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第25章 中学時代の同級生

屈託のない男

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 2人はいったん駅から出て、少し歩いたところにある木製ベンチに腰掛けた。
 「あそこならちょうど確認しやすい場所に時計もあり、具合がいい」という佐竹の提案によるものだった。

「何か飲む?」
「んー…面接終わってからにする」

「水野さん、学校は?」
「常緑短大なんだ」
「マジで?近所じゃん」
 佐竹はS大の経営学部に通っているらしい。さよりは「自分の知り合いは法学部に」と言おうとして、何となくやめた。
「といっても二部なんだけど。だからこんな時間にバイトしてるんだよね」
「二部…」

 佐竹はとても成績がよく、片山エリアでは最難関の東雲しののめ高校に入学した。
 二部が悪いわけではないが、東雲からだったら、S大の昼間部の合格者も結構な数いるだろう。
「言い訳だと思ってくれて構わないけど、ちょっと学費とかの関係でね」
「え…あ…」
 佐竹はさよりの表情や口調から、いろいろと読み取って会話を進めてくれる。

「きちんと就職すると仕事中心になりそうだから、昼にバイトして、夕方から学校行って、ゆとりがあるときは昼の時間も勉強して――みたいにフレキシブルにやりたいなって思ったんだ」
「なるほど…」
「俺、公認会計士になりたいんだよね。試験何段階もあるし、簡単ではないだろうけど」
「はあ…さすが」

 後々佐竹と同じ高校に進んだ中学時代の同級生に聞いて分かったが、彼は高校2年のときに父親を亡くしたという。
 もともと母親も働いてはいたが、経済的な負担を少しでも軽くしようと、学費の安い二部の大学に入ることは、その時点から公言していたようだ。

「ま、現実にはそうそううまくいかなくて、勉強始めると寝落ち、なんてことも多いけどね」
「ふふ。佐竹君でもそんなことあるんだ?」
「いやいや、俺ってもともとそういうやつだよ?」

 佐竹は、さよりがあごに左手のこぶしを軽くあてて控え目に笑う顔に少し見とれ、さよりはそんな佐竹の視線をきちんとキャッチした。
 誤解を恐れず言えば、「またか」と思うシチュエーションである。
 松崎も、俊也も、こんな顔でさよりを見ることはあった。
 そして、それぞれの視線にそれぞれ違う感想を抱いたが、佐竹が自分の顔をそんなふうに見るのを認識し、初めての感情が芽生えた。

(何うぬぼれてるの!久しぶりだからいろいろその――珍しいだけ!そう、珍しいの!)

 佐竹はすごい美少年や男前というわけではなかったが、清潔感と知性のある顔立ちで成績優秀、性格も温厚であり、「佐竹に憧れるタイプの女子」というクラスタのようなものが確実にあった。
 ひっくるめると、「おとなしい優等生で読書好き。告白することも、手紙をしたためることもなく、ひっそり思うタイプ」である。
 さよりも本来は「おとなしい優等生」タイプではあったのだが、容姿のせいで注目されやすく、どちらかというと派手に思われがちなところがあったし、佐竹もまた、さよりをどこか高嶺の花とみなしていた。

◇◇◇

「ねえ、水野さん」
「なあに?」
「今、付き合ってる人っているの?」
「え!?」
 佐竹の質問の意図が分からない。
 大抵の男はこれを質問するとき、「いないなら俺と…」となるが、なぜか佐竹がそう言うイメージが湧かない。
 そして、こんな答え方をしてしまった。

「いる、ような?いないような?」
「微妙な感じなの?」
「まあ、その…」
「そうか…そういう人がいるなら駄目かな?」
「な、なにが?」
「さすがにお付き合いってのは厚かましいけど、たまにこうして話とかできたらなって思ったんだ。バイト先も近そうだし」
「だって、これから面接受けるんだよ?」
「いや、接客業で水野さんを採らないような店、多分つぶれるよ」
「何言ってんの!」

 きまり悪さから、さよりはつい力を込め、佐竹の左腕をパンと叩いてしまった。

っ」
「あ、ごめんなさい――あの…私もちょっとお話ししたいな」
「本当に?」
「うん。あの、県の女子寮にいるんだけど、一応電話もあるから」
 さよりは荷物の中からメモ帳とボールペンを取り出し、電話番号と住所を走り書きした。
「ここ…」
「へえ。女子寮はいい場所ところにあるね。男子寮は隣の県だから、都内の学校まで結構時間かかるって嘆いてたヤツがいたよ」
「あ、らしいね」

 そう言う佐竹は、2駅離れた古いアパートで暮らしており、普段の移動には自転車を使うことも多いが、その日は偶々たまたま電車に乗ったため、さよりと会うことができて「ラッキーだった」と言ってはばからなかった。

 約束の時間の5分前になり、さよりは「じゃ、そろそろ…」と立ち上がると、佐竹は素直で温かな笑顔を浮かべ、「グッドラック!」と親指を立てて見せた。

◇◇◇

 佐竹の“予言”どおり、さよりは採用された。
 一応俊也にも報告すべきかと思ったものの、公衆電話のダイヤルを回し、先方のコールが確認できる前につい切ってしまった。

(電話をするいい口実のはずなのに…何やってんの…私…?)

 度数が全く減っていないテレホンカードが戻ってきた。
 なぜ電話を切ってしまったのか?と考えたら、佐竹の笑顔とサムアップが頭に浮かんだ。
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