裸の瞳

佐治尚実

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第三章

1.新天地

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 敷地の南半分が庭にあてられ、数えきれないほどの樹木が競うように葉を広げている。庭の向こうが見えなくなるほど繁茂していた。夏になれば一番勢いが増し、冬には葉が落ちて日が室内深くまで届く。

 新居で二度目の冬を迎えた大地は、リビングで毛の長い絨毯に横たわり、緑のカーテンが幾重にも重なる光景を眺めていた。室内の白い壁がほんのり緑に染まって見えるほど、植物の生長は盛んで、ここが市街地の一角であることを忘れそうだ。

 隣の森から飛んできた小鳥が木の葉を揺らした。落ち葉が芝生に落ちたら、庭からトレーニングウェア姿の裕貴が出てくる。締め切った窓が開いたから、大地はクロッチ生地のクッションを引き寄せた。

「目の毒だ」

 裸で日光浴をしていた大地を見て、有酸素運動を終えた裕貴が言う。汗で全身を照らした裕貴はクッションを剥ぎ取り、覆い被さって口づけてくる。大地の乾いた肌に裕貴の汗が染み込む。角度を変えて舌を絡め、胸の尖りを愛撫される。

「っぁあ、う、ん」

 大地は手探りでカーペットの毛をかきむしって腰を浮かす。快楽の余韻を引きずった肉体では、軽い刺激でもたやすく陥落してしまう。

「足りねぇな」

 裕貴が唇を離すと、唾液で糸を引く。

「もう無理、裕貴、風邪を引くよ」

 顔を寄せ、互いの息が合わさる。

「そうだな、どうだ、立てるか」

 柔らかくて長い舌で首筋を舐め上げられる。

「んっ、このまま、まだ日を浴びていたい」
「そうか、分かった」

 名残惜しそうに裕貴は起き上がり、浴室に向かった。彼の履くスリッパの音が遠のく。

 入れ替わって、風呂を浴びた悠成が、オーバーサイズのTシャツにトランクス姿で近寄ってくる。大地の横にしゃがみ込み、日に焼けていない大地の白い体の輪郭をなぞる。

「立てる? ここで寝ていたら大地も風邪を引くよ」

 一昨日まで続いたアメリカツアー、後半に悠成は喉の痛みを覚えて検査をした。それも季節風邪だったようで、医者に処方された薬で無事にツアーを完走した。悠成は事務所とメンバーから安静を言い渡されているせいで、呑気な性格の大地が気になるのだろう。それでも大地を軽々と横抱きにし、かいがいしく寝室まで運んでくれる。悠成はとことん大地に甘かった。

「ありがとう」

 淡い緑色のシーツがピンと張ったベッドに寝かされる。悠成は加湿器をつけて、カーテンをしめた。悠成も横になると、自分たちに毛布をかけた。悠成がくっついてくる。好きにさせていたが、一向に離してくれない。それだけで腰がうずいて仕様がない。

「このまま寝てもいいかな」
「寝なよ」
「う、うん」

 じーっと悠成の視線を感じた。なに、と大地はとろんとした目で訴えても、悠成はにこにこと嬉しそうにするだけだ。悠成の相手をするのも疲れた、と仰向けになって白い天井を見上げた。

「大丈夫、ずっと見ているから」

 悠成が頬を舐めてきた。

 悠成の休暇が昨日から始まり、裕貴の休みと重なった。そのことで徹夜して交互に挑まれた。先ほどまで酷使された体で、あれ以上の行為を受け入れていたら確実に死んでいただろう。二人の体力と精力は化物レベルだ。

 昨年の夏からアメリカに生活拠点を移してから、裕貴と悠成を交えての同棲生活を再開した。海外に来ても二人は多忙を極めていた。大地は職探しに明け暮れて、運良く紳士靴を扱うセレクトショップに雇われた。帰りに個人経営の書店に通い詰めるくらい、異国の地の暮らしを満喫していた。

 同じ家に住んでも、三者三様の生活を続けていたら、当然ながらすれ違いが起きる。
 悠成のツアーに同行したら、裕貴が「俺の見ていないところで悠成が何をしているか分からない」と怒る。
 裕貴の遠征先のホテルに呼び出されても、悠成が「野獣の集うホテルに大地を連れ込むな」と許してくれない。
 だから裕貴と悠成の取り決めた予定表に合わせて、大地は動いた。大地がオフの日に、どちらかの滞在するホテルに出張して、部屋に入るなり服を脱がされて、気絶するまで抱かれた。どちらをより愛しているかも言わされた。そうして裕貴は新記録を打ち出すし、悠成はミュージシャンとしての才能を発揮できた。彼らは自由自在に大地を独占して共有した。

 昨夜は久しぶりに二人を相手にしたので、大地の体は火照っていた。ベッドの上で泣きながら喘いでいたら、何故か大地の仕事先の話が上がった。彼らに報告をせず、仕事の同僚であるアンソニーと酒を飲みに行ったことを責められた。自分たちは今年で二十六歳だ。年を追うごとに、二人の嫉妬が酷くなるのは気のせいだろうか。

「大地の邪魔をするなって、相変わらずネチネチしてるのな」

 寝室に裕貴が顔を出す。言葉とは反対に、裕貴もベッドに入ってくる。大地を挟んで、裕貴は強引に自分に向けさせた。うずく体を正面から抱きしめられる。

「お前の方が邪魔だろう、折角大地が眠りかけていたのに」

 悠成が盛大に舌打ちをする。

「うるせぇな、なぁ、そうだろう大地、俺が子守歌でも、」
「それは俺の専売特許だろうっ、お前のダミ声より、俺の美声の方が大地は安らぐんだよ」
「はっ、大地と中学から泊まり込みした仲だぜ、俺の方が良いに決まっているだろうが」
「お前さ、相当寝癖が悪かったって、大地が愚痴ってたぞ、お前だけ安眠してどうする」
「なにっ、大地そうなのか?」

 裕貴に肩を揺すられる。大地は答えなかった。

「どうせ、どさくさに紛れて大地にのしかかったんだろう」
「それの何が悪い、途中から出てきた悠成が口を出すんじゃねぇよ」
「ってめぇ」

 頭上で繰り出される二人の言い合いが頭に響く。大地は迷惑そうに顔を枕に埋めた。

「悠成は喉を休めて、裕貴はクールダウンだ」

 これ以上の喧嘩に発展しないため、早めの対処は必要だ。

「悪い」
「ごめんね」

 反省してくれたか、と顔を上げた。いくら十年以上の付き合いでも、二人に見られながら睡魔に身を預けるのは慣れない。それでも悠成に背中をさすられ、裕貴に頭を撫でられたら、まぶたが重くなってくる。

「おやすみ」

 そう言って、大地は眠りに落ちた。
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