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「何を考えている、人の王よ」

何か裏があるのではないかと思い、怪訝な表情で返すカノン。

「魔術史を学んだ私は、以前から、いつか伝承にある『西の王子』が現れたならば、この地を本来の持ち主である王子に返すべきだと考えてきたのです。
そうして、自分に向いていない国王など辞め、何ものにも囚われず、自由にひとりの学者として探求の旅に出たいと秘かにずっと願ってまいりました。立場上、表立って口にすることは出来ずとも、それは私の悲願だったのです!そして今、私の前にあなたが現れた」

国王はどこか夢見るような表情で語った。

「王位に未練はないのか?」

「私にとって、自由の価値に勝るものはありません」

「・・・確かに、王となれば背負うものも多い・・・自由を求めるお前の心情も理解できる。だが、私もかつて王子だったとはいえ、一度は国を棄てた者。そして、今はようやく再会が叶ったエレーヌと誰にも邪魔されずに過ごしたい・・・」

国王から話を聞いたカノンは、彼の性根がただの自由を求める一研究者なのだと理解したうえで、なるべくならその願いを叶えてやりたいとも思った。

彼は玉座に座るには善良すぎて辛いのだろうとも感じた。

だが、愛する存在を失い傷心の末に、義務も権利も全てを投げ出し、世捨て人のような生活を長く送ってきた自分に、再び権力者の座など相応しくないという思いもあった。

そして、何より、自分が王位につけば、また愛しい人を権力と陰謀の世界に巻き込み喪ってしまうかもしれないという事に対しての恐れが強かった。

ここで半端な慈悲をかけたせいで、また彼女を失くしてしまったら今度こそ耐えられそうにない。

「悪いが、お前の願いを聞いてやることは・・・」






「殿下・・・そろそろ下ろしてください」

カノンの腕の中から、エレーヌが恥ずかしそうに声をあげた。

「エレーヌ・・・」

カノンは名残惜し気に、壊れ物でも扱うように、彼女を自らの腕から下した。

「先ほどから、お話を伺っていたのですが、国王陛下のお願いを聞いて差し上げることは出来ないのですか?」

エレーヌからの問いに、カノンは困ったような顔をした。

「それは・・・王というのは存外難しく面倒なもので、真面目にやろうと思えば、あなたと過ごす時間が無くなってしまう・・・かと言って、いい加減にすれば民が苦しむ・・・」

「今の話を聞いたら、殿下は善き王になれそうな気がしますけれど・・・」

「王になれば、力を持てば、意図しない様々な思惑に曝されるのです・・・あなたも良く知っているでしょう。私はそうやって、またあなたを失ってしまうかもしれない事が何よりも恐ろしい・・・」

カノンは苦し気な顔でそう吐露したが、それを聞いたエレーヌは微笑んだ。

「理由は私の事だけですか?優しいあなたは、本当は国王陛下の願いを叶えて差し上げたいと思っていらっしゃるのでしょう?
だとしたら、あなたには私のせいで立ち止まってほしくはありません。私はもうずいぶん長い間、あなたの足を止めてしまった・・・。
殿下なら・・・私が知っているカノンなら、民を慈しむ立派な王になれると思うのです。今の私には何の力もありませんが、それでも、そんなあなたを傍で支えたいのです!
それに、もう簡単にあなたの前から消えたりしませんから・・・」

「しかし・・・」

「もしもの時は、きっとあなたが助けてくださるのでしょう?」

カノンは観念したように言った。

「わかりました・・・。あなたが傍にいてくれて、そして、そのあなたが私が王になることを望むなら・・・私はあなたの思いに応えたい」


カノンは国王の方に向き直ると、為政者の顔をして告げた。

「お前の願いを聞き入れよう」

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