男の妊娠。

ユンボイナ

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最終章 再生産

2363年⑸

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 「Mさん、僕を産んだとき、どういう気持ちだった?」
P太は妊娠8か月で産休を取って、横浜の実家に戻っていた。安定期に入ってからはシクラメンのハウスに戻されたので深く考えこむことはなかったけれど、やはり自分が生命を誕生させるということについては複雑な気持ちになっていた。
「あー、坊や、ようこそ、いらっしゃい!って感じだったわよ。」
M次がニコニコしながら答える。
「あなた、ちょっと小さめの赤ちゃんだったから心配は心配だったの。でもとにかく、生まれてきてくれてありがとう!って。」
「不安はなかった?」
「不安だらけよ、そりゃあもう! ハゲるかと思ったわ。」
M次は自分の白髪まじりの髪をかきあげながら言った。
「男二人のところに生まれてこの子は友達にいじめられるんじゃないか、とか、元気な子かしら、とか。でも考えても仕方ないじゃない? 現にお腹の中にいるわけだから、後は産むだけ! 好きな人の子だからずっと欲しかったしね。」
P太は「うーん」と唸った。
「そこがMさんとの違いだよね。MさんはLさんと恋愛結婚した。でも僕のところは友情結婚でできた子だ。」
M次が眉を動かして言う。
「η子ちゃんのこと、まさか嫌いじゃないでしょ?」
「人としては好きだよ。η子さんに会って、初めて僕はちゃんとした人生を生きようって思えた。だけど、η子さんに激しい愛情を感じたことはないからね。」
「けど、人して尊敬できる人に会えることは素晴らしいことじゃない。しかも、その人の子どもを方法はどうあれ授かった。あとは何にも考えずに産むだけよ。生まれたらη子ちゃんがどうにかするってば。」
P太はキョトンとした顔をしている。
「そんな簡単な考え方でいいの?」
M次は問い返した。
「逆に何か難しく考える必要はあるの??」

 P太は自室で大きくなったお腹をさする。胎教に良いと聞いて、部屋にリストのピアノ曲を流した。愛の夢。過去、自分が愛した人は振り向いてくれなかったなあ、などと考えていると、アイーンのメッセージを受信した。音信不通になっていたE郎からだった。
「P太、元気か。僕は結局女の子と付き合うようになりました。来年の春に結婚です。でも、今となってはP太のことが忘れられません。冬休みに会えませんか?」
 冬休みというワードで、P太はE郎と音信不通になってから3年近く経ったことに気づいた。その間、女嫌いだったE郎が女と交際するようになり、近々結婚するという。しかも、会いたいと言うところを見ると、どうせ結婚前に男ともやっておきたい、みたいなことじゃなかろうか、と文面からP太は考えた。
「アセクシャル気味だったのが、女とやってみたら案外良くて、男とも試したくなるのか。不思議なもんだね。ていうか、今も僕はやれるとでも? えらく軽く見られたなあ。」
 P太の、E郎に対する未練の気持ちは消し飛んだ。彼はこんなメッセージを送信して、その後ブロックした。
「お久しぶりです。僕はあの後、素敵な女性に出会って結婚しました。今、妊娠8か月です。いくらE郎くんが変態だといっても妊夫プレイは嫌でしょう? さようなら。」

 それから約2か月後、P太は3400グラムの元気な女の赤ちゃんを帝王切開で産んだ。
「まあ、可愛らしい。わたし、男の子だけじゃなく、女の子も育ててみたかったのよ。」
そう言うM次にL彦が突っ込んだ。
「M次、お前の子どもじゃないから。孫だ、俺たちの孫。」
「あらそうだったわね。けど、ほんとに可愛い。Pちゃんとη子ちゃんの顔のパーツのマシなところだけうまく遺伝したみたいね。」
P太も突っ込んだ。
「マシってどういうこと?!」
η子はただただ笑ってこう言った。
「これで体型が母親に似なければいいんですけど。」

 P太の育休明けから、P太は、通勤途中に一旦実家に子どものθ絵を預けて出勤するようになった。M次が完全に仕事を辞めて専業主夫になり、平日日中のθ絵の世話をすることになったのである。これはM次の希望でもあった。
「もう一度子どもがみられるなんてサイコーだわ。Pちゃんにη子ちゃん、ありがとう。」
η子は恐縮していた。
「すみません、M次さんにはお世話になりっぱなしで。」
「いいのよ、まだわたしも60きてないし、元気だからね。」

 そんなわけで、θ絵はおじいちゃん子に成長していった。もちろん、M次はθ絵が「じぃじ」などと呼ぶことは許さなかったが。
「Mしゃん、パパの作ったお花、また見に行きたい!」
「そうね、また今度見に行こうね。」
P太の働く農家の社長は、θ絵が遊びに来ても快く対応してくれたのだ。
「ほら、あれがパパが作った黄色のシクラメンだよ。これからもっともっと黄色くするんだって、パパ頑張ってるよ。」
社長が花を指さすと、θ絵は「シクメラン、シクメラン」と言って喜んでいた。
「θちゃん、シクラメン!」
M次が訂正するが、何度教えてもθ絵は「シクメラン」と発音する。
「あら、誰に似たんでしょうね、オホホ。」
M次は笑った。しかしθ絵はM次の手を引っ張って、呪文のように唱える。
「赤いシクメラン、白いシクメラン、黄色のシクメラン!」

******

 「θちゃん、あなた、小さいときにシクラメンって言えなくて、シクメランって言ってたのよ。」
2363年、70歳を過ぎたM次が中学生になったθ絵をからかうように言った。M次は都内のP太とη子の家に来て仕事休みのη子と話していたら、ついさっきθ絵が学校から帰ってきたのだ。
「Mさん、それ、いつの話よ?!」
「たった10年くらい前のことよ。」
θ絵は軽く反発した。
「10年前なんて大昔じゃん! そんな昔のことは覚えてないわよ。」
10年経って、M次は総白髪のお爺さんになっていたが、それでもM次にはつい最近のことのように思えた。
「残念ながらわたしは覚えているのよねー。あのときは可愛かったのに、だんだん憎たらしくなっちゃって。」
η子は「すみません、M次さん。」などと言って謝っている。
「いいのよ、従順な中学生なんて面白くも何ともないわ。Pちゃんだってこのくらいのときは屁理屈ばかり言ってたし。」
M次は、「でもね」と言って付け足した。
「わたし、若いころには、子どもの顔なんか見られないと思ってたのに、孫の顔まで見られて。ほんとに長く生きてると何が起こるか分からないものね。」
M次はソファーのη子の隣に座っているθ絵の頭を撫でると、θはブスッとした顔で文句を言った。
「Mさん、いい加減私のこと子ども扱いするのやめてもらえる?」
「あらあら反抗期かしら。昔はちょっとわたしがいなくなると『Mしゃん、Mしゃん!』って泣いてたのに。」
「ほんとにその節はお世話になりました。」
η子は恐縮している。その隣でθ絵は急に立ち上がった。
「私、行かなきゃ!」
「あらあら、どこへ行くの?」
η子より先にM次が尋ねた。
「Mさんには教えてあげない!」
η子がボソッと言った。
「何か、男友達がいるらしいんです。」
M次は大声で言った。
「よし、わたし、ひ孫を見るまで頑張って長生きするわ!」
「そんなんじゃないから!」
θ絵はM次を睨み付けると、カバンから財布だけ抜き取って家を出て行った。
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