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第一章 A・B・C・D
ハイヤー・ハイヤー
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「ねぇ、今日、バイト先のオーナーが家に遊びに来いって言うの、行ってもいいよね?」
バイト先のラーメン店の定休日、C子はD夫に尋ねた。
「まさか、オーナーとデートじゃないだろうね。」
D夫はやや冗談っぽく言った。
「違う、オーナーの奥さんがごちそうを作るから、食べに来てって。」
「なんだ、そんなことか。僕がF実をみてるから構わないよ。」
そんなD夫に対し、C子はこう言った。
「あのね、オーナーが、『旦那さん、毎日育児で疲れてるだろうから、うちに連れてきてたまには休ませてあげなよ!』って。」
D夫は微笑んだ。
「いいオーナーじゃん。そんなことなら君にF実を任せてもいいかい?」
「もちろん! 今日はゆっくり休んでね。」
C子はマザーズバッグに必要なものを詰めると、ベビースリングでF実を抱っこして自宅マンションを出た。
マンションのすぐ近くのコンビニには、すでにオーナーが車で迎えに来ていた。ちなみに、24世紀の主な「車」といえば、現代の四輪自動車ではなく、空中に浮かんで走るスカイカーである。スカイカーのおかげで、交通渋滞はほとんどなくなったといってよい。
ともかく、C子はコンビニ駐車場に停めてあった、オーナーの赤いスカイカーの後部座席に乗り込んだ。
「C子ちゃん、連れ出し成功おめでとう!」
「いやー、オーナーの言ったとおりに、D夫を労うていで話をしたら、簡単でしたよ。本当にありがとうございます。」
オーナーは、バックミラー越しにF也の顔を見た。
「確かに言われてみたら、あんまりC子ちゃんには似てない気がするな。」
「そうですね。私もうすうすそう思っていました。」
「あ、うちの子が昔使ってたチャイルドシート、積んでるから使ってね。」
「お気遣いありがとうございます。」
C子はF実をスリングから下ろしてチャイルドシートに乗せた。
「では、出発!」
オーナーがスカイカーのエンジンを始動させると、スカイカーはそのまま宙に浮かんでオーナーの自宅へ飛んだ。
到着したオーナーの自宅は割と郊外にある一軒家だった。
「いやあ、こっちだと車必須だからね。」
「うちも、実家が東北の山のほうだから分かります。」
C子は車を降りると、チャイルドシートからF実を取り上げて抱っこした。
「おーい、今C子ちゃんと赤ちゃんと来たぞ!」
オーナーが叫ぶと、オーナー宅のドアがすっと開いた。玄関先には、40代後半くらいの女性がいた。
「初めまして。あら、可愛い赤ちゃんね。」
「これがうちの妻です。」
「初めまして。いつもオーナーにお世話になっています。これ、下らないものですが召し上がってください。」
C子はマザーズバッグから紙箱に入ったせんべいを取り出し、オーナーの奥さんに渡した。せんべいはネットで取り寄せた地元銘菓だった。
「あら、ありがとうございます。若いのによく気がつくお嬢さんね。」
「まあまあ、中に入ろうよ。」
「お邪魔します。」
F実を含む四人はリビングに移動した。
オーナー宅のリビングは十畳くらいで、巨大なテーブルと赤い皮のソファ、画面が壁一面あるようなテレビが目を惹いた。
「テレビ、大きいですね。」
オーナーは笑った。
「あれで野球を見るのが楽しみなんだ。実物よりでかく見えるから大迫力だよ、アハハ。」
奥さんも笑った。
「アップで映ると、ボールがバスケットボールくらいの大きさに見えるのよ。あ、そうだ、うちにDNAのやつ、届いてるから持ってくるわね。」
奥さんは一旦隣の部屋に引っ込んだ。オーナーがテレビの電源を入れると、朝の情報番組で、男性ニュースキャスターの顔がドアップで映った。それを見たF実が泣き出した。
「ギャーッ!」
「あら、怖かったねー。」
C子はF実の気をそらそうと、バッグの中から電子ガラガラを取り出して鳴らした。
「ごめんよ、F実ちゃん。」
オーナーがチャンネルを変えると、今度は動物番組で、猫がライオンくらいの大きさに映っていた。
「ギャー、ギャー!」
F実は一層激しく泣いた。
「すみません、テレビは消していただいたほうが……」
「そうみたいだな、すまん。」
オーナーはテレビの電源をオフにした。 そうしたところ、奥さんがグラスに麦茶を三人分いれて運んできた。
「あとこれね。」
テーブルのC子の目の前に、DNA鑑定キットの入った白い箱が置かれた。
「ありがとうございます。」
C子はとりあえずソファにF実を寝かせると、箱を開けた。中の説明書を読んで、C子は言った。
「この綿棒みたいなので、F実と私の口の中の細胞を採ってケースに入れて送り返すみたいです。そんな原始的なことでいいのかな。」
オーナーは「どれどれ」と言って説明書を見た。
「『この方法は、約350年前から続く歴史のあるやり方です。そのかわり、分析の精度は当時より大幅にアップし、今では遺伝的な病気の有無や体質なども追加でお知らせできます。』だって。」
オーナーの奥さんが茶菓子を持ってきた。
「おい、これから口の中の細胞を採るのに、何か食ったら異物が混入してまずいだろう。」
オーナーが奥さんに文句を言ったが、C子は「じゃあさっさと済ませますね。」と言って、綿棒のような器具を自分の口の中に入れ、頬の裏を何度か擦った。
「こんなもので本当に細胞が採れているのかな。」
オーナーは言った。
「C子ちゃんはいいとして、その、赤ちゃんはどうするんだい?」
C子は綿棒状の器具をプラスチックケースに収めると、もう一本の綿棒状の器具を取り出した。F実の口の前に持っていくが、F実はどういうわけか口を真一文字に閉じて開けようとしない。C子は、F実の好きな電子ガラガラで気をひこうとするが、それでも口を閉じてムスッとしたままである。哺乳瓶を見せても同じ。
その様子を見たオーナーが、再度テレビの電源を入れた。画面いっぱいにスカイカーが映る。
「新型車、ただいま試乗会開催中!」
CMの時間だったようだ。次にテレビに映ったのは家族団欒の風景だ。
「できたわよ~!」
家族の母親らしい女性が寸銅のようなものを抱えて食卓に置く。蓋を開けると中身はカレーだ。
「わあ、美味しそう。」
「いただきます!」
「カレーも煮物も具材を入れるだけ。器具本体の外側は熱くならないから触っても安全です。電子調理器はパピカ。」
F実はテレビの画面を目を動かして見ているが、口はやはり閉じたままだ。
「生後三か月にカレーは分かんないよなあ。」
オーナーは嘆いた。オーナーの奥さんは言った。
「うちの子が小さいときに使ってた、あの自動で『高い高い』できる機械はどうかしら。」
「お前、そんな二十年前のものまで持ってるのか?」
「場所も取らないから、何となく置いてあったんだけど。」
奥さんは隣の部屋に入り、しばらくすると一辺が三十センチ程度の正方形の形をした、水色の機械とベルトを持ってきた。機械の隅には「ハイヤー・ハイヤー」と商品名が書いてある。
「わあ、懐かしい! それ、うちにもありました。」
C子は歓声を上げた。
ハイヤー・ハイヤーは、機械本体と赤ちゃんに取り付ける付属のベルトから発生する磁力で、赤ちゃんを宙に浮かせることができる商品である。
「ほら、リモコンも取ってあるし。」
このリモコンで、赤ちゃんの浮遊する高さをMAX二メートルまで調整できる。
「さっそくやってみますね。」
C子はベルトをF実の腰に取りつけた。オーナーはハイヤー・ハイヤー本体のプラグを部屋のコンセントに差し込んでスイッチをオンにした。C子がF実をハイヤー・ハイヤー本体の真上に置くと、すでに十センチほど浮き上がっている。F実はキョトンとしていた。
「ほら、高いたかーい!」
C子がリモコンを操作すると、F実はテーブルから一メートルほどの高さにゆっくり浮上し、また元の高さまでそろそろと降りていった。
「高いたかーい!」
またF実は浮上し、元の高さに降りた。
「キャッキャッ!」
F実は喜んでいた。
「ちょっと貸してみて。」
オーナーがC子からリモコンを手渡してもらうと、自分が操作し始めた。
「超高いたかーい!」
F実はゆっくり部屋の天井近くの高さまで浮上し、ゆっくり下に降りた。
「あんまり上げすぎると天井にぶつかります! 私、子どものときに妹をこれで天井にぶつけましたから。」
C子はオーナーに言った。
「大丈夫だよ、今くらいの高さに抑えておけばいいだろ。ほら、超高いたかーい!」
「キャッキャッキャッ!」
C子の心配をよそに、オーナーはハイヤー・ハイヤーで遊んでいた。F実も大喜びしている。
「だんだん手段が目的になってきているわ、あなた。」
オーナーの奥さんが注意すると、オーナーは「ごめん、そうだった!」と言ってリモコンをテーブルに置いた。F実は口を開けて喜んでいる。
「よし、今だ。」
C子は綿棒状の器具をF実の口の中に入れ、頬の裏を二三度擦った。そしてそれを、C子のものとは別のプラスチックケースに入れた。
「よし、任務完了だな!」
オーナーは拍手した。
「あとはこのプラスチックケース二個を梱包して送り返すだけです。帰りにコンビニで出してきます。」
C子は付属の小さな箱にケース二個を入れ、テープで封をした。
その後は、しばらく三人で談笑し、昼になるとオーナーの奥さんお手製のカレーが振る舞われた。
「ちょうどさっきCMでカレー見て食べたかったところなんだ。」
「パピカの電子寸銅、便利よ。業務用のやつを使えば、ラーメンのスープだってすぐに煮込めるんじゃない?」
奥さんはオーナーに言った。
「いや、俺はあくまでも時間をかけた昔からのやり方にこだわるんだ。火加減は機械には難しいよ。」
カレーは大変美味しかった。C子はカレーを食べ終わると、F実に哺乳瓶で液体ミルクを与えた。
「もし、その子が自分の子どもじゃなかったら、C子ちゃんはどうするんだい?」
オーナーは真顔で聞いた。
「やっぱり、F実を旦那のところに置いて家を出ようと思います。離婚して、大学にも復学したい。結婚に反対していた両親にも頭を下げて援助してもらうつもりです。」
「だよなあ。そうなっても、うちの店でのバイトは続けてくれるかい?」
「それはもちろんです! これだけお世話になってるんですから、大学卒業までは働かせてもらいます。」
オーナーは「そうか、そうか」と言ってニコニコした。
帰りも、オーナーはC子の自宅近くのコンビニまで車で送ってくれることになった。駐車場まで見送りに出てきた奥さんはC子に紙袋を渡した。
「これ、お土産。」
中を見るとさっきのハイヤー・ハイヤーが入っていた。
「F実ちゃん、とっても喜んでいたから。うちにあっても仕方ないし。」
「ありがとうございます! 」
C子は奥さんに深々と頭を下げて、オーナーの赤いスカイカーに乗り込んだ。
バイト先のラーメン店の定休日、C子はD夫に尋ねた。
「まさか、オーナーとデートじゃないだろうね。」
D夫はやや冗談っぽく言った。
「違う、オーナーの奥さんがごちそうを作るから、食べに来てって。」
「なんだ、そんなことか。僕がF実をみてるから構わないよ。」
そんなD夫に対し、C子はこう言った。
「あのね、オーナーが、『旦那さん、毎日育児で疲れてるだろうから、うちに連れてきてたまには休ませてあげなよ!』って。」
D夫は微笑んだ。
「いいオーナーじゃん。そんなことなら君にF実を任せてもいいかい?」
「もちろん! 今日はゆっくり休んでね。」
C子はマザーズバッグに必要なものを詰めると、ベビースリングでF実を抱っこして自宅マンションを出た。
マンションのすぐ近くのコンビニには、すでにオーナーが車で迎えに来ていた。ちなみに、24世紀の主な「車」といえば、現代の四輪自動車ではなく、空中に浮かんで走るスカイカーである。スカイカーのおかげで、交通渋滞はほとんどなくなったといってよい。
ともかく、C子はコンビニ駐車場に停めてあった、オーナーの赤いスカイカーの後部座席に乗り込んだ。
「C子ちゃん、連れ出し成功おめでとう!」
「いやー、オーナーの言ったとおりに、D夫を労うていで話をしたら、簡単でしたよ。本当にありがとうございます。」
オーナーは、バックミラー越しにF也の顔を見た。
「確かに言われてみたら、あんまりC子ちゃんには似てない気がするな。」
「そうですね。私もうすうすそう思っていました。」
「あ、うちの子が昔使ってたチャイルドシート、積んでるから使ってね。」
「お気遣いありがとうございます。」
C子はF実をスリングから下ろしてチャイルドシートに乗せた。
「では、出発!」
オーナーがスカイカーのエンジンを始動させると、スカイカーはそのまま宙に浮かんでオーナーの自宅へ飛んだ。
到着したオーナーの自宅は割と郊外にある一軒家だった。
「いやあ、こっちだと車必須だからね。」
「うちも、実家が東北の山のほうだから分かります。」
C子は車を降りると、チャイルドシートからF実を取り上げて抱っこした。
「おーい、今C子ちゃんと赤ちゃんと来たぞ!」
オーナーが叫ぶと、オーナー宅のドアがすっと開いた。玄関先には、40代後半くらいの女性がいた。
「初めまして。あら、可愛い赤ちゃんね。」
「これがうちの妻です。」
「初めまして。いつもオーナーにお世話になっています。これ、下らないものですが召し上がってください。」
C子はマザーズバッグから紙箱に入ったせんべいを取り出し、オーナーの奥さんに渡した。せんべいはネットで取り寄せた地元銘菓だった。
「あら、ありがとうございます。若いのによく気がつくお嬢さんね。」
「まあまあ、中に入ろうよ。」
「お邪魔します。」
F実を含む四人はリビングに移動した。
オーナー宅のリビングは十畳くらいで、巨大なテーブルと赤い皮のソファ、画面が壁一面あるようなテレビが目を惹いた。
「テレビ、大きいですね。」
オーナーは笑った。
「あれで野球を見るのが楽しみなんだ。実物よりでかく見えるから大迫力だよ、アハハ。」
奥さんも笑った。
「アップで映ると、ボールがバスケットボールくらいの大きさに見えるのよ。あ、そうだ、うちにDNAのやつ、届いてるから持ってくるわね。」
奥さんは一旦隣の部屋に引っ込んだ。オーナーがテレビの電源を入れると、朝の情報番組で、男性ニュースキャスターの顔がドアップで映った。それを見たF実が泣き出した。
「ギャーッ!」
「あら、怖かったねー。」
C子はF実の気をそらそうと、バッグの中から電子ガラガラを取り出して鳴らした。
「ごめんよ、F実ちゃん。」
オーナーがチャンネルを変えると、今度は動物番組で、猫がライオンくらいの大きさに映っていた。
「ギャー、ギャー!」
F実は一層激しく泣いた。
「すみません、テレビは消していただいたほうが……」
「そうみたいだな、すまん。」
オーナーはテレビの電源をオフにした。 そうしたところ、奥さんがグラスに麦茶を三人分いれて運んできた。
「あとこれね。」
テーブルのC子の目の前に、DNA鑑定キットの入った白い箱が置かれた。
「ありがとうございます。」
C子はとりあえずソファにF実を寝かせると、箱を開けた。中の説明書を読んで、C子は言った。
「この綿棒みたいなので、F実と私の口の中の細胞を採ってケースに入れて送り返すみたいです。そんな原始的なことでいいのかな。」
オーナーは「どれどれ」と言って説明書を見た。
「『この方法は、約350年前から続く歴史のあるやり方です。そのかわり、分析の精度は当時より大幅にアップし、今では遺伝的な病気の有無や体質なども追加でお知らせできます。』だって。」
オーナーの奥さんが茶菓子を持ってきた。
「おい、これから口の中の細胞を採るのに、何か食ったら異物が混入してまずいだろう。」
オーナーが奥さんに文句を言ったが、C子は「じゃあさっさと済ませますね。」と言って、綿棒のような器具を自分の口の中に入れ、頬の裏を何度か擦った。
「こんなもので本当に細胞が採れているのかな。」
オーナーは言った。
「C子ちゃんはいいとして、その、赤ちゃんはどうするんだい?」
C子は綿棒状の器具をプラスチックケースに収めると、もう一本の綿棒状の器具を取り出した。F実の口の前に持っていくが、F実はどういうわけか口を真一文字に閉じて開けようとしない。C子は、F実の好きな電子ガラガラで気をひこうとするが、それでも口を閉じてムスッとしたままである。哺乳瓶を見せても同じ。
その様子を見たオーナーが、再度テレビの電源を入れた。画面いっぱいにスカイカーが映る。
「新型車、ただいま試乗会開催中!」
CMの時間だったようだ。次にテレビに映ったのは家族団欒の風景だ。
「できたわよ~!」
家族の母親らしい女性が寸銅のようなものを抱えて食卓に置く。蓋を開けると中身はカレーだ。
「わあ、美味しそう。」
「いただきます!」
「カレーも煮物も具材を入れるだけ。器具本体の外側は熱くならないから触っても安全です。電子調理器はパピカ。」
F実はテレビの画面を目を動かして見ているが、口はやはり閉じたままだ。
「生後三か月にカレーは分かんないよなあ。」
オーナーは嘆いた。オーナーの奥さんは言った。
「うちの子が小さいときに使ってた、あの自動で『高い高い』できる機械はどうかしら。」
「お前、そんな二十年前のものまで持ってるのか?」
「場所も取らないから、何となく置いてあったんだけど。」
奥さんは隣の部屋に入り、しばらくすると一辺が三十センチ程度の正方形の形をした、水色の機械とベルトを持ってきた。機械の隅には「ハイヤー・ハイヤー」と商品名が書いてある。
「わあ、懐かしい! それ、うちにもありました。」
C子は歓声を上げた。
ハイヤー・ハイヤーは、機械本体と赤ちゃんに取り付ける付属のベルトから発生する磁力で、赤ちゃんを宙に浮かせることができる商品である。
「ほら、リモコンも取ってあるし。」
このリモコンで、赤ちゃんの浮遊する高さをMAX二メートルまで調整できる。
「さっそくやってみますね。」
C子はベルトをF実の腰に取りつけた。オーナーはハイヤー・ハイヤー本体のプラグを部屋のコンセントに差し込んでスイッチをオンにした。C子がF実をハイヤー・ハイヤー本体の真上に置くと、すでに十センチほど浮き上がっている。F実はキョトンとしていた。
「ほら、高いたかーい!」
C子がリモコンを操作すると、F実はテーブルから一メートルほどの高さにゆっくり浮上し、また元の高さまでそろそろと降りていった。
「高いたかーい!」
またF実は浮上し、元の高さに降りた。
「キャッキャッ!」
F実は喜んでいた。
「ちょっと貸してみて。」
オーナーがC子からリモコンを手渡してもらうと、自分が操作し始めた。
「超高いたかーい!」
F実はゆっくり部屋の天井近くの高さまで浮上し、ゆっくり下に降りた。
「あんまり上げすぎると天井にぶつかります! 私、子どものときに妹をこれで天井にぶつけましたから。」
C子はオーナーに言った。
「大丈夫だよ、今くらいの高さに抑えておけばいいだろ。ほら、超高いたかーい!」
「キャッキャッキャッ!」
C子の心配をよそに、オーナーはハイヤー・ハイヤーで遊んでいた。F実も大喜びしている。
「だんだん手段が目的になってきているわ、あなた。」
オーナーの奥さんが注意すると、オーナーは「ごめん、そうだった!」と言ってリモコンをテーブルに置いた。F実は口を開けて喜んでいる。
「よし、今だ。」
C子は綿棒状の器具をF実の口の中に入れ、頬の裏を二三度擦った。そしてそれを、C子のものとは別のプラスチックケースに入れた。
「よし、任務完了だな!」
オーナーは拍手した。
「あとはこのプラスチックケース二個を梱包して送り返すだけです。帰りにコンビニで出してきます。」
C子は付属の小さな箱にケース二個を入れ、テープで封をした。
その後は、しばらく三人で談笑し、昼になるとオーナーの奥さんお手製のカレーが振る舞われた。
「ちょうどさっきCMでカレー見て食べたかったところなんだ。」
「パピカの電子寸銅、便利よ。業務用のやつを使えば、ラーメンのスープだってすぐに煮込めるんじゃない?」
奥さんはオーナーに言った。
「いや、俺はあくまでも時間をかけた昔からのやり方にこだわるんだ。火加減は機械には難しいよ。」
カレーは大変美味しかった。C子はカレーを食べ終わると、F実に哺乳瓶で液体ミルクを与えた。
「もし、その子が自分の子どもじゃなかったら、C子ちゃんはどうするんだい?」
オーナーは真顔で聞いた。
「やっぱり、F実を旦那のところに置いて家を出ようと思います。離婚して、大学にも復学したい。結婚に反対していた両親にも頭を下げて援助してもらうつもりです。」
「だよなあ。そうなっても、うちの店でのバイトは続けてくれるかい?」
「それはもちろんです! これだけお世話になってるんですから、大学卒業までは働かせてもらいます。」
オーナーは「そうか、そうか」と言ってニコニコした。
帰りも、オーナーはC子の自宅近くのコンビニまで車で送ってくれることになった。駐車場まで見送りに出てきた奥さんはC子に紙袋を渡した。
「これ、お土産。」
中を見るとさっきのハイヤー・ハイヤーが入っていた。
「F実ちゃん、とっても喜んでいたから。うちにあっても仕方ないし。」
「ありがとうございます! 」
C子は奥さんに深々と頭を下げて、オーナーの赤いスカイカーに乗り込んだ。
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