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第三章 生まれた子どもたちの行方~その一
二人の父親⑵
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「ねぇ、Mさんって結局何なの?」
小学校四年生になった春のある日曜日、P太は、M彦が母親に呼ばれて実家に戻っている間に、L彦に尋ねた。
「何って何?」
L彦は尋ね返した。
「あのさ、うちみたいにお父さんが二人いる家があるってのは、学校で教わって、それはいいんだけど。」
「うん。」
「でも、子どもって男と女から生まれるものでしょ? じゃあ僕はどこから来たの。Mさんが男だとするとMさんの子どもじゃないし、Mさんの子どもだとするとMさんが男じゃないってことになるでしょう??」
L彦は、M次がいないときにこの質問をしたP太を「とても優しい」と思った。ここ数年、二人で予め回答を色々と考えてきたが、ベストと思われるものはなかった。そして、直接M次本人に聞けば間違いなく取り乱すからである薄々、M次のナイーブさをP太も分かっているのかもしれない。
「ちょっと公園で散歩しながら話そうか。」
L彦はP太を近くの公園に誘った。
外は良いお天気で、公園の花壇には色とりどりの花が咲いていた。二人はベンチに腰掛けた。
「P太、学校で菜の花のこと習った? アブラナだ。」
「分かるよ、アブラナ。」
L彦は携帯端末でアブラナの花の断面図を見せた。
「おしべとめしべがあるだろう? おしべがめしべにくっついて菜種ができるんだけど……じゃあ、この花は男なの、女なの??」
P太は「うーん」と悩んでから言った。
「花に性別はないんじゃないの。」
「そう、ないんだ。」
L彦は頷いた。
「ってことは、もしかしてMさんには性別がないの?」
P太は不思議な顔をしていた。
「うーん、それはちょっと違うな。確かに、M次には男の仕組みと女の仕組みの両方がある。だけど、M次がそれを知ったのは割とつい最近なんだ。P太の生まれるちょっと前。」
「え、知らなかったの?」
P太は小さな目を丸くしている。
「そう。だって考えてごらん、P太だって、例えば、『実はあなたは女の子でした』って言われても急に女の子になれないだろう?」
「無理無理、僕、男だし。」
P太は首を強く左右に振った。
「だろ? そういうことだよ。M次は三十年間も自分は男だと思って生きてきたんだ。それを急に『性別はありません』って言われたってどうしようもないじゃん。」
P太は頷いたが、その直後、不安そうな表情でL彦の顔を覗き込んだ。
「僕は性別あるよね? ちゃんと男だよね??」
L彦は笑った。
「P太はちゃんと検査したよ。普通の男の子でした!」
「よかったー。」
P太は文字通り胸を撫で下ろしている。L彦は話を続ける。
「でもって、俺も普通の男なんだ。俺と、M次の女の部分がくっついてできたのがP太。だから、P太は俺とM次の子どもなの。偉いお医者さんたちに調べてもらったから間違いない。」
「そっか。」
P太は黙り込み、しばらくつま先で地面に模様を描いて、何事かを考えているようだったが、急にL彦の方を向いて言った。
「Mさんは自分を男だと思ってる花なんだね!」
L彦は、果たしてその結論で良いものか少々悩んだが、小学校中学年にしては上出来だとも思った。
「そうだな、そんなもんだ。」
夕方、M次が実家から帰ってきた。
「んもう、お母さんたら、みんなで食べてって煮物をくれるもんだから、荷物が増えちゃって。」
M次はテーブルの上に紙袋から取り出したタッパーを次々に並べ、P太に尋ねた。
「Pちゃん、これ、食べる?」
「うん、僕、ばあちゃんの煮物好きだよ!」
「あんたって子は変わってるわねー、その年で煮物が好きだなんて。わたしなんか、子どものときに煮物ばかり食べさせられてもううんざりよ。まあ、ご飯も炊けてるし、他のおかずもあるし、煮物温めて食べるか!」
M次はさらに紙袋にゴソゴソと手を入れて小さな箱を取り出した。
「これ、ばあちゃんからP太にプレゼントだって!」
P太はM次から箱を受け取ると、包装紙を破って叫んだ。
「電子虫めがねだって!」
L彦は横から箱を取って、箱に書いてある文字を読んだ。
「10倍から100倍まで調節できるんだってさ。せっかくだから中を開けて見てみろよ。」
「お母さん、ずいぶんレトロな物を買ってきたのね。」
P太は箱を開けて、虫めがねの本体を取り出した。付属の電池はL彦が入れてやった。スイッチをオンにするとまずは10倍で、テーブルの上のホコリが見えた。
「ねえねえ、テーブル、ゴミだらけだよ?」
P太が嬉しそうに言うのを聞いて、M次は苦笑いした。
「Pちゃん、嫌なものを見なさんな! もっと他のものを見て。」
P太は今度は自分が着ている長袖Tシャツの生地を見た。細かな繊維まではっきりと分かる。
「おおー。」
次は自分の手の甲。
「シワシワだ! なんか三角形みたいなのがいっぱい見える。」
P太は何を思ったのか、M次に「手を出して!」と言った。
「何よ、手相でも見るつもり?」
M次が手の平を上に向けて出すと、P太はそれを裏返して手の甲を見た。
「おー、僕の手よりシワシワだ!」
「うるさい!」
「でもって、何か穴があいてて毛が生えてる。すげー!」
「もう、やだ、この子なんとかして!」
M次は慌てて手を引っ込めた。L彦は笑った。
「今度公園で虫とか花とか見たらいいよ。その方が面白いぞ。」
これに対してP太は言った。
「僕はうちの中の花を見たかったんだよ!」
M次はきょとんとした。
「花? わたしが花??」
「そうだよ! うちに咲いてる花!!」
P太が力強く言ったので、M次は自分の頬に手を当てた。明らかに照れている。
「あらまぁー、この子ったらどこでそんなセリフを覚えてきたのかしら?」
もちろん、L彦は内心ヒヤヒヤしていた。
「Mさんは、うちのお花だもん。枯れないように優しくしないと、ね、Lさん。」
「そ、そうだな。」
「どうしたの、ほんと、急に二人で。」
M次はデレデレしている。それに水をぶっかけるようにP太はこう言った。
「シワがあって毛が生えた花だけどね。」
「うるさい!」
小学校四年生になった春のある日曜日、P太は、M彦が母親に呼ばれて実家に戻っている間に、L彦に尋ねた。
「何って何?」
L彦は尋ね返した。
「あのさ、うちみたいにお父さんが二人いる家があるってのは、学校で教わって、それはいいんだけど。」
「うん。」
「でも、子どもって男と女から生まれるものでしょ? じゃあ僕はどこから来たの。Mさんが男だとするとMさんの子どもじゃないし、Mさんの子どもだとするとMさんが男じゃないってことになるでしょう??」
L彦は、M次がいないときにこの質問をしたP太を「とても優しい」と思った。ここ数年、二人で予め回答を色々と考えてきたが、ベストと思われるものはなかった。そして、直接M次本人に聞けば間違いなく取り乱すからである薄々、M次のナイーブさをP太も分かっているのかもしれない。
「ちょっと公園で散歩しながら話そうか。」
L彦はP太を近くの公園に誘った。
外は良いお天気で、公園の花壇には色とりどりの花が咲いていた。二人はベンチに腰掛けた。
「P太、学校で菜の花のこと習った? アブラナだ。」
「分かるよ、アブラナ。」
L彦は携帯端末でアブラナの花の断面図を見せた。
「おしべとめしべがあるだろう? おしべがめしべにくっついて菜種ができるんだけど……じゃあ、この花は男なの、女なの??」
P太は「うーん」と悩んでから言った。
「花に性別はないんじゃないの。」
「そう、ないんだ。」
L彦は頷いた。
「ってことは、もしかしてMさんには性別がないの?」
P太は不思議な顔をしていた。
「うーん、それはちょっと違うな。確かに、M次には男の仕組みと女の仕組みの両方がある。だけど、M次がそれを知ったのは割とつい最近なんだ。P太の生まれるちょっと前。」
「え、知らなかったの?」
P太は小さな目を丸くしている。
「そう。だって考えてごらん、P太だって、例えば、『実はあなたは女の子でした』って言われても急に女の子になれないだろう?」
「無理無理、僕、男だし。」
P太は首を強く左右に振った。
「だろ? そういうことだよ。M次は三十年間も自分は男だと思って生きてきたんだ。それを急に『性別はありません』って言われたってどうしようもないじゃん。」
P太は頷いたが、その直後、不安そうな表情でL彦の顔を覗き込んだ。
「僕は性別あるよね? ちゃんと男だよね??」
L彦は笑った。
「P太はちゃんと検査したよ。普通の男の子でした!」
「よかったー。」
P太は文字通り胸を撫で下ろしている。L彦は話を続ける。
「でもって、俺も普通の男なんだ。俺と、M次の女の部分がくっついてできたのがP太。だから、P太は俺とM次の子どもなの。偉いお医者さんたちに調べてもらったから間違いない。」
「そっか。」
P太は黙り込み、しばらくつま先で地面に模様を描いて、何事かを考えているようだったが、急にL彦の方を向いて言った。
「Mさんは自分を男だと思ってる花なんだね!」
L彦は、果たしてその結論で良いものか少々悩んだが、小学校中学年にしては上出来だとも思った。
「そうだな、そんなもんだ。」
夕方、M次が実家から帰ってきた。
「んもう、お母さんたら、みんなで食べてって煮物をくれるもんだから、荷物が増えちゃって。」
M次はテーブルの上に紙袋から取り出したタッパーを次々に並べ、P太に尋ねた。
「Pちゃん、これ、食べる?」
「うん、僕、ばあちゃんの煮物好きだよ!」
「あんたって子は変わってるわねー、その年で煮物が好きだなんて。わたしなんか、子どものときに煮物ばかり食べさせられてもううんざりよ。まあ、ご飯も炊けてるし、他のおかずもあるし、煮物温めて食べるか!」
M次はさらに紙袋にゴソゴソと手を入れて小さな箱を取り出した。
「これ、ばあちゃんからP太にプレゼントだって!」
P太はM次から箱を受け取ると、包装紙を破って叫んだ。
「電子虫めがねだって!」
L彦は横から箱を取って、箱に書いてある文字を読んだ。
「10倍から100倍まで調節できるんだってさ。せっかくだから中を開けて見てみろよ。」
「お母さん、ずいぶんレトロな物を買ってきたのね。」
P太は箱を開けて、虫めがねの本体を取り出した。付属の電池はL彦が入れてやった。スイッチをオンにするとまずは10倍で、テーブルの上のホコリが見えた。
「ねえねえ、テーブル、ゴミだらけだよ?」
P太が嬉しそうに言うのを聞いて、M次は苦笑いした。
「Pちゃん、嫌なものを見なさんな! もっと他のものを見て。」
P太は今度は自分が着ている長袖Tシャツの生地を見た。細かな繊維まではっきりと分かる。
「おおー。」
次は自分の手の甲。
「シワシワだ! なんか三角形みたいなのがいっぱい見える。」
P太は何を思ったのか、M次に「手を出して!」と言った。
「何よ、手相でも見るつもり?」
M次が手の平を上に向けて出すと、P太はそれを裏返して手の甲を見た。
「おー、僕の手よりシワシワだ!」
「うるさい!」
「でもって、何か穴があいてて毛が生えてる。すげー!」
「もう、やだ、この子なんとかして!」
M次は慌てて手を引っ込めた。L彦は笑った。
「今度公園で虫とか花とか見たらいいよ。その方が面白いぞ。」
これに対してP太は言った。
「僕はうちの中の花を見たかったんだよ!」
M次はきょとんとした。
「花? わたしが花??」
「そうだよ! うちに咲いてる花!!」
P太が力強く言ったので、M次は自分の頬に手を当てた。明らかに照れている。
「あらまぁー、この子ったらどこでそんなセリフを覚えてきたのかしら?」
もちろん、L彦は内心ヒヤヒヤしていた。
「Mさんは、うちのお花だもん。枯れないように優しくしないと、ね、Lさん。」
「そ、そうだな。」
「どうしたの、ほんと、急に二人で。」
M次はデレデレしている。それに水をぶっかけるようにP太はこう言った。
「シワがあって毛が生えた花だけどね。」
「うるさい!」
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