった。

「君とああいう関係になって浮かれていたけれど、はっきり意思表示していなかったことに気づいたんだ」
「あ…だよね…(私も…)」
「君は優しいから、たとえ勢いだったとしても、そう言えないのかもしれないって思った」
「(そんなわけないでしょ!)」
「できたら今返事を…」
「…あのね、佐竹君。私が今、何を考えているか分かる?」
「え?」
「『あーあ、先越されちゃった』だよ」
「それじゃ…」
「あなたのことが好きです。ぜひ付き合ってください」

 さよりはまっすぐ、佐竹の目を見上げた。
 椅子に腰かけていたので幾分ましではあったが、やはり上目遣いになる。

「やば…こんなにうれしいものだと思わなかった…」

 佐竹は顔を背け、肩を軽く震わせた。
 顔をのぞき込んだり、少し意地悪したい気もしたが、ぐっとこらえてこう言った。

「門限までには泣き止んでね。送ってくれる約束でしょ?」
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