上 下
55 / 88
第19章 松崎敏夫のルサンチマン

女性観

しおりを挟む


 そもそも高校受験のとき、第1志望は片山市立西高校だった。
 ここは片山や森ノ宮、あるいは片山の南隣にある須見田すみだ市エリアの中学生にとっては二番手の男子高だった。
 偏差値は模擬試験でコンスタントに60前後だったので、楽勝といえるレベルではなかったが、かといって無謀でもなかった。自分が落ちたのは運が悪かっただけだ。

 西高に進んだ元同級生が、東地大よりもレベルの高い大学に推薦で入学したと同窓会で知った。
 指定校で運よく拾ってもらったと屈託なく笑っていたが、そいつは中学時代、自分と成績が変わらなかった。ということは、今ああして笑っていたのは俺だったかもしれない。

 西高に落ちたのは、香取エリカに失恋したからだ。しかも、自分は気持ちを打ち明けたのに、返事もよこさないで俺の友人の大島にバレンタインのチョコレートを渡し、自分には義理チョコすらなかった。それだけならまだしも、何事もなかったように、すれ違いざまに笑いかけてきた。

 俺は香取の真意が知りたくて、何度か香取の家に電話をかけたが、出るのは決まって中年の女性の声か男の声だった。エリカ本人でないことは間違いない。取り次いでもらおうとはしたのだが、どうにも勇気が出ず、混乱し、結果的に電話を切ってしまった。
 俺は自分の部屋に専用の回線を持っているので、エリカと話すことさえできれば、気兼ねなく幾らでも話ができた。
 だが、エリカは出てくれなかったし、よくよく考えると電話は苦手だったので、あれでよかったのかもしれない。

 そのうち俺は、エリカの存在などどうでもよくなるくらい、ある女優に夢中になった。
 芸能人など、よく見ると時流に乗っているだけの不細工ばかりだと思っていたが、豊田やよいは正統派だと思った。
 そう考えてから考えなおすと、エリカも「雰囲気美少女」だった。

 しかし、豊田やよいは、グラビアではあんなにかわいかったのに、声や話し方が生意気そうで好みではなかったので、せっかく見にいった映画も全く楽しめなかった。
 へたくそな素人演技を「フレッシュ」などと表現する芸能雑誌もどうかしている。
 かなり人気が出て、歌も出したようだが、その頃には自分は何がよくてこの子のファンだったのかを忘れていた。

 その後もいろいろなアイドルに興味が湧いたり、通学電車の中でかわいい子を見つけたりしたが、アイドルはそもそも自分とは違う世界の人間だし、かわいい子は既に彼氏がいるか、性格が悪いかだ。

 電車やバスの中で、お年寄りが近くに立っていても、譲るでもなく平気で腰かけているような子を見ると、結構かわいい子だったりする。
 自分のかわいさにあぐらをかいて、何をしても許されると思っているのだろう。
 公共の場所でギャーギャー騒ぎ立てる女は大抵ブスばかりだが、そんな中にかわいい子がいても、同類だと思うと萎える。

 そんな中で出会ったのが水野さよりだった。

 中学で仲の良かった秋本の友達だったが、俺の遠距離通学に関して、「そうなんだ、大変だね」とだけ言った。
 その第一声の可憐さに打たれた。
 細身で顔立ちはかなりかわいい。
 これならエリカも中途半端なアイドルも目ではない。

 エリカのときの反省から、積極性を見せるべきだと思い、秋本に電話をした。何とも思っていない女子と話すのは平気だ。
 秋本は「さよりはモテるから」とは言ったが、「彼氏がいる」とは言わなかった。
 電話番号も教えてもらったが、好きな女の子相手だと、エリカの二の舞になりそうだ。
 まずは手紙を書いてみたら、たまたまハンバーガー屋で一度顔を見ただけの自分に対して、かなり誠実で丁寧な返信をくれた。

 そうか、「本当に」かわいい子というのは性格もいいのだと悟った。
 今まで「いい」と思った子たちはみんなまがい物で、あの子だけが俺にとっての本物なのだ、と。
 きっとこの子なら、お年寄りに席を譲るに違いない。

◇◇◇

 さよりとはたまたま一度だけ電車に乗ったことがある。
 5月の連休のある日、野球の試合に誘ったときだ。

 そのときは珍しく優先席にわずかに空きがあったので、座ろうとしたら、さよりが「自分はいい」と言う。
 観戦中に居眠りしてしまうほど疲れていたようなのに、なぜかと思ったら、「本当に必要な人がいつでも座れるように空けておくべきだと親に言われている」と言われた。
 些細な一言だが、会うたびさよりに強く惹かれるようになっていくのは、こういうことがあるからだ。

 そういえば、眠気覚ましに買ってあげた最中アイスを食べた後、「あの、おいくらですか?」と聞いてきたり、カフェレストランで食べた分も割り勘にしようとしたり、女なんておごってもらう気満々の生き物だと思っていたので、新鮮で驚いたし、感心もした。
 こういう女の子なら、きっと長く付き合っていけるだろう。

 手を振って別れる表情、白い掌が魅力的であればあるほど、それが雑踏に消えていくのを見て寂しさがこみ上げたが、ともあれ「俺のカノジョ」は最高にかわいい。
 目に焼き付いたその光景を心の支えに、俺はますます仕事も勉強も頑張ろうと思った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

再婚なんてしないで!お父さんが選んだ女性が性格悪くて悩む私が最後に選んだことに悔いはない。

白崎アイド
大衆娯楽
お母さんが家を出て行ってから、お父さんが再婚すると言い出した。 でも、再婚なんてしないでと、心から願う私に冷たくする父親は期待も虚しく、再婚してしまった。 再婚相手は一緒に住みだすとひどいことばかり言ってくる。 耐えられなくなった私は、体当たりで復讐をすることを決めた。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~

日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。 そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。 優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。 しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...