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第6章 C調男にご用心
計算
しおりを挟むさよりの意中の人物・安部俊也は、H台駅から歩いて7分程度のアパートに住んでいるらしい。
2人とも駅を利用するときは南口で降り、さよりの住む寮はそこから東、俊也のアパートは西と逆方向だったため、生活圏に微妙なずれがあったようだ。
「水野の家で初めて会ったとき、すごくかわいい子だなって思ってたから、すぐ分かったんだけど…」
「え?」
「俺のことなんて覚えてないだろうなと思って、見かけても声かけなかったんだよね。君、この駅から学校に通っているんでしょ?」
「えー…あー…チガイマス」
「え?」
「学校まで直通の路線があったので、バスで通学してて…」
「ああ――そうなんだ。誰かと勘違いしてたみたいだね」
「すみません…」
「君が謝らなくてもいいのに」
そう言って、さよりにはまぶしすぎる例の「にっ」という笑顔を見せた。
こんなにすてきな人が、「俺のことなんて」みたいな言い方をするのも、妙なところをくすぐってくる。
***
俊也の言うとおり、もちろんさよりはここで謝る必要など全くなかった。
勘違いだったとしても、謝るべきは俊也の方だろうが、「嫌われたくない」という思いがさよりを卑屈にさせた。
それより何より、実は俊也はかなり口から出まかせを言っていたのだ。
俊也が「水野」と呼んでいるのは、もちろんいとこの晴海のことだが、彼女の親戚の女子高生だと思って覚えていたことはたしかだった。
さよりが進学でこちらに来たことは、晴海から聞いて知っていたが、ラフな服装からして近所に住んでいそうだし、駅のすぐ近くのコンビニでばったり会ったということは、当然H台駅を使っているんだろうと見当をつけた。
そして「誰かと勘違い」どころか、そもそもそんな女の子は存在しなかった。ただ、そんなふりをすることで、このかわいい子に自分を意識させることはできるだろう――と、かなり短時間で計算して口に出しただけの話である。
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