53 / 88
第18章 勘違いは誰のせい
松崎の中学時代
しおりを挟む松崎敏夫と和美が卒業した森ノ宮町立第二中学校は、1学年2クラスの小ぢんまりした学校だった。
松崎と和美は小学校時代から、テレビや漫画の趣味が合い、よく話をする間柄だったが、付き合っていたわけではない。お互い異性としてタイプじゃないから意識せず話せる、そんな仲だった。
松崎は昔からおとなしいタイプだったが、「いい」と思う女子には積極的にアプローチするという面もあった。
小顔にくっきりした目鼻立ちのわかりやすい「かわいい子」が好きで、中3の1月、隣のクラスの香取エリカという女子に、誕生日のプレゼントと手紙を渡した。
エリカは「隣のクラスの…松田君?松本君?何で私の誕生日知ってるの?」程度の気持ちで受け取った。
当時の小学校の学級名簿には生年月日も記載されており、少なくとも森ノ宮地区では出席番号は誕生日順だったほどだ。小さな街のことだし、香取と同級だったことのある生徒に聞けば、すぐに分かる情報だったのだ。
エリカはそれまで「松某君」を意識したこともなかったし、プレゼントを渡されたときも、正直タイプではないなと思った(プレゼントも、松崎自身も)。
「君のことが好きです。付き合ってくれとは言いませんが、気持ちを受け取ってください。松崎」
これを額面通り受け取ったエリカは、松崎に特に返事をすることもなく、バレンタインデーには意中の相手にチョコレートを渡した。
その相手というのが、松崎と割と仲がよかった大島だったため、「香取ならかわいいし、まあ付き合ってもいいかなと思うけど――受験が終わってからかな」という雑談を通し、松崎は自分は失恋したのだと知った。
それだけならまだ傷は浅かったが、松崎がたまたま廊下でエリカとすれ違ったとき、エリカは松崎に対して魅力的な笑顔を見せた。「この間はどーも」程度の愛想笑いだったのだが、松崎はそうは受け取らなかった。
(大島のことが好きなくせに、俺にまで媚を売るのか?)
松崎はこの一件で、「この世で一番怖いのは女だ」と、かなり極端な心理状態になり、失恋が確定したとき以上にショックを受けた。第1志望だった公立高校の受験に失敗したのも、それが原因だったと思っている。
何にどの程度のショックを受けるかは、受けた人間の中にしか正解がないが、エリカにしてみれば、受験失敗の原因として逆恨みされているようなものだから、たまったものではない。
幸いだったのは、「エリカがそのことに全く気付いていない」ことだった。
◇◇◇
中学校の卒業式から4月の中旬ぐらいにかけ、香取家に無言電話のいたずらが増えた。
かけた方にしてみると、無言切りをするつもりはなかった。もともと電話が苦手で、勇気を出してかけたが、お目当ての人物が出なかったので、反射的に切るということが続いただけだった。
エリカがこの犯人を松崎だと気付かないまま、自然にそういったことがなくなってきたので、香取家のほかの人間も、無言電話のことを次第に忘れていった。
香取家の電話が鳴りやんだ頃、松崎は高校生活にも次第に慣れ、定期的に買っていた雑誌にグラビアが載っていた「豊田やよい」という17歳の新人女優に一目ぼれしていた。
10万人を超える候補者の中からオーディションで選ばれ、話題作のヒロインとして売り出し中だったのだ。エリカがいくらかわいくても、「格」が違ったのだろう。
実は自分たちが住む森ノ宮に劣らぬ田舎の出身で、どこか素朴さを残す容姿の豊田だったが、松崎の目には輝いて見えていた。
ただ、期待して見にいった映画は思ったほどではなく、その後豊田が出したレコードは、歌も声も好みではなかったことから、世間での人気とは逆に、松崎の豊田に対する気持ちは徐々にしぼんでいった。
東地大附属は男子校だったため、恋愛対象が異性である松崎にとって、同級生のダレソレが気になるというシチュエーションこそなかったものの、通学列車の中で、時々目や心を引かれる少女はいたし、いいなと思うアイドルもいた。
ただ、エリカのときや豊田のときと同様、ふとしたきっかけで興味を失い、「はい、次」という感じで渡り歩いていた。
そんな彼の前に現れたのがさよりだった。
かわいいのはもちろんだが、控え目で上品そうだ。実際手紙のやりとりをしてみると、優しく気を遣う性格なのがよく分かるし、頭もよさそうだ。
出身校の南高も常緑短大も偏差値がそう高いわけではないが、知性は偏差値だけで決まるわけではない。野球を見にいったときに話していた、中学校の教科書に載っていたコラムは興味深いものだった。
きっとさよりは、自分にとって初めての「本物の女の子」に違いない――と、松崎は考えた。
だから、初対面からどれだけ時間が経っても、どんな扱いを受けても、さよりへの思いが松崎から消えてなくなることはない。
つまり松崎はさよりのことを全く諦めてはいなかったが、それはまた後ほど。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる