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第四章 生まれた子どもたちの行方~その二
両親の離婚⑷
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「あいつ、そんなこと言ったんだ! 許せない!!」
テレビ電話の画面の中のB子は怒りに震えていた。
「ママ、ウソだよね?」
E郎が尋ねると、B子は一瞬間を置いて真顔で言った。
「それが本当なのよ。内緒にするってのは二人の約束だったのに。」
「ウソッ。僕には、パパから30万円を騙し取った女の血が流れてるんだ。」
B子は否定した。
「騙し取った、ってのは間違い。30万は必要な費用だったから、それだけは言っておくわよ。あなたの実のお母さん、一度だけ会ったけど悪人ではなさそうだった。色々あって、パパがその人の子どもを妊娠したんだけど、代わりに私がパパと結婚して、その人は別の男の人と結婚したの。」
「ママ、男前じゃん。」
「あなたと同じでね、何だかパパのことがほうっておけなかったのよ。でも、本当にパパって最低だよね。懲らしめてやりたい。ってか、今一番悩んでるのはE郎だよね。ごめんなさい。」
B子は沈んだ表情だった。
「でも、今までずっと自分の子どもだと思ってきたから、それだけは信じて。」
「分かってる、じゃないと学費なんか払ってくれないもん。」
「ありがとう。でさ、思うんだけど、もう早くこっち来ちゃいなよ!」
突然の提案にE郎は驚いた。B子は悲しそうに尋ねてきた。
「やっぱり、他人と分かった人間と住むのは嫌?」
「そうじゃないけど、ゴールデンウィークの間考える時間をください。自分の中で頭を整理したい。」
「うん、じゃあまた明日この時間に電話をちょうだいね。」
翌朝、祖母はご飯を出してくれたが、いつもより少なめだった。
「E郎くん、パパ、今月から家にお金入れないって言うのよ。」
祖母はため息をつきながら言った。
「そうなんだ。」
「E郎くんが家にいてくれるのは嬉しいんだけど、うちにもそんなにお金があるわけじゃないのよね。じいちゃんも必要最低限しか働いてないし。」
「そうなんだ。」
E郎は、B子の予言が正しいことを知った。
「ずっと家にいるつもりならE郎くんにはアルバイトしてもらわないとねー。」
E郎のこの家を出る決意はほぼ固まった。あとは、B子と血縁関係にないことについて、E郎自身がどう折り合いを付けるかだった。
二階の自室に行って親友のα秀に電話をする。
「相談したいことがあるんだ。」
E郎は自分が母親の実子でないことが発覚したこと、それでも母親は一緒に住もうと言ったことを伝えた。
「なるほど、仕える将軍をチェンジすべきかどうかって話だな。ママ将軍はお金はありそうなのか?」
「多分。前から国公立大学なら一人暮らししていい、何とか出すって言ってくれてるし、今の学費もお母さんが払ってるみたい。」
「ふむ。じゃあ即決じゃないか!」
E郎は言った。
「でも、自分の中で、僕がママの子どもじゃないことが引っかかってるんだ。」
α秀は断言した。
「そんなことは何でもない! いいか、E郎の父ちゃんが血が繋がってるからと言って、今後何かしてくれそうか?」
「いや、女に気を取られて何も考えてない。」
「同じく血の繋がったババアは金持ってるか?」
「いや、金がないって言って、自分は働きに出そうにない。」
「ほら、経済力も人間力もママ将軍のほうが上だ。どこに悩む余地がある?! もしかしたら細かい部分で性格が合わないとかあるかもしれんが……。」
「壊滅的に料理のセンスがない。」
α秀は笑った。
「それは自分で作ればいい。もうガキじゃあるまいし、将軍をねぎらえ!」
E郎は決心した。夜、B子にも電話をし、今の家を出ることを伝えた。
「ばあちゃん
二年足らずでしたが、僕はここでばあちゃんにお世話になりました。ただ、今回お父さんが再婚して、家にお金を入れなくなったということで、居づらくなってしまいました。うちの高校はアルバイト禁止だし、大学へ行きたいので勉強に専念したいのです。
幸い、お母さんがまた一緒に住もうと言ってくれています。僕はお母さんのところに行きます。じいちゃんにもよろしく。お父さんには伝えなくて良いです。
PS. ダンボール箱に詰めてある教科書やノートは宅配便で送ってください。僕の最後のお願いです。
E郎」
翌朝、食事の後に、この手紙を机の上に置くと、リュックサックに財布とノートパソコンを詰めてE郎は家を出た。
「あらE郎くん、どこへ行くの?」
祖母が尋ねた。
「友達と遊ぶ約束があるんだ。夕方まで戻らないからお昼ご飯は要らない。」
「あらそう。行ってらっしゃい。」
E郎が最寄り駅まで歩いていくと、駅前の駐車場のほうから40代くらいのキャリア風女性が歩いてきた。
「E郎! 久しぶり!!」
B子だった。いつもテレビ電話のときにはすっぴんだったので、化粧をバッチリしていると分からなかったのだ。
「よかったー。E郎がちゃんとあの家を出てこられるか心配だったのよ。」
E郎は苦笑いした。
「もう子どもじゃないんだから大丈夫だよ。」
「そうだね、背も伸びたし。ちょっと太った?」
「ばあちゃんが色々食べさせるから。」
「あは、今日のお昼ご飯は私がちゃんと用意してあるからね。」
E郎はとても嫌な予感がした。
スカイタクシーで二人はB子のマンションへ行った。部屋は乱雑にしていてあまり綺麗ではなかったが、不潔ということでもなかった。
「ほら、E郎の部屋、ずっとそのままにしてたんだよ!」
両親が離婚する前にE郎が使っていた部屋だけは掃除が行き届いており、ホコリなどもなかった。中学二年の夏休みにタイムスリップしたような錯覚を起こす。
「机も椅子も、ベッドもそのまんま!」
「絶対E郎、帰ってくるって信じてたもん。」
突然、B子はE郎に泣きながら抱きついた。化粧の匂いと香水の匂い。
「僕、高校卒業したら出て行くつもりだけど、それは大丈夫なの?」
しがみついているB子にE郎は念押しした。
「大丈夫、大丈夫。前からの約束だもんね。」
B子はE郎から離れると、手で涙を拭った。
「E郎、お昼はカレーよ!」
E郎が部屋を出ると、カレーの匂いに混じって生臭い匂いがした。ご飯の上にかけられた液体には、小魚の頭と白い物体が見えた。
「ママ、これ、具は何なの?」
「肉ばかりじゃ体に悪いかなーと思ったから、イワシを入れたの。もちろんイワシはウロコを取ったわよ。」
B子はドヤ顔をしているが、イワシのはらわたは取っていないらしい。そもそもカレーに生のイワシを入れることが論外だが。
「白いのは?」
「ジャガイモとかニンジンとか高くて、ダイコンが安かったから切って入れたの。似たようなものだし、魚ならダイコンが合うでしょ。さー、食べて!」
E郎は恐る恐るカレーをひと匙すくって口に運んでみたが、それは未体験ゾーンの味がした。イワシがちゃんと煮えていないのか、そもそも匂いが酷い。
「ママ、これ、自分で食べてみてよ。」
「え、これ、何かおかしい?」
B子は自分の目の前にあるカレーを見つめていたが、スプーンを手に取って一口食べるとこう言った。
「まあ、レストランのカレーよりはおいしくないけど、食べられなくはないね。」
どうしてそんな結論が出るのか。E郎は頭を抱えた。
「ママ、これからは僕が夕飯作るからさ、ママは料理は頑張らなくていいよ!」
「え、E郎に料理なんかできるの?」
B子は首を傾げた。
「僕、家庭科の成績は悪くないし、今はレシピがネットにいっぱい出回ってるから、だいたいのものは作れると思うんだ。試しに今日の晩ごはんを作らせてよ。」
B子は通勤カバンから財布を取り出すと、中から千円札二枚を出してE郎に渡した。
「ママはこれから仕事に行くから、これで食材買って作ってみて。」
「分かった。休日出勤お疲れ様です!」
E郎はB子に敬礼した。カレーはルーを取り除いてご飯だけ食べようと思った。
テレビ電話の画面の中のB子は怒りに震えていた。
「ママ、ウソだよね?」
E郎が尋ねると、B子は一瞬間を置いて真顔で言った。
「それが本当なのよ。内緒にするってのは二人の約束だったのに。」
「ウソッ。僕には、パパから30万円を騙し取った女の血が流れてるんだ。」
B子は否定した。
「騙し取った、ってのは間違い。30万は必要な費用だったから、それだけは言っておくわよ。あなたの実のお母さん、一度だけ会ったけど悪人ではなさそうだった。色々あって、パパがその人の子どもを妊娠したんだけど、代わりに私がパパと結婚して、その人は別の男の人と結婚したの。」
「ママ、男前じゃん。」
「あなたと同じでね、何だかパパのことがほうっておけなかったのよ。でも、本当にパパって最低だよね。懲らしめてやりたい。ってか、今一番悩んでるのはE郎だよね。ごめんなさい。」
B子は沈んだ表情だった。
「でも、今までずっと自分の子どもだと思ってきたから、それだけは信じて。」
「分かってる、じゃないと学費なんか払ってくれないもん。」
「ありがとう。でさ、思うんだけど、もう早くこっち来ちゃいなよ!」
突然の提案にE郎は驚いた。B子は悲しそうに尋ねてきた。
「やっぱり、他人と分かった人間と住むのは嫌?」
「そうじゃないけど、ゴールデンウィークの間考える時間をください。自分の中で頭を整理したい。」
「うん、じゃあまた明日この時間に電話をちょうだいね。」
翌朝、祖母はご飯を出してくれたが、いつもより少なめだった。
「E郎くん、パパ、今月から家にお金入れないって言うのよ。」
祖母はため息をつきながら言った。
「そうなんだ。」
「E郎くんが家にいてくれるのは嬉しいんだけど、うちにもそんなにお金があるわけじゃないのよね。じいちゃんも必要最低限しか働いてないし。」
「そうなんだ。」
E郎は、B子の予言が正しいことを知った。
「ずっと家にいるつもりならE郎くんにはアルバイトしてもらわないとねー。」
E郎のこの家を出る決意はほぼ固まった。あとは、B子と血縁関係にないことについて、E郎自身がどう折り合いを付けるかだった。
二階の自室に行って親友のα秀に電話をする。
「相談したいことがあるんだ。」
E郎は自分が母親の実子でないことが発覚したこと、それでも母親は一緒に住もうと言ったことを伝えた。
「なるほど、仕える将軍をチェンジすべきかどうかって話だな。ママ将軍はお金はありそうなのか?」
「多分。前から国公立大学なら一人暮らししていい、何とか出すって言ってくれてるし、今の学費もお母さんが払ってるみたい。」
「ふむ。じゃあ即決じゃないか!」
E郎は言った。
「でも、自分の中で、僕がママの子どもじゃないことが引っかかってるんだ。」
α秀は断言した。
「そんなことは何でもない! いいか、E郎の父ちゃんが血が繋がってるからと言って、今後何かしてくれそうか?」
「いや、女に気を取られて何も考えてない。」
「同じく血の繋がったババアは金持ってるか?」
「いや、金がないって言って、自分は働きに出そうにない。」
「ほら、経済力も人間力もママ将軍のほうが上だ。どこに悩む余地がある?! もしかしたら細かい部分で性格が合わないとかあるかもしれんが……。」
「壊滅的に料理のセンスがない。」
α秀は笑った。
「それは自分で作ればいい。もうガキじゃあるまいし、将軍をねぎらえ!」
E郎は決心した。夜、B子にも電話をし、今の家を出ることを伝えた。
「ばあちゃん
二年足らずでしたが、僕はここでばあちゃんにお世話になりました。ただ、今回お父さんが再婚して、家にお金を入れなくなったということで、居づらくなってしまいました。うちの高校はアルバイト禁止だし、大学へ行きたいので勉強に専念したいのです。
幸い、お母さんがまた一緒に住もうと言ってくれています。僕はお母さんのところに行きます。じいちゃんにもよろしく。お父さんには伝えなくて良いです。
PS. ダンボール箱に詰めてある教科書やノートは宅配便で送ってください。僕の最後のお願いです。
E郎」
翌朝、食事の後に、この手紙を机の上に置くと、リュックサックに財布とノートパソコンを詰めてE郎は家を出た。
「あらE郎くん、どこへ行くの?」
祖母が尋ねた。
「友達と遊ぶ約束があるんだ。夕方まで戻らないからお昼ご飯は要らない。」
「あらそう。行ってらっしゃい。」
E郎が最寄り駅まで歩いていくと、駅前の駐車場のほうから40代くらいのキャリア風女性が歩いてきた。
「E郎! 久しぶり!!」
B子だった。いつもテレビ電話のときにはすっぴんだったので、化粧をバッチリしていると分からなかったのだ。
「よかったー。E郎がちゃんとあの家を出てこられるか心配だったのよ。」
E郎は苦笑いした。
「もう子どもじゃないんだから大丈夫だよ。」
「そうだね、背も伸びたし。ちょっと太った?」
「ばあちゃんが色々食べさせるから。」
「あは、今日のお昼ご飯は私がちゃんと用意してあるからね。」
E郎はとても嫌な予感がした。
スカイタクシーで二人はB子のマンションへ行った。部屋は乱雑にしていてあまり綺麗ではなかったが、不潔ということでもなかった。
「ほら、E郎の部屋、ずっとそのままにしてたんだよ!」
両親が離婚する前にE郎が使っていた部屋だけは掃除が行き届いており、ホコリなどもなかった。中学二年の夏休みにタイムスリップしたような錯覚を起こす。
「机も椅子も、ベッドもそのまんま!」
「絶対E郎、帰ってくるって信じてたもん。」
突然、B子はE郎に泣きながら抱きついた。化粧の匂いと香水の匂い。
「僕、高校卒業したら出て行くつもりだけど、それは大丈夫なの?」
しがみついているB子にE郎は念押しした。
「大丈夫、大丈夫。前からの約束だもんね。」
B子はE郎から離れると、手で涙を拭った。
「E郎、お昼はカレーよ!」
E郎が部屋を出ると、カレーの匂いに混じって生臭い匂いがした。ご飯の上にかけられた液体には、小魚の頭と白い物体が見えた。
「ママ、これ、具は何なの?」
「肉ばかりじゃ体に悪いかなーと思ったから、イワシを入れたの。もちろんイワシはウロコを取ったわよ。」
B子はドヤ顔をしているが、イワシのはらわたは取っていないらしい。そもそもカレーに生のイワシを入れることが論外だが。
「白いのは?」
「ジャガイモとかニンジンとか高くて、ダイコンが安かったから切って入れたの。似たようなものだし、魚ならダイコンが合うでしょ。さー、食べて!」
E郎は恐る恐るカレーをひと匙すくって口に運んでみたが、それは未体験ゾーンの味がした。イワシがちゃんと煮えていないのか、そもそも匂いが酷い。
「ママ、これ、自分で食べてみてよ。」
「え、これ、何かおかしい?」
B子は自分の目の前にあるカレーを見つめていたが、スプーンを手に取って一口食べるとこう言った。
「まあ、レストランのカレーよりはおいしくないけど、食べられなくはないね。」
どうしてそんな結論が出るのか。E郎は頭を抱えた。
「ママ、これからは僕が夕飯作るからさ、ママは料理は頑張らなくていいよ!」
「え、E郎に料理なんかできるの?」
B子は首を傾げた。
「僕、家庭科の成績は悪くないし、今はレシピがネットにいっぱい出回ってるから、だいたいのものは作れると思うんだ。試しに今日の晩ごはんを作らせてよ。」
B子は通勤カバンから財布を取り出すと、中から千円札二枚を出してE郎に渡した。
「ママはこれから仕事に行くから、これで食材買って作ってみて。」
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