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第4章 デイゲーム

ぎくしゃく

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 その日はまさに快晴だったが、さよりはどんよりと沈んだ気持ちで待ち合わせ場所に向かった。

 翌年には日本初のドーム球場が造られるということで、試合が行われるスタジアムの隣で着々と工事中だった。

 スタジアムを擁するパーク内には小さな名画座もあり、どうやらちょうどさよりの好みの映画をやっていたらしく、彼女はふとポスターの前で足を止めた。

「…さよりさん、ひょっとして映画が見たいんですか?」
「あ、何となく見ちゃっただけです。すみません」
「野球やめて、映画にしようか?」
「そういう意味じゃないから、気にしないで」
「試合が終わった後でも…」
「本当にいいから!」
「…そう?」

 開幕からのかみ合わない会話は、ぎくしゃくしたデートを象徴した。

◇◇◇

 さよりは特にやっているスポーツはなかったが、体を動かすのは苦にならない方だった。
 同じ野球でも、じっと興味のない試合を観戦するなら、キャッチボールでもやった方がいいな、などと思うくらいではあった。ひとりっ子だったこともあり、小さい頃は父のお相手もよく務めた。
 さより自身が松崎と本当に付き合っていきたいと思うなら、率直にそんな話をしたかもしれないし、松崎もそれを受け入れたかもしれないが、まずその前提からして成り立っていなかったのだから仕方ない。

 先発投手が発表され、湧き上がるファンの歓声にも、「ああ、人気の人なのかな」程度の反応だったし、誰が打っても、どっちに点が入っても、特に感慨はない。あまりの興味のなさに、舟をこいでしまう始末だった。

(やば…やっぱり1時まで漫画読んでいたのがたたっている…)

 松崎はそんなさよりの様子を見て、販売員からアイスクリームを買い、「はい、もうすぐ終わりだから、これ食べて目を覚まして」と渡した。
 さよりはまさに「穴があったら入りたい」という気持ちになり、おかげでその後は刮目して試合の流れを追うことができたが、最後の最後まで面白さが分からなかった。

◇◇◇

「試合中に寝ちゃう人って初めて見たけど…」
「本当にごめんなさい…失礼ですよね」
「いや、ちょっとカワイかったです」
「はあ、その…」

 松崎がさよりがこくこくと体を前傾させて居眠りする姿に、「かわいいな」と思ったことは事実だったが、さよりの気分は全く軽くならない。「悪いと反省しているんだから、蒸し返すなよ!」が本音だった。

「あの、松崎君…」
「何?」
「『思考代行業』(※)っていうの、覚えてる?」
「それ何ですか?」
「中学校の――1年か2年の国語の教科書に載っていたコラムみたいなので…」
(※ 加藤秀俊著(初出は1972年))

 それは筆者が息子さんにせがまれて、生の野球の試合を見に連れて行ったときの経験を書いたものだった。広々としたスタジアムの空気の爽快さの描写も印象的なのだが、「テレビで解説つきで見る」ことに慣れた身には違和感があり、肝心の試合自体は思ったほど楽しめなかった、というような内容だった。

 さよりはそれをかいつまんで説明して、「だから、観客席で楽しんでいる皆さんを見て、本当にお好きなんだろうなって…」と、いささか据わりの悪い締め方をした。正直、ちょっとした話のタネ程度に出しただけで、特にオチもない。

「そうか。俺は携帯ポータブルテレビ持ってたし、ラジオにイヤホン差して、解説聞きながら見ていた人もいたと思うよ」
「そ、そう?」

 まあ「そういうこと」なんだろうが、「そういうことではない」んだよな、ともさよりは思った。ただ、うまく言語化できない。

 こんなところに性別を持ち出すのもナンだが、これが気楽な女性の友人同士の会話だと、次のようなパターンが多い。

「〇〇ってあったよね~」「あったあった」(間)「この間、〇〇食べてさ」「えー、私まだだー」(間)

 こんな流れでも、何となく会話としては成立する。
 が、これが男女になると、「それがどうしたの?」「オチはないの?」という流れになることも多い。
 さよりもどちらかというと、できるだけオチはつけたいと思っている方ではあるが、予想外の方に持っていかれると、「さいですか」としか返事できなくなった。

「でも、そういうのをちゃんと覚えてるって、さすがは秀才のさよりさんですね」
「いや、そんな…」
「うちの妹なんか、頭は悪いしミーハーだし、少しは見習ってほしいって思うよ」

 国語の教科書の文章をたまたま覚えていただけで、そんなふうに言われるのはいたたまれない。ましてや妹さんを貶める必要があるんだろうか。

(やっぱりこの人、だな)
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