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第8章 恋愛観的なもの

松崎

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 松崎敏夫の家は、名士というほどでもないにせよ、地元では顔の利く方だったし、金銭的にもそこそこゆとりがあった。

 しかし、「大学生には金を出すが、予備校生には出さない」という父親の一言で、新聞奨学生の制度を利用することになった。
 ただ、これもちょっとした「切り取り」であり、父親は厳密には「地元の予備校に通うならまだしも、わざわざ東京に行く必要あるのか。どうせ都会で遊びたいだけだろう。そんなやつには金を出さん」と言ったに過ぎない。

 松崎も、「親父は分かっていない。田舎の予備校なんて通っても、まともな大学に行けるはずがない」と反論したが、「そんなものは本人次第だ。予備校に行かず現役合格する者も、自宅浪人で行く者もいる」と論破された。
 実際松崎は、さよりが東京の短大に行くので、なら自分も東京にと思ったにすぎないから、父親への反論も屁理屈の域を出なかった。
 が、決意が固いとみると、父親は「途中で音を上げるなよ」と言いつつも理解を示し、母親はただひたすら心配し、「ミーハーで頭の悪い」妹は、「東京に遊び行ったら、お兄ちゃんの部屋に泊めてよね!」とはしゃいでいた。

***

 実際、荒天の日でも休めないし、体はきつい。たまたま販売店の店長がよくしてくれる人だったので、自分は恵まれている方だと思うが、相性が悪かったり、扱いがひどかったりという話も聞く。
 勉強もそれなりに頑張ってはいるつもりではあるが、模試でもなかなか結果が出せないあせりはある。

 そんな生活の中で、なかなか会えないが、さよりという「カノジョ」が、自分の精神的支柱になってくれていることも大きかった。
 東京に来て初めてのゴールデンウイーク、大好きな野球に誘った。自分の好きなものを知ってもらういい機会だと思った。
 彼女には野球が退屈だったのか、疲れていたのか、途中で居眠りをしてしまったが、そんな姿もかわいかった。

 別れ際には恥ずかしがって嫌がる彼女の写真を何とか撮った。早速現像プリントに出して、仕事や予備校の友達に見せたら、「どうせブスだと思ってたのに、かわいいじゃねーか、このヤロー」と小突かれた。

 なぜ「どうせブスだと思った」のかは分からない。自分はかわいくない女と付き合うくらいなら、誰とも付き合わない方がマシだと思っているのに、周りの連中はそうでもないのだろうか。
 この間だって、さよりと一緒にいたから、チラチラ視線を送ってくる男が随分多かった。何ならカノジョ連れの男までこちらを見ていた。
 どうせならそんな子と並んで歩いた方がいいだろうに、妥協して「人間顔じゃない」なんてきれいごとを言うなんて――などと、松崎は思っていた。

***

 来年にはどこかの大学に入学し、4年で卒業する。大学は東京だが、多分、就職で地元に戻るだろう。自分は長男だから、家を継ぐ義務もある。
 さよりは短大だから再来年には卒業し、その後はこちらで就職するのだろうか。地元に戻るならば、卒業までは遠距離恋愛になるが、東京で就職するなら、俺の卒業と同時にプロポーズして、一緒に地元に帰るのも悪くない。

 もちろんこんな話を、まださよりにはしていない。が、このまま「交際」を続けられれば、おのずとそんな話も出てくるだろう。
 恐ろしい話だが、松崎の脳内だけで、このようなライフプランニングがなされていた。
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