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第9章 さよりの帰省
高校時代の足跡
しおりを挟む俊也がこんなまどろっこしいことを言うのには理由があった。
まず前提として、俊也は新幹線は利用しない。各駅停車で4時間以上かけて片山に行くつもりだった。
そして、詳細は明らかにできないが、片山周辺に多い無人駅の“名前”を利用して工作し、いわゆるキセル行為をして運賃を浮かせようと考えたのだ。だから特急券が必要な新幹線は利用できないというわけだ。
言うまでもないが、キセルは犯罪である。
俊也はアルバイトで要領よく稼ぎ、実家からの仕送りもあり、学生としてはそこそこ恵まれた経済状態ではあったが、「貧乏学生の節約術」ぐらいに思って悪びれない。実際さよりと「まずはお茶でも」と入った喫茶店で、面白おかしくその辺の事情を説明したほどだった。
さよりも話を聞きながら、「それはやっちゃいけないことなのでは…」と思ったものの、「こんなことを言ったら嫌われるかも…」という思いが勝ち、黙って聞いていた。
「俊也さんはお盆に帰省しなくていいんですか?」
「ああ――あんまり会いたくない親戚がいるから…」
「そうですか。いろいろありますね」
「それよりさ、せっかくさよりちゃんの地元なんだから、君の行ってた高校とか、高校時代遊んでいたところとか連れていってよ」
「えーっ、特に面白いところでもありませんよ?」
「いや、さよりちゃんが関わっているだけで、俺には特別な場所だよ」
こういう言葉は、俊也的には「ただの率直な意見」なのだが、遊び慣れている女性には、「またまた。そんなことを誰にでも言ってるんでしょ?」と取られかねない。さよりは少し顔を赤らめて、「じゃ、高校から…外から見るだけになりますけど…」と答えた。
◇◇◇
さよりは母校である南高校まで俊也を案内し、学校の外周をぶらぶら歩いた。そして「何だかさよりちゃんの同級生になったみたいな気分だ」などと言われ、まんざらでもない気持ちになる。
体育館裏に立派な日本家屋があったので、あれは何かと聞かれた。
「私たちは「和室」って呼んでました。茶道部が部活に使ったり、校内の競技かるたの大会で使ったり、合宿で使うこともあったみたいです」
「そういう活動が盛んなの?かるたとか」
「でもないですけど。前身が女学校だった名残かもしれません」
「面白いね、そういう歴史。ちょっとお嬢さんっぽいし」
さよりにしてみると、俊也が興味を持って質問し、「自分について覚えてくれる」ことが気恥ずかしく、またうれしかった。
俊也は女の子から仕入れたちょっした小ネタを、次にその子に会った時に会話に取り入れ、「そんなこと覚えていたの?」と呆れさせたり、喜ばせたりするのがうまかった。
◇◇◇
13時頃、肩の凝らないカフェレストランのような店に入り、昼食を取った。ここもさよりが高校時代、和美など仲のいい友達と来た店の一つだった。
俊也は意外にも甘党で、デザートのチョコレートケーキを絶賛していた。
その後、繁華街からやや離れた公園に行った。
ここはかなりの広さがあり、子供の遊び場やスポーツ競技場もある。
石畳の広場では、多くの人たちが鳩にえさをやっていた。
それを見て俊也が意外なことを言う。
「あ、鳥さん!」
「とり…さん?」
「あ…俺、実は鳥が好きで。鳩にえさやっているうちに、肩とか腕にとまられて身動きとれなくなったりってシチュエーション、地味に好きなんだよね」
俊也はどうやら好きなものを前に、少しタガが外れ、あまりにも本音が出たようで、照れくさそうに説明した。
「そうなんですか?何だか意外ですけど――かわいい」
「あ、さよりちゃん、男にそんなこと言っちゃだめだよ?」
「ごめんなさい…失礼ですよね…」
「いや、そうじゃなくてね…」
俊也はさよりの手を握り、右の耳元でささやいた。
「そんなこと言ったら男はムキになって、「俺と2人きりになっても、同じことが言えるかな?」なんて、誘惑しちゃうからね」
「え、あ、その…」
「冗談、冗談。ま、半分は本気だけどね」
「もう…」
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