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第18章 勘違いは誰のせい

松崎の中学時代

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 松崎敏夫と和美が卒業した森ノ宮町立第二中学校は、1学年2クラスの小ぢんまりした学校だった。

 松崎と和美は小学校時代から、テレビや漫画の趣味が合い、よく話をする間柄だったが、付き合っていたわけではない。お互い異性としてタイプじゃないから意識せず話せる、そんな仲だった。

 松崎は昔からおとなしいタイプだったが、「いい」と思う女子には積極的にアプローチするという面もあった。
 小顔にくっきりした目鼻立ちのわかりやすい「かわいい子」が好きで、中3の1月、隣のクラスの香取かとりエリカという女子に、誕生日のプレゼントと手紙を渡した。

 エリカは「隣のクラスの…松田君?松本君?何で私の誕生日知ってるの?」程度の気持ちで受け取った。

 当時の小学校の学級名簿には生年月日も記載されており、少なくとも森ノ宮地区では出席番号は誕生日順だったほどだ。小さな街のことだし、香取と同級だったことのある生徒に聞けば、すぐに分かる情報だったのだ。

 エリカはそれまで「松なんとか君」を意識したこともなかったし、プレゼントを渡されたときも、正直タイプではないなと思った(プレゼントも、松崎自身も)。

「君のことが好きです。付き合ってくれとは言いませんが、気持ちを受け取ってください。松崎」

 これを額面通り受け取ったエリカは、松崎に特に返事をすることもなく、バレンタインデーには意中の相手にチョコレートを渡した。
 その相手というのが、松崎と割と仲がよかった大島だったため、「香取ならかわいいし、まあ付き合ってもいいかなと思うけど――受験が終わってからかな」という雑談を通し、松崎は自分は失恋したのだと知った。

 それだけならまだ傷は浅かったが、松崎がたまたま廊下でエリカとすれ違ったとき、エリカは松崎に対して魅力的な笑顔を見せた。「この間はどーも」程度の愛想笑いだったのだが、松崎はそうは受け取らなかった。

(大島のことが好きなくせに、俺にまで媚を売るのか?)

 松崎はこの一件で、「この世で一番怖いのは女だ」と、かなり極端な心理状態になり、失恋が確定したとき以上にショックを受けた。第1志望だった公立高校の受験に失敗したのも、それが原因だったと思っている。
 何にどの程度のショックを受けるかは、受けた人間の中にしか正解がないが、エリカにしてみれば、受験失敗の原因として逆恨みされているようなものだから、たまったものではない。
 幸いだったのは、「エリカがそのことに全く気付いていない」ことだった。

◇◇◇

 中学校の卒業式から4月の中旬ぐらいにかけ、香取家に無言電話のいたずらが増えた。
 かけた方にしてみると、無言切りをするつもりはなかった。もともと電話が苦手で、勇気を出してかけたが、お目当ての人物エリカが出なかったので、反射的に切るということが続いただけだった。

 エリカがこの犯人を松崎だと気付かないまま、自然にそういったことがなくなってきたので、香取家のほかの人間も、無言電話のことを次第に忘れていった。

 香取家の電話が鳴りやんだ頃、松崎は高校生活にも次第に慣れ、定期的に買っていた雑誌にグラビアが載っていた「豊田とよたやよい」という17歳の新人女優に一目ぼれしていた。
 10万人を超える候補者の中からオーディションで選ばれ、話題作のヒロインとして売り出し中だったのだ。エリカがいくらかわいくても、「格」が違ったのだろう。
 実は自分たちが住む森ノ宮に劣らぬ田舎の出身で、どこか素朴さを残す容姿の豊田だったが、松崎の目には輝いて見えていた。

 ただ、期待して見にいった映画は思ったほどではなく、その後豊田が出したレコードは、歌も声も好みではなかったことから、世間での人気とは逆に、松崎の豊田に対する気持ちは徐々にしぼんでいった。

 東地大附属は男子校だったため、恋愛対象が異性である松崎にとって、同級生のダレソレが気になるというシチュエーションこそなかったものの、通学列車の中で、時々目や心を引かれる少女はいたし、いいなと思うアイドルもいた。
 ただ、エリカのときや豊田のときと同様、ふとしたきっかけで興味を失い、「はい、次」という感じで渡り歩いていた。

 そんな彼の前に現れたのがさよりだった。

 かわいいのはもちろんだが、控え目で上品そうだ。実際手紙のやりとりをしてみると、優しく気を遣う性格なのがよく分かるし、頭もよさそうだ。
 出身校の南高も常緑短大も偏差値がそう高いわけではないが、知性は偏差値だけで決まるわけではない。野球を見にいったときに話していた、中学校の教科書に載っていたコラムは興味深いものだった。

 きっとさよりは、自分にとって初めての「本物の女の子」に違いない――と、松崎は考えた。

 だから、初対面からどれだけ時間が経っても、どんな扱いを受けても、さよりへの思いが松崎から消えてなくなることはない。

 つまり松崎はさよりのことを全く諦めてはいなかったが、それはまた後ほど。

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