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プロローグ
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私が異世界で一人キャンプを楽しむようになったのは、今年初めのことだった。と言っても異世界の王さまに召喚されたとか、そんな劇的な話ではない。今年で二十才になる私は、現代世界では何の変哲もない女子大生だ。それも人見知りが酷くて、友達が皆無という程度の。こんな調子で大人としてやっていけるのかが不安である。
「あー、また死んだ! まあ良いか、コンティニューで再開っと。いくらでも時間があるって最高だよねー」
そんな私は今、夜の異世界でテントを張って、その中で携帯ゲーム機をプレイしていた。一人で遊んでると独り言が多くなってしまうのが、ぼっちの悲しい習性である。テントを張っているのは小高い山の上で、日本では見られないような種類の木々が周辺にあった。気候は、ひょっとしたら一年中、夏なのかもしれない。山が小高くて夜だからか、暑くはなくて、むしろ涼やかで心地よかった。
野生動物やモンスターに襲われる可能性もあるのだろうが、そこは大して心配していない。私には特殊能力があって、一瞬で異世界と現代世界を行き来できるのだ。この能力に目覚めたのが今年の初めで、自宅にいた時、私の前に不思議なドアが現れて。そのドアを開けてみると、テントを張るのに好都合な山上に出たのだった。
『わぁ! ここなら一人でキャンプができる!』
それが異世界を見たときの、私の第一声である。私はソロキャンプに憧れていて、テントや明かりを点けるランタンなどは買ったものの、去年までは使う機会も見つからなくて実家の物置に放置していたのだ。ちなみに大学へは実家から通っていて、両親と一緒に住んでいる。
車の免許も持っていない私は、キャンプ場への移動だけでも一苦労で、要はキャンプを始める前から諦めていたのだが。私に特殊能力が備わったのは、そんな私を神さまが不憫に思ったのかもしれない。神さまに感謝しながら、私は授けられた能力の詳細を調べ始めた。
「あらら、また死んだー。コンティニューっと。時間があり過ぎると、ゲームのプレイも雑になるよねー」
過去を思い出しながら遊んでいたせいか、どうにも操作が上手くいかない。テントの中はランタンで照らされていて(ランプみたいな形で、電池式だ)、と言っても家のLED照明と比べれば薄暗い。長く遊んでいると視力が落ちそうだが、気にすることもないだろう。何しろ異世界から現代世界へ戻れば、身体は異世界へ行く前の状態へと戻るのだ。
能力を授かって、私は異世界へ続くドアに付いて調べ始めて。まず分かったのは、このドアには実体がないってことだった。私の意思でドアを出したり消したりできるし、ドアのノブに触れなくても意思で開閉できる。
更に言えば、いちいちドアを出現させなくても私は瞬間移動で異世界へ行けたし、同様に現代世界へ戻ることもできた。ドアの形は、どうやら私を異世界へと誘う、きっかけのようなものでしかなかったようだ。
「……ゲーム機の電池が無くなってきたなぁ。一旦、戻りましょうかね」
独り言ちながら、私はテントの中でゲーム機を手に持って、その状態で現代世界へと瞬間移動して。私の居場所は実家へと変わる。ちなみに今は五月のゴールデンウィーク中で、両親は海外旅行を楽しんでいた。今でも二人はラブラブで、私は両親がいない間の留守番を引き受けている。異世界キャンプを楽しみたかったから好都合だった。
さて、手元のゲーム機を確認する。さっきまで電池のメーターは半分以下を示していたのに、今のメーターは満タンに戻っていた。うん、異世界に出発する前と同じ状態だ。同じと言っても、異世界で遊んだゲームのセーブデータは、きちんと更新されているから問題ない。満足して、私は再び異世界へとワープした。
『ナルニア国物語』という小説をご存じだろうか。少年少女が異世界へ行く話で、一巻の最後で、彼らは何年も異世界で生活をする。大人になった少年少女は、しかし現代世界へ戻ると、姿は子どもの頃に戻っていた。現代世界では、ほとんど時間が経過していなかったらしい。
異世界と現代世界では時間の流れ方が違う、という小説だったようで、それと同じ現象が私には起きている。もっとも『ナルニア』では現代世界の一年で、異世界では数百年が経過していたが、私の場合は其処まで極端ではない。うん、たぶん、そう思う。
「さーて、ゲームの続き、続きっと」
再び私は異世界で、テントの中でのゲームを楽しむ。私の能力は、ゲームで例えると説明しやすい。要は異世界へ行く直前の状態が、自動的に、セーブデータのように記録されるのだ。そして私が異世界から現代世界へ戻ると、全く同じ日の同時刻へと戻される。私が異世界で数日を過ごしても、現代世界に戻れば一秒も経過しない。すでに検証済みだ。
これを私は『自動セーブ能力』と名付けた。そのまんまである。ついでに言うと、現代世界の自動セーブ時点へ戻った段階で、当たり前だが普通に現代世界での時間は進み始める。例えば五月一日の午前十時ちょうどに異世界へ行けば、現代世界に戻る日時は全く同じ、五月一日の午前十時ジャストとなって。そして五分後に再び異世界へ行けば、自動セーブ時点は五月一日の午前十時五分に更新される。
よくSFのタイムリープ小説で、同じ日の同じ時刻へ戻され続ける展開があるけど、ああいう怖い状況には今のところ、なっていない。とにかく『異世界で長い時間を遊んでも、現代世界では全く時間は進んでいない』とだけ理解してもらえればいい。
ちなみにセーブできるのは異世界へ行く直前の、現代世界の状況だけだ。異世界で自動セーブ能力は使えないし、異世界から現代世界へは何も余計な物質を持ち帰れない。持ち帰れるのは私の記憶と、電子機器の更新データくらいである。
タイムリープ小説と同じで、感覚としては過去の地点へ戻っているから、異世界で疲れるほど長く遊んでも、現代世界で身体の状態は元に戻っている。さっき携帯ゲーム機の電池メーターが、半分以下から満タンへ戻ったのと同じだ。それなのにゲームのデータが更新されているのは不思議だが、考えてみれば頭の中の記憶だって、私には残っているのだし。
脳の中で記憶が更新されるのなら、電子機器の記録が更新されるのも、同じ理屈なのかもしれない。とにかく私の能力を検証した結果、『異世界に行っている間、現代世界では時間が経過しない。そして異世界で電子機器を使えば、頭の中の記憶と同様に、電子機器の記録も保存できて更新される』ということが分かって、これは大発見なのだった。
「大学の課題も、異世界で時間をかけてパソコンで作成できる。読書やゲーム、その気になればマンガや小説を書く練習も、好きなだけ異世界で時間をかけられる。『精神と時の部屋』っていうのがマンガであったけど、それを実現できるとは思わなかったなぁ……」
異世界ではネットが使えないのだけど、オフラインでも使えるソフトはある。どうしてもネットを使う必要があれば、現代世界へ戻れば良いだけだ。私は一人なので、常にゲームはオフラインのソロプレイであった。
「将来はマンガ家か、小説家を目指そうかなぁ。いくらでも創作に時間を掛けられるし。あー、でも独学だと上手くいかないかもなぁ。通信講座とか受講すべきなのかな……」
一人キャンプやソロプレイが長くなると、どうしても独り言が多くなる。ゴールデンウィークと言えば、世の若者は旅行したり街で遊んだりするんだろうけど、私は何日も異世界でゲームをしてばかりだ。お腹が減ったら、現代世界に戻れば空腹は無くなる。さっき現代世界へ戻って、携帯ゲーム機の電池メーターが満タンになったのと理屈は同じだ。
ちなみに食事に付いては、異世界に食料を持ち込むと、ちょっと面白い現象が起こる。それは後で説明するとして、異世界キャンプを楽しんでいた私は、テントの外から声を掛けられてビックリした。
「あの……すみません……」
夜の異世界で、申し訳なさそうに女性の声が聞こえてくる。日本語だったけど、たぶん異世界の住人なんだろうなぁというのは、何となく分かった。
「あー、また死んだ! まあ良いか、コンティニューで再開っと。いくらでも時間があるって最高だよねー」
そんな私は今、夜の異世界でテントを張って、その中で携帯ゲーム機をプレイしていた。一人で遊んでると独り言が多くなってしまうのが、ぼっちの悲しい習性である。テントを張っているのは小高い山の上で、日本では見られないような種類の木々が周辺にあった。気候は、ひょっとしたら一年中、夏なのかもしれない。山が小高くて夜だからか、暑くはなくて、むしろ涼やかで心地よかった。
野生動物やモンスターに襲われる可能性もあるのだろうが、そこは大して心配していない。私には特殊能力があって、一瞬で異世界と現代世界を行き来できるのだ。この能力に目覚めたのが今年の初めで、自宅にいた時、私の前に不思議なドアが現れて。そのドアを開けてみると、テントを張るのに好都合な山上に出たのだった。
『わぁ! ここなら一人でキャンプができる!』
それが異世界を見たときの、私の第一声である。私はソロキャンプに憧れていて、テントや明かりを点けるランタンなどは買ったものの、去年までは使う機会も見つからなくて実家の物置に放置していたのだ。ちなみに大学へは実家から通っていて、両親と一緒に住んでいる。
車の免許も持っていない私は、キャンプ場への移動だけでも一苦労で、要はキャンプを始める前から諦めていたのだが。私に特殊能力が備わったのは、そんな私を神さまが不憫に思ったのかもしれない。神さまに感謝しながら、私は授けられた能力の詳細を調べ始めた。
「あらら、また死んだー。コンティニューっと。時間があり過ぎると、ゲームのプレイも雑になるよねー」
過去を思い出しながら遊んでいたせいか、どうにも操作が上手くいかない。テントの中はランタンで照らされていて(ランプみたいな形で、電池式だ)、と言っても家のLED照明と比べれば薄暗い。長く遊んでいると視力が落ちそうだが、気にすることもないだろう。何しろ異世界から現代世界へ戻れば、身体は異世界へ行く前の状態へと戻るのだ。
能力を授かって、私は異世界へ続くドアに付いて調べ始めて。まず分かったのは、このドアには実体がないってことだった。私の意思でドアを出したり消したりできるし、ドアのノブに触れなくても意思で開閉できる。
更に言えば、いちいちドアを出現させなくても私は瞬間移動で異世界へ行けたし、同様に現代世界へ戻ることもできた。ドアの形は、どうやら私を異世界へと誘う、きっかけのようなものでしかなかったようだ。
「……ゲーム機の電池が無くなってきたなぁ。一旦、戻りましょうかね」
独り言ちながら、私はテントの中でゲーム機を手に持って、その状態で現代世界へと瞬間移動して。私の居場所は実家へと変わる。ちなみに今は五月のゴールデンウィーク中で、両親は海外旅行を楽しんでいた。今でも二人はラブラブで、私は両親がいない間の留守番を引き受けている。異世界キャンプを楽しみたかったから好都合だった。
さて、手元のゲーム機を確認する。さっきまで電池のメーターは半分以下を示していたのに、今のメーターは満タンに戻っていた。うん、異世界に出発する前と同じ状態だ。同じと言っても、異世界で遊んだゲームのセーブデータは、きちんと更新されているから問題ない。満足して、私は再び異世界へとワープした。
『ナルニア国物語』という小説をご存じだろうか。少年少女が異世界へ行く話で、一巻の最後で、彼らは何年も異世界で生活をする。大人になった少年少女は、しかし現代世界へ戻ると、姿は子どもの頃に戻っていた。現代世界では、ほとんど時間が経過していなかったらしい。
異世界と現代世界では時間の流れ方が違う、という小説だったようで、それと同じ現象が私には起きている。もっとも『ナルニア』では現代世界の一年で、異世界では数百年が経過していたが、私の場合は其処まで極端ではない。うん、たぶん、そう思う。
「さーて、ゲームの続き、続きっと」
再び私は異世界で、テントの中でのゲームを楽しむ。私の能力は、ゲームで例えると説明しやすい。要は異世界へ行く直前の状態が、自動的に、セーブデータのように記録されるのだ。そして私が異世界から現代世界へ戻ると、全く同じ日の同時刻へと戻される。私が異世界で数日を過ごしても、現代世界に戻れば一秒も経過しない。すでに検証済みだ。
これを私は『自動セーブ能力』と名付けた。そのまんまである。ついでに言うと、現代世界の自動セーブ時点へ戻った段階で、当たり前だが普通に現代世界での時間は進み始める。例えば五月一日の午前十時ちょうどに異世界へ行けば、現代世界に戻る日時は全く同じ、五月一日の午前十時ジャストとなって。そして五分後に再び異世界へ行けば、自動セーブ時点は五月一日の午前十時五分に更新される。
よくSFのタイムリープ小説で、同じ日の同じ時刻へ戻され続ける展開があるけど、ああいう怖い状況には今のところ、なっていない。とにかく『異世界で長い時間を遊んでも、現代世界では全く時間は進んでいない』とだけ理解してもらえればいい。
ちなみにセーブできるのは異世界へ行く直前の、現代世界の状況だけだ。異世界で自動セーブ能力は使えないし、異世界から現代世界へは何も余計な物質を持ち帰れない。持ち帰れるのは私の記憶と、電子機器の更新データくらいである。
タイムリープ小説と同じで、感覚としては過去の地点へ戻っているから、異世界で疲れるほど長く遊んでも、現代世界で身体の状態は元に戻っている。さっき携帯ゲーム機の電池メーターが、半分以下から満タンへ戻ったのと同じだ。それなのにゲームのデータが更新されているのは不思議だが、考えてみれば頭の中の記憶だって、私には残っているのだし。
脳の中で記憶が更新されるのなら、電子機器の記録が更新されるのも、同じ理屈なのかもしれない。とにかく私の能力を検証した結果、『異世界に行っている間、現代世界では時間が経過しない。そして異世界で電子機器を使えば、頭の中の記憶と同様に、電子機器の記録も保存できて更新される』ということが分かって、これは大発見なのだった。
「大学の課題も、異世界で時間をかけてパソコンで作成できる。読書やゲーム、その気になればマンガや小説を書く練習も、好きなだけ異世界で時間をかけられる。『精神と時の部屋』っていうのがマンガであったけど、それを実現できるとは思わなかったなぁ……」
異世界ではネットが使えないのだけど、オフラインでも使えるソフトはある。どうしてもネットを使う必要があれば、現代世界へ戻れば良いだけだ。私は一人なので、常にゲームはオフラインのソロプレイであった。
「将来はマンガ家か、小説家を目指そうかなぁ。いくらでも創作に時間を掛けられるし。あー、でも独学だと上手くいかないかもなぁ。通信講座とか受講すべきなのかな……」
一人キャンプやソロプレイが長くなると、どうしても独り言が多くなる。ゴールデンウィークと言えば、世の若者は旅行したり街で遊んだりするんだろうけど、私は何日も異世界でゲームをしてばかりだ。お腹が減ったら、現代世界に戻れば空腹は無くなる。さっき現代世界へ戻って、携帯ゲーム機の電池メーターが満タンになったのと理屈は同じだ。
ちなみに食事に付いては、異世界に食料を持ち込むと、ちょっと面白い現象が起こる。それは後で説明するとして、異世界キャンプを楽しんでいた私は、テントの外から声を掛けられてビックリした。
「あの……すみません……」
夜の異世界で、申し訳なさそうに女性の声が聞こえてくる。日本語だったけど、たぶん異世界の住人なんだろうなぁというのは、何となく分かった。
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