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第20章 ガールズトーク

外泊届

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『あ、さよりちゃん?たまには栄養補給に来なさいよ』

 寮の電話に出ると、開口一番、栄子えいこ伯母おばの声が聞こえた。いとこの晴海はるみの母である。

 通常、電話を取り次がれた時点では、それが誰からものかは分からない。さよりも何度かの電話当番の経験から、「名乗らない人もいるし、そんなもんか」とは思っていたけれど、やはり自分あての電話の主が俊也でなかった場合、いつも少しだけ落胆がっかりする。

「あ、伯母さん…ごぶさたしてます…」
『本当よ!水臭いったら。東京に来て何カ月も経つのに、全然顔見せないんだもの』
「すみませーん」

 栄子伯母はさよりの父の姉だが、さよりの母とはもともと友人だったこともあり、「義姉ねえさん」ではなく「栄子ちゃん」と呼ぶ。そんな関係もあり、さより自身、晴海とは幼い頃から親しかった。
 俊也のことがなければ、さよりももっと頻回に晴海の家を訪れただろうし、場合によっては晴海の家の下宿にも積極的だったろう。
 晴海と俊也が付き合っている(と思っていた)ときは、それを目の当たりにするのが辛くて避けていたが、俊也と付き合い始めた今となっては、別な意味で気まずい。伯母夫婦のことも晴海も好きだし、会いたい気持ちがないわけではないので厄介だった。

『今度の週末、うちの旦那ヒトの誕生日だから、ちょっと豪華なご飯作ろうと思って。さよりちゃんも来なさいよ、ね』
 来ない?ではなく「来なさいよ」なのが伯母らしかった。
 どちらかというと小柄でかわいらしく元気いっぱいの伯母が、身振り手振りで電話の向こうにいるのが想像できて、ちょっと笑ってしまう。多分、晴海の25年後の姿なのだろう。

『さよりちゃん!寮でもお泊りってできるんでしょ?私の部屋に泊まりなよ!ねねね』

 乱入してきた晴海の強引な一言で、さよりは外泊届を出すことになった。

***

 栄子はさよりの父親よりも1歳だけ年上で、高校卒業までは片山の実家で暮らしていた上に、さよりの高校のOGでもあった。
 となると、さよりとは「片山トーク」に花が咲くが、晴海にしてみれば、「ママ、さよりちゃんを独り占めしないの!」と映るようだ。

「そういえば、帰省中に東京から彼氏が来たって亜由あゆちゃん(さよりの母)から聞いたわよ?」
「えー、何それ。随分ジョーネツ的じゃん。どんな人?」

 似た者母娘に前と横からからつっこまれ、たじろいでいるさよりを気遣って、「今日の主役」である晴海の父が、「お前たち、よさないか」と制したが、聞く耳は持たず、ぐいぐい来る。

「彼氏じゃなくて…友達ですよ、ただの」

 少なくともあの時点では、まだ「そういう」関係ではなかったなと思いつつ、さよりは適当にかわそうとした。
 というよりも、母は伯母にどの程度話したのだろうか?あのとき「晴海の大学の友達」と紹介したつもりだったが、その辺の情報は抜け落ちていたのか、母か伯母のどちらかが失念したのか、全く触れられなかった。

「さよりちゃんは美人だからなあ。高校時代に付き合ってる人っていなかったの?」
「うん、恥ずかしながら…」
「あの新年会の後に、紹介してくれってやつも結構いたんだけど、かわいいイトコの彼氏にはなのばっかりで、ぜーぷん追っ払ったの」

 役不足、の使い方に少し違和感があるものの(正しい意味で使っているなら、自分さよりのことをバカにしていることになるが)、「結構いた」の中に、俊也はいなかったのだろう。
 晴海はかわいらしいタイプだが、すぱっと物を言うし威勢がいい。和美も松崎君に対して同じように対処してくれたらよかったのになあ、などと思いつつ、好物の酢豚を遠慮がちに口に運んだ。

 自分が俊也とあのコンビニで会ったことや、俊也のアパートが寮から比較的近かったことは本当に偶然だったのだが、やはり晴海の手前、何となく詳しく話しづらい。
 「私の部屋に泊まりなよ」と言われたところを見ると、晴海は「今夜は寝かさないぜ」コースでおしゃべりをする気だろう。その流れで話すかも、程度に観念した。
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