男の妊娠。

ユンボイナ

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第二章 人生色々、妊娠色々

ゲイカップルの妊娠⑶

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 「結論から言うと、君は異常なし。」
L彦は医師にそう告げられた。一瞬安堵したが、「は」ということは……?
「先生、じゃあM次が何かあるってことですか?」
医師は眉間にシワを寄せた。
「守秘義務があるからねぇ。本人に説明したから、本人に聞いてくれたまえ。」
それもそうだ。さっきの暗い様子から察するに、M次に異常があったということは間違いない。
「まあ、あれだ。もしカップルで説明を聞きたければ、別の機会に二人で来てくれたら対応するよ。今日はM次くんが落ち込んでたから、優しくしてあげてね。」
「分かりました。ありがとうございました。」

 L彦は病院を出ると、M次が待っている喫茶店に向かった。彼は喫茶店の窓側の席で、グレープフルーツジュースを飲んでいた。
「お待たせ!」
L彦はなるべく明るく声を掛けたが、M次は「ああ。」と言って目を逸らした。
「やっぱりわたしが普通の男じゃなかったみたい。マ〇コはないと思ってたけど、実はチ〇コと肛門の間に小さなマ〇コがあって、精巣と卵巣の両方があるんだって。おかしいよね。で、妊娠したのは、あのときにL彦の精液が小さいマ〇コに入ったんじゃないかって。」
「そうか。」
「わたし、半分女だった。ごめんなさい。」
L彦は笑った。
「何でM次が謝る必要があるんだよ。」
「男だと思って十年も同棲してたのに、実は半分女だったなんて、詐欺みたいなものじゃない?」
「知ってて言わなかったならどうかとは思うけど、本人も知らなかったんだったら仕方ないだろう。」
M次はため息をつきながら言った。
「さっきママに電話したら、ママは知ってたって言うのよね。」
「えっ。」
「ママはわたしが生まれたときに、半陰陽だってお医者さんに言われたけど、チ〇コがあるから男として育てることにしたんだって。あっけらかんと言われたわ。わたしは自分のこと、長い間『女みたいな男』だと思って悩んできたのに、酷いよね。」

 L彦はM次の母親に何度か会ったことがあったが、ピンク色のスカイスクーターを乗り回す、気さくなおばさんだった。すでにM次はゲイだということを母親にカミングアウトしているとのことだったので、「M次さんとお付き合いさせてもらってるL彦です。」と挨拶したのだが、M次の母親は「あら、男前なのね。L彦をよろしく!」と明るく言うだけだった。その後も、L彦とM次が同時にインフルエンザで体調を崩して寝込んでいたときに、M次に頼まれて「特製お粥」を作って持ってきたり、街中でばったり会った際に「あなた達、沖縄へ旅行するんですって? 私も行きたいわ!」などと冗談めかして言われたり、そんな具合であった。
「M次の母ちゃんに悪気はないよ。」
「分かってるけど、悪気がないからっていうので済まされるものじゃないわよ!」
L彦はしばらく考えて言った。
「でもさ、予め知らされていたとしても、やっぱり悩むと思うよ。俺はM次が男だろうが女だろうが何だろうが、M次である以上別れるつもりはない。」
M次は泣いた。
「じゃ、じゃあ、結婚して、子どもも産んでいいの?」
「もちろんだよ。」
「わたし、L彦のことが好きで良かった! わたし、幸せ者だわ!!」

 L彦とM次はリニアに乗って帰り、その足で区役所に行って婚姻届を記入・提出した。その後、事後報告になってしまったが、先にM次の母親に二人で挨拶に行き、少々偏見の強いL彦の両親にはまず電話で報告をした。
「何だ、結婚の前に、その、男同士で妊娠したっていうのは?」
L彦の父親は解せない様子だったが、「とにかく、今度のゴールデンウィークに説明しに行くから待ってて!」とL彦は告げて電話を切った。その後、実際に二人でL彦の九州の実家へ行き、カルテの写しとエコー画像を示しながら何時間もかけて説明し、最終的には理解を得た。

 もう一つ、このカップルには法律上の壁が立ちはだかった。男女カップルと違い、男同士のカップルの場合には生まれた子どもを戸籍上二人の実子とすることができないのだった。
今まで、人工授精で子どもを授かった男性同士のカップルは、生まれた子どもを産んだほうの実子とし、産んでいないほうは子どもを養子縁組していた。
L彦は電話で区役所にも確認したが、「それはあくまでもM次さんの実子であって、L彦さんは生まれてきた子どもと養子縁組するしかないですね。それか、M次さんの戸籍の性別を女に訂正するか。」との回答だった。
「どっちも納得いかないわよね。だってわたし、男なんだし、事実L彦の子どもなんだし。」
M次は不満げに口を尖らせた。L彦は何軒かの法律事務所を回ったが、やはり区役所と同じ回答だった。

 秋になり、M次は元気な男の赤ちゃんを帝王切開で出産した。L彦が出生届を区役所に提出し、念の為戸籍謄本もとってみたが、やはり生まれた子どものP太の父親はM次で母親欄は空白になっていた。
 L彦は法曹関係者が見るというサイトの掲示板に、「戸籍について訂正の裁判をしてくれる先生を募集します。うちの子には父親が二人います。」と書き込んだところ、数人の弁護士が関心を持ち、コンタクトを取ってきた。そのうち、同年代の男性弁護士が「これは是非やりましょう、戸籍法を正す画期的な裁判だ!」と熱い意気込みを見せたので、L彦とM次はこの弁護士に面会した上で依頼した。訴訟費用はクラウドファンディングで集めた。この件はとくにLGBT当事者から反響があり、ネットニュースにも「ボクのお父さんは二人です。都内の同性カップル、戸籍法の訂正を求めて国を提訴」というタイトルで記事が載った。
 大手マスコミも関心を持ったため、二人は弁護士同席の上で記者会見を行った。基本的には弁護士が話したのだが、記者に「L彦さんの意気込みを直接L彦さんから聞かせてください。」と言われたので、L彦はつっかえつっかえこう言った。
「うー、あー、戸籍なんて関係ないって人もいますが、えー、あのー、国に父親だって認めてもらえないのは辛いです、はい。だから、今の戸籍の記載を是非改めてもらって……同じような境遇の人がいたら、俺たちみたいな辛い思いをしないように……なればいいと。まあ、そんなところです。」

 L彦とM次は顔出しはせずに匿名で会見をしたのだが、反響は抜群で、「ワンチャイルド・ツーファーザー」、「ワンチャイルド・ツーマザー」などと書かれた横断幕を持った団体のデモ行進が複数回霞が関や大阪の御堂筋など全国で行われた。
以下、識者の意見。
「この件についていえば、お子さんを産んだほうの方が性分化疾患だということで、戸籍を女性に直せば済むことです。なぜ彼は自分が男性ということにこだわっているのでしょうか?」
「ここで特例を認めるとなし崩し的にあらゆるケースに対応を迫られ、現実的ではない。」
「何百年も前の戸籍法が現役なのがおかしい。戸籍法は化石法。そもそも男女の区分をなくすべき。」
「だいたい、100年前に男性から子どもが生まれることが珍しくなくなった際に、民法や戸籍法は改正されているんです。今回も改正で対応すべきでしょう。」
「現に性差はあるので男女の区別をなくせというのは暴論です。しかし、現実に男性同士のカップルから子どもが生まれているわけだから、その点は柔軟に対応できないものですかね。」

 第一審東京地裁では、請求が棄却された。やはり、M次の戸籍を男性から女性に訂正することで足りるという判断だった。しかし、控訴審では、戸籍の記載が事実にそぐわないということで、父親二人の記載をすべきとの判決が出た。
マスコミはこれを大きく取り上げたし、今度は霞が関で、「国は上告するな」というデモが起きた。もちろん上告はされたのだが。
「もうP太も二歳になっちゃったわね。ここまで来ると、もうどっちでもいいわよ。最高裁で負けたらわたし、戸籍を直して女でいい。」
M次は笑いながら言った。L彦は励ました。
「ダメだよ、東京高裁でいい判決もらったんだ。最後まで頑張ろう!」
「がんばろー。」
P太がL彦の真似をした。M次は笑い泣きをしながらP太の頭を撫でた。

 最高裁では弁論期日が開かれ、原告被告双方の意見が聴取された。そして迎えた判決当日。
「聞いてください、すごい判決ですよ。」
弁護士からだった。夕方の四時ころにL彦の携帯電話が鳴ったのだが、仕事をしていたL彦は出られず、仕事が終わった六時過ぎに折り返し弁護士に電話をしたら、第一声がこうだったのだ。
「どんな内容ですか?」
「そもそも、『父母』という記載が今の実態に合わないのでやめるべきだってことです。このケースだと、親1・M次さん、親2・L彦さん、という戸籍の書き方になります。」
「俺がP太の親として戸籍に記載されることは間違いないんですね?」
「そうです。画期的な判決です。」
うおっしゃー!とL彦は街中で叫んでいた。ゆく人がみんな振り向いたが、そんなことはどうでも良かった。早く帰ってM次とP太に報告したい。L彦は最寄り駅まで猛ダッシュした。



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