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第五章 さらにその後の子どもたち
恋は盲目⑵
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E郎が女性が苦手だと感じたのは、小学校高学年の頃だった。クラスで可愛いと評判のβ奈という女の子が一番苦手だったのだ。
β奈は何かあると上目遣いでこちらを見てくるし、彼女が好きらしいピンク色の洋服や持ち物、匂い、全てが苦手だった。
「E郎、お前、絶対β奈に好かれてるぞ。いつもβ奈ってお前のほうばかり見てるもん。」
クラスの友達の言葉に、E郎は真剣に「やめてくれ」と言った。
しかし、ある日の放課後、E郎が帰宅しようとすると校門でβ奈が待ち伏せしていた。
「何か用?」
E郎はぶっきらぼうに言った。
「私、E郎くんのことが好きなの。」
「ごめん、僕は好きじゃない。」
「そんなこと言わないで、これ読んで!」
β奈はE郎にピンク色の封筒を押し付けて、走って去って行った。どうしようもないので、E郎はその封筒をクシャクシャに自分のズボンのポケットに入れて帰宅した。
家に着くと、E郎は自分の部屋でポケットからさっきの封筒を取り出して開封した。
「Dear E郎くん
私はずっとE郎くんのことを見ていました。優しくてかっこいいE郎くん。私はE郎くんのことが大好きです♡ 将来はE郎くんのお嫁さんになりたいな。お返事待ってます。
from β奈」
E郎は吐き気がした。「ずっとこっち見てたなんて、気持ち悪い!」という感情しか起きなかった。E郎は父親に手紙が見つかると何か言われそうだったので、封筒とともに細かくビリビリに破いて捨てた。
その後、学校でβ奈はこっちを向いて何か言いたそうだったが、E郎が徹底的に無視をしたので、諦めたようだった。
中学二年で父親の実家に引き取られたときもそうだ。あてがわれた部屋は従前叔母が使っていたもので、匂いも女臭かったし、キラキラしたシールとかポスターとか、色んなものが嫌だった。
E郎はとにかく、生活から女性的なものを排除したかった。ただ、E郎は母親のB子とその母親(つまり祖母)に関しては女性アレルギーを発動しなかった。B子は化粧もするし、香水もつけているのだが、なぜか「女」の匂いがせず、「戦闘モード」といった感じだった。祖母も比較的さっぱりした性格で、もしかしたら見た目より内面が影響しているのかもしれない。
中高は男子校だったので助かったが、大学へ進学すると、少ないながらも女子学生がおり、彼女たちがβ奈のように上目遣いでこちらを見てくるのが辛かった。周りの友人や先輩も、「E郎、お前彼女いないなら紹介してやろうか?」などとけしかけてくる。それが耐えられず、ある日E郎は研究室の飲み会でぶちまけた。
「僕、女が嫌いなんだ。」
研究室のメンバーが一斉にE郎の方を見た。
「だから、僕に女の話を振らないで欲しい!」
γ教授はニコニコして言った。
「まあ、そういう人もいるだろうから、今後はみんな気をつけてあげなさい。」
しかし、隣に座っていた⊿蔵は嫌な顔をして言った。
「お前、だからといって男が好きなんじゃないだろうな? 俺は勘弁だぞ。」
E郎は鼻で笑った。
「仮に男が好きでも、君みたいなのは嫌いだから安心してくれ。」
向かいのε美が加勢した。
「そうよ、誰にだって選ぶ権利はあるわ!」
E郎は常日頃、あまりε美のことはよく思っていなかったが、この発言で少し見直した。⊿蔵が「何がセクシャルマイノリティだ、権利ばかり主張しやがって。」と呟いたのを聞いて、γ教授は諭した。
「⊿蔵くん、魚だってクロダイみたいにオスで生まれてメスに変わるのもいるんだ。研究を続けていくなら性の多様性を認めないとダメだぞ。」
教授の発言は少々ズレているような気がしたが、それでも理解ある対応をしてくれたことに感謝するE郎だった。
その後、E郎はもしかしたら、男性のほうが好きなのかもしれない、と考えて男性との出会いを探すようになった。休みの日に博多まで出てゲイバーに行ってみたが、みんなSEXにガツガツしていて、「これは違う」と感じた。帰省した際に新宿二丁目にも行ってみたが同様だった。無理やり身体の関係を迫られて走って逃げた。
E郎は、体の繋がりよりも、より心の繋がりを求めていた。例えば中高時代のα秀みたいな、何でも話ができる友達から発展してパートナーになれたらいい。
そう考えていたときに学会で出会ったのがP太だった。P太は初対面にも関わらず、ざっくばらんに自分の生い立ちや状況を話してくれた。
「うち、家にお父さんが二人いるんだよね。だもんで、僕もゲイになっちゃった。僕にとってはそっちが普通なんだ。」
E郎は質問した。
「君はオープンリー・ゲイなの?」
P太は笑った。
「そうだよ。それで離れていく奴なんか気にしてない。というか、幸い周りの友達もあんまり気にしてない。」
E郎はさらに尋ねた。
「君はその……彼氏はいるの?」
「高校のときにいたことはあったね。でも校門で待ち合わせて一緒にスクーターで二人乗りして帰るとか、寄り道してクレープ食べに行くとか、休みの日に映画観に行くとか、本当に清い交際だよ。ゲイだからヤリまくってるとかそういうのはないから。」
E郎は最後の一言に共感した。
「だったら僕もゲイかもしれない。女が嫌いなんだ。」
P太は腕組みして言った。
「女が嫌いだからと言って男が好きとは限らないよ。アセクシャルかもしれないじゃないか。」
「もし寝るなら、絶対に女より可愛い男の子って思うんだけど、それはゲイじゃないのか?」
「さあ、どうだろうね。やってみないと分からないね。」
巷のBL小説ならここで「やってみる」ということになるのだろうが、そうはならず、二人は連絡先を交換した。そしてE郎は言った。
「君、明日まで長崎にいるなら、一緒に軍艦島行ってみよう。案内するよ。」
「いいね、僕も一度行ってみたかったんだ。」
P太はニヤリと笑った。
β奈は何かあると上目遣いでこちらを見てくるし、彼女が好きらしいピンク色の洋服や持ち物、匂い、全てが苦手だった。
「E郎、お前、絶対β奈に好かれてるぞ。いつもβ奈ってお前のほうばかり見てるもん。」
クラスの友達の言葉に、E郎は真剣に「やめてくれ」と言った。
しかし、ある日の放課後、E郎が帰宅しようとすると校門でβ奈が待ち伏せしていた。
「何か用?」
E郎はぶっきらぼうに言った。
「私、E郎くんのことが好きなの。」
「ごめん、僕は好きじゃない。」
「そんなこと言わないで、これ読んで!」
β奈はE郎にピンク色の封筒を押し付けて、走って去って行った。どうしようもないので、E郎はその封筒をクシャクシャに自分のズボンのポケットに入れて帰宅した。
家に着くと、E郎は自分の部屋でポケットからさっきの封筒を取り出して開封した。
「Dear E郎くん
私はずっとE郎くんのことを見ていました。優しくてかっこいいE郎くん。私はE郎くんのことが大好きです♡ 将来はE郎くんのお嫁さんになりたいな。お返事待ってます。
from β奈」
E郎は吐き気がした。「ずっとこっち見てたなんて、気持ち悪い!」という感情しか起きなかった。E郎は父親に手紙が見つかると何か言われそうだったので、封筒とともに細かくビリビリに破いて捨てた。
その後、学校でβ奈はこっちを向いて何か言いたそうだったが、E郎が徹底的に無視をしたので、諦めたようだった。
中学二年で父親の実家に引き取られたときもそうだ。あてがわれた部屋は従前叔母が使っていたもので、匂いも女臭かったし、キラキラしたシールとかポスターとか、色んなものが嫌だった。
E郎はとにかく、生活から女性的なものを排除したかった。ただ、E郎は母親のB子とその母親(つまり祖母)に関しては女性アレルギーを発動しなかった。B子は化粧もするし、香水もつけているのだが、なぜか「女」の匂いがせず、「戦闘モード」といった感じだった。祖母も比較的さっぱりした性格で、もしかしたら見た目より内面が影響しているのかもしれない。
中高は男子校だったので助かったが、大学へ進学すると、少ないながらも女子学生がおり、彼女たちがβ奈のように上目遣いでこちらを見てくるのが辛かった。周りの友人や先輩も、「E郎、お前彼女いないなら紹介してやろうか?」などとけしかけてくる。それが耐えられず、ある日E郎は研究室の飲み会でぶちまけた。
「僕、女が嫌いなんだ。」
研究室のメンバーが一斉にE郎の方を見た。
「だから、僕に女の話を振らないで欲しい!」
γ教授はニコニコして言った。
「まあ、そういう人もいるだろうから、今後はみんな気をつけてあげなさい。」
しかし、隣に座っていた⊿蔵は嫌な顔をして言った。
「お前、だからといって男が好きなんじゃないだろうな? 俺は勘弁だぞ。」
E郎は鼻で笑った。
「仮に男が好きでも、君みたいなのは嫌いだから安心してくれ。」
向かいのε美が加勢した。
「そうよ、誰にだって選ぶ権利はあるわ!」
E郎は常日頃、あまりε美のことはよく思っていなかったが、この発言で少し見直した。⊿蔵が「何がセクシャルマイノリティだ、権利ばかり主張しやがって。」と呟いたのを聞いて、γ教授は諭した。
「⊿蔵くん、魚だってクロダイみたいにオスで生まれてメスに変わるのもいるんだ。研究を続けていくなら性の多様性を認めないとダメだぞ。」
教授の発言は少々ズレているような気がしたが、それでも理解ある対応をしてくれたことに感謝するE郎だった。
その後、E郎はもしかしたら、男性のほうが好きなのかもしれない、と考えて男性との出会いを探すようになった。休みの日に博多まで出てゲイバーに行ってみたが、みんなSEXにガツガツしていて、「これは違う」と感じた。帰省した際に新宿二丁目にも行ってみたが同様だった。無理やり身体の関係を迫られて走って逃げた。
E郎は、体の繋がりよりも、より心の繋がりを求めていた。例えば中高時代のα秀みたいな、何でも話ができる友達から発展してパートナーになれたらいい。
そう考えていたときに学会で出会ったのがP太だった。P太は初対面にも関わらず、ざっくばらんに自分の生い立ちや状況を話してくれた。
「うち、家にお父さんが二人いるんだよね。だもんで、僕もゲイになっちゃった。僕にとってはそっちが普通なんだ。」
E郎は質問した。
「君はオープンリー・ゲイなの?」
P太は笑った。
「そうだよ。それで離れていく奴なんか気にしてない。というか、幸い周りの友達もあんまり気にしてない。」
E郎はさらに尋ねた。
「君はその……彼氏はいるの?」
「高校のときにいたことはあったね。でも校門で待ち合わせて一緒にスクーターで二人乗りして帰るとか、寄り道してクレープ食べに行くとか、休みの日に映画観に行くとか、本当に清い交際だよ。ゲイだからヤリまくってるとかそういうのはないから。」
E郎は最後の一言に共感した。
「だったら僕もゲイかもしれない。女が嫌いなんだ。」
P太は腕組みして言った。
「女が嫌いだからと言って男が好きとは限らないよ。アセクシャルかもしれないじゃないか。」
「もし寝るなら、絶対に女より可愛い男の子って思うんだけど、それはゲイじゃないのか?」
「さあ、どうだろうね。やってみないと分からないね。」
巷のBL小説ならここで「やってみる」ということになるのだろうが、そうはならず、二人は連絡先を交換した。そしてE郎は言った。
「君、明日まで長崎にいるなら、一緒に軍艦島行ってみよう。案内するよ。」
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