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第23章 松崎の帰郷
効果
しおりを挟むタイピングに不慣れだった松崎は、この短文を完成させるのに、結構な時間を要した。
松崎はこの文面を官製はがきに印字し、10名程度いる二中出身の南高OBに送り付けた。ワープロを使ったのは、筆跡でばれるのを防ぐためだ。
文面は何とかうまくいったが、あて先の印字がずれ、何枚かは反故にしてしまった。
「両性」は「寮生」の変換ミスだが、事情の分からない者には伝わりにくい文になってしまっている。
本来ならばさよりと同じ中学校の出身者にも送りたかったが、そのために名簿や卒アルを借りるのはさすがに難しいし、人数も多い。
要はここから外部に広まれば御の字。10粒の種をまいて花を咲かせるくらいの気持ちだった。
◇◇◇
さて、この怪文書はどのように効いたか。
言うまでもないが、内容は事実無根の中傷と、悪意たっぷりの個人の感想だけである。
受け取った側がこれをどう読んだかといえば、そもそも進学や就職で他の地へ行った者も多かったため、実家に送り付けられても、本人の手に届くまでにタイムラグがあるし、たちの悪いいたずらだとして、家族の独断で捨てられたケースも少なくない。
また、松崎の勘違いで、ほかの高校に進学した者も2名ほど含まれていたため、そもそも手に渡っていたとしても、「これ誰?」となっていたと思われる。
ごく一部、さよりを知っており、あまりよく思っていなかった者だけが、「やっぱりああいう女はなーんかあるんだよね」と溜飲を下げた程度だった。
実際この件で、さより本人にコンタクトを取った者、取ろうとした者は、親友の秋本和美のほかには1人だけだった。
さよりを憎からず思っていた男子(東京の専門学校に進学)が、和美に「水野が心配なんだけど」と言った頃には、「あ、それ解決済み」とあっさり返された。
「犯人って誰だよ一体…」
「松崎だよ。東地大附属に行ったやつ。あいつも今は東京の予備校らしいけど、さよりに言い寄って振られた腹いせだったみたい」
「とんでもねえな。水野、かわいそうに」
「あ、慰めてやろうとかは不要。あの子すごくかっこいい彼氏がもういるから」
「え、あ、その…よかった…な」
◇◇◇
さよりは和美にはがきの現物を見せられ、さすがに怒り出した。
そこで和美が「もとはといえば私が…」と恐縮し、さよりが「もう済んだことだから」と鷹揚に許した。
「整形とかはともかく、ほかのは心当たりあるよ」
「え?」
「間違いなく松崎君だよ。彼の目からはこう見えたんだろうってこと」
「ああ、そういう意味ね…」
「ね、和美、これ私にちょうだい?」
「私もさよりに確認したら捨てるつもりだったけど、どうするの?」
「本人に抗議する。さすがにこれはひどいもの」
「え、会うの?危ないんじゃない?」
「俊也さんと一緒に行くから」
「なら、ま、いいか」
◇◇◇
住所から判断するに、松崎のアパートは新宿からとある私鉄で5駅、自治体でいえばN区だった。
該当する建物はすぐ見つかり、つまりは松崎が東京を去ったことも知った。
故郷に帰っているなら抗議の電話もかけられるが、もう関わりたくないというのが本音だった。
帰りの電車の中で、しばらく無言だった2人だが、先に口を開いたのは俊也だった。
「もっと頭使えば、さらに悪辣なこともできたんじゃないかな」
「俊也さん!何言い出すの?」
「あ、言い方が悪かったね。何もしないままじゃ気が済まないけど、「ここまで」しかできなかった、ってところじゃない?」
「うーん…」
「ま、だからって許せるわけじゃないが」
「もちろんよ。もう二度と会いたくない」
「…そうだな、俺もだ」
ネット普及以前だから「この程度で済んだ」と言えなくもない。
俊也もかつて、自分をあっさり捨てたはとこに復讐するため、結婚式を狙って怪文書(電報)を出そうと考えたことがあったが、結局何もできなかった。
今となっては、バカなまねをしなくてよかったと安堵できる程度には、過去の出来事になりつつある。
今はさよりに夢中であり、こんな不愉快な案件にも嬉々として付き合っているほどだ。
ところで。
この水面下で、さよりにとっても俊也にとっても苦痛を伴う「愛のレッスン」は継続中だが、それはまたの機会に。
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