上 下
18 / 88
第6章 C調男にご用心

計算

しおりを挟む

 さよりの意中の人物・安部あべ俊也としやは、H台駅から歩いて7分程度のアパートに住んでいるらしい。
 2人とも駅を利用するときは南口で降り、さよりの住む寮はそこから東、俊也のアパートは西と逆方向だったため、生活圏に微妙なずれがあったようだ。

「水野の家で初めて会ったとき、すごくかわいい子だなって思ってたから、すぐ分かったんだけど…」
「え?」
「俺のこと覚えてないだろうなと思って、見かけても声かけなかったんだよね。君、この駅から学校に通っているんでしょ?」
「えー…あー…チガイマス」
「え?」
「学校まで直通の路線があったので、バスで通学してて…」

「ああ――そうなんだ。誰かと勘違いしてたみたいだね」
「すみません…」
「君が謝らなくてもいいのに」

 そう言って、さよりにはまぶしすぎる例の「にっ」という笑顔を見せた。
 こんなにすてきな人が、「俺のことなんて」みたいな言い方をするのも、妙なところをくすぐってくる。

***

 俊也の言うとおり、もちろんさよりはここで謝る必要など全くなかった。
 勘違いだったとしても、謝るべきは俊也の方だろうが、「嫌われたくない」という思いがさよりを卑屈にさせた。
 それより何より、実は俊也はかなり口から出まかせを言っていたのだ。

 俊也が「水野」と呼んでいるのは、もちろんいとこの晴海はるみのことだが、彼女の親戚の女子高生だと思って覚えていたことはたしかだった。
 さよりが進学でこちらに来たことは、晴海から聞いて知っていたが、ラフな服装からして近所に住んでいそうだし、駅のすぐ近くのコンビニでばったり会ったということは、当然H台駅を使っているんだろうと見当をつけた。
 そして「誰かと勘違い」どころか、そもそもそんな女の子は存在しなかった。ただ、そんなふりをすることで、このかわいい子に自分を意識させることはできるだろう――と、かなり短時間で計算して口に出しただけの話である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

再婚なんてしないで!お父さんが選んだ女性が性格悪くて悩む私が最後に選んだことに悔いはない。

白崎アイド
大衆娯楽
お母さんが家を出て行ってから、お父さんが再婚すると言い出した。 でも、再婚なんてしないでと、心から願う私に冷たくする父親は期待も虚しく、再婚してしまった。 再婚相手は一緒に住みだすとひどいことばかり言ってくる。 耐えられなくなった私は、体当たりで復讐をすることを決めた。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~

日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。 そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。 優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。 しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...