上 下
87 / 125
第三章 農民が動かす物語

不協和音

しおりを挟む
「はぁ、今日で終わるのかな……」
「モー……」

 僕が思わず吐いた溜息に、丁度乳を絞っていたタームが元気無く鳴いた。



 僕のおじいさんに当たる人から手紙が届いてから今日までに、家はもう滅茶苦茶になっていた。
 毎日楽しく話しながら食べていた食事が無言になり、重い空気が場を漂う。
 美味しいはずのご飯は味を感じられず、喉を通らない。
 誰かが何かと口を開こうとしては固まり、再び口を閉じて俯いてしまう。
 そしてお父さんが口を開くと決まって「ロイ、自分の将来だ。一時の感情で決めるな」とばかり言う。

 一度だけ僕が「僕はこのまま農家として生きたい」と言った時、お父さんは「まだあいつらが来るまで時間がある、もう一度しっかり考えなさい」とだけしか言わなかった。
 僕が農家として生きたいと言った時にお母さんはすぐに嬉しそうな顔をしたけど、お父さんの言葉に一瞬だけ睨み、そしてどこか悔しそうに俯いてしまう。
 ミリィも僕の言葉に嬉しそうにしてたけど、お父さんの言葉でしょんぼりとしてしまっていた。

 何時も家族皆で集まっているはずの居間は、食事の時以外使われなくなった。
 会話は必要最小限な物だけになり、生まれて初めて「ここに居たくない」と思うようになってしまった。



 そんな日々を過ごし、今日は8月14日。
 ようやく元凶であるおじいさんとおばあさんがやってくる日になった。

(……元凶?)

 ふと、自分が今使った言葉に引っかかりを覚える。
 確かに今の状態はとても嫌で、その原因は今日来るはずのおじいさんとおばあさんだ。
 でも、だからといって彼らを悪人だとは思っていなかったはずだ。
 もしそうならお父さんは絶対に僕に商人になる道もあるなんて事は言わなかったはずだし、なんでそう思ってしまったのか全くわからなかった。

「ううーん……」
「どうしたのだ、ロイよ」
「えっとねー……て、わ!」

 今はターム以外には誰も居ないと思っていたらいきなり真後ろから声を掛けられてビクッとしてしまった。

「驚かせてしまったか?」
「あ、コン」

 振り返るとそこには、畑の様子見をお願いしていたコンが居た。
 野菜の収穫もだいぶ終わり、あとは残りの若干青い実が熟れるのを待つだけなのだ。
 そのため水やりと熟れた実の収穫をコンに任せてタームの世話をしていたけど、もう既に終わらせたみたいだった。

「えっとねー……あれ、今何を考えてたんだったけ?」
「我に聞かれても分からぬぞ?」
「うーん、まあいいか」



 それから少ししてタームの世話が終わり、朝食。
 今日も家族揃って囲む食卓にはこれまでより一層重い空気が漂っていた。

「ロイ、もうすぐ俺の親父たちが来る。あいつらと話をしてからどうしたいのか決めなさい」

 静かに食べる音だけが響く中、急にお父さんがそんな事を言う。
「うん……」
 最近のこの雰囲気で既に気が滅入ってしまっていた僕は、力なく頷く。
「ロイ、お母さん達の事は気にしなくていいからね。それに、向こうに行ってもコンちゃんが居たら何時でも帰れるでしょう?」
 そう言うお母さんの顔は、明らかに辛い気持ちを押し殺した笑みだった。
「わ、私、私は、お兄ちゃん、行っちゃうのやだぁ……」
 ミリィは言いながら涙目になり、僕の腕を掴む。
 僕はミリィに「この家を出る気はないよ」って言ってあげたかったけど、その前にお父さんが口を開いた。

「ミリィ、お兄ちゃんと会えなくなることはないんだ。だからこの家を出ても寂しがることはない」

 お父さんはそう言って、まるで僕がこの家を出る事が幸せのように言う。
 でも、僕はお父さんも僕の事で悩んでいた事を知っている。

 お父さんは農業の傍らタンスも作っているけれど、最近はミスが多くて材料の木の板を既に4枚程無駄にしていた。
 普段ならまずそこまでミスはしないお父さんだけど、最近は夜にフラフラと家を出て歩いているのだ。
 そのおかげで最近昼も眠そうにしており、しかし夜には寝付けずにまた外を歩いているという悪循環に陥っているのだ。

「でも、でもぉ……」
 しかし納得の出来ないミリィはただただ駄々をごねるように泣いて、僕の腕にしがみつく。
「ミリィ、お母さんと一緒にお部屋に行こう」
 その様子にお母さんも目を潤ませながら、ミリィを僕から引き離して2階の部屋へと移動していった。



「ロイ、そろそろ時間だ。北門に行くぞ」
「うん……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...