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第一章 体験入店

三人の主婦

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 「あの、この店ではお酒を飲まなくていいと聞いてやって来たのですが、本当ですか?」
 22歳、土木作業員の純平はホストクラブの代表で今日の面接を担当している大賀舞に尋ねた。
「お酒は飲めなくていいの。代わりに旺盛な食欲が必要ね。ここにくる女性はみんな、ガタイのいい男性がばかばかと景気良くご飯を食べているところが見たいのよ。」
大賀は作業着の純平の頭から足のつま先までを舐めるように見つめた。
「ま、見た目は問題ないようだけど。どうなの、食欲のほうは。」
純平はここぞとばかりに答えた。
「それは任せてください。仕事終わってからなら腹ぺこなんで。」
「みんなそう言うのよね。夕飯代を浮かすだけのつもりなら長続きしないわよ。」
「はい、頑張って食わせていただきます。」
大賀は「じゃあとりあえず体験入店してもらうわね。」と言って、電話をした。すると、しばらくして大手ガソリンスタンドの制服を着た背の高い男が入ってきた。年齢は純平と同じくらいか、やや年下だろうか。大賀は、この男に純平を紹介した。
「この子、純平くんって言って、体験入店の子。誠くん、よく教えてあげてね。」
 誠と呼ばれたその男は、ニッコリ笑って爽やかに純平に挨拶をした。
「はじめまして、誠です! 今日は一緒にお店を盛り上げていきましょう。しかし……」
誠は大賀の方を向いて言った。
「純平さんの源氏名どうしますか?」
「本名と近いところで一平でいいんじゃないかしら。」
純平は勝手に一平にされてしまった。
「じゃあ一平さん、いきましょう!」
純平は焦った。
「着替えなくていいんすか?」
誠はさらにニッコリする。
「ここはそういうコンセプトのお店なんで……あ、本当は汚れていない作業着のほうがいいんですが、一平さんの今日の汚れ具合なら大丈夫です!」

 純平が誠に連れられて席に着くと、そこには主婦の三人グループが待っていた。
「皆さん、体験入店の一平くんが来ました。」
「初めてまして、一平です。」
主婦たちはギラギラした目で純平を見る。
「一平くんって、どんなお仕事?」
「土木です。だいたい道路作ってます。」
「無精髭がセクシーだわ。私、とりあえず一平くんにカツ丼!」
三人のうちの、よく太った40歳くらいの女性が言った。すると、隣に座っていた痩せ型のメガネをかけた50歳前後の女性が、「私は誠くんにいつもの牛丼!」と叫んだ。
「あんたはどうするの。」
太った女性が残りの一人……あまり目立たない感じの三十代半ばの地味な女性に尋ねると、彼女は言った。
「じゃあ、誠くんと一平くんに豚汁一杯ずつ。」
注文を聞き終えた誠はスッと立ち上がり、大声で、「牛丼、カツ丼、あと豚汁二杯入りました!」と怒鳴った。すると、他のホストたちからも、「牛丼、カツ丼、豚汁二杯、あざーす!」と怒鳴り声が返ってきた。
「あれ、お客さんは食べなくていいんですか?」
純平の疑問に、誠は答えた。
「お客様は食べなくて、だいたいお酒飲んでるからいいんですよ。」
「はあ。」
5分程度で注文の品がウエイターによって届けられた。
「さ、さ、食べて!」
メガネ女性が純平たちに食べるように勧めた。
「いただきます!」
誠は一度手を合わせると、牛丼を物凄いスピードでかきこんだ。
「きゃー、素敵! 今日はお腹空いてるのね。」
メガネ女性はうっとり誠を見つめている。
「ほんとに、うちの旦那なんか、胃の手術をしてから食欲が落ちてだらしがないったら。」
太った女性は言った。
「一平くんも食べてよー。」
「い、いただきます。」
純平は箸を取ると、カツ丼をなるべく豪快そうに食べた。
「うん、やっぱり男子たるもの、そうこなくちゃね。」
地味な女性が催促する。
「あ、あ、2人とも豚汁も食べてね。」
誠は、「いただきます!」と言うと、バキュームカーのように豚汁を吸い込んだ。それを見た純平は真似をして豚汁を飲んだが、気管に汁が入り咳き込んでしまった。
「大丈夫?!」
ゲホゲホと咳き込む純平の背中を太った女性がさすった。
「すいません、不慣れで。」
「もっと落ち着いて食べていいのよー。」
メガネ女性が笑いながら言った。

 ちなみにこの座席の席順は、手前から、地味な女性、純平、太った女性、誠、メガネ女性になっている。太った女性は純平の背中をさすったかと思うと、今度は太ももを撫で上げてきた。油断ならない。
「ねぇねぇ、一平くんはどんな女の子がタイプ?」
「そうっすねー、優しい子、料理が得意な子がいいな。」
純平は真面目に答えたつもりだが、メガネ女性がこれに反応して「きゃー! ご飯、作ってあげたい!!」と言った。
「だめよ、一平くんは私の特製カレーを食べるのよ!」
太った女性が対抗した。誠はメガネ女性に言った。
「ヤスコさん、僕にはご飯作ってくれないんですか?」
「作るわよ。ってか、何が食べたい?」
誠は顎を撫でながら言った。
「やっぱり肉じゃがかな。」
「作る、作る! そんなものでいいなら、今度作って持ってきてあげる。」
メガネ女性ははしゃいでいる。
「一平くんは何がいい?」
太った女性は純平の太ももに手を置いたまま尋ねた。
「俺はその、特製カレーが食べてみたいっす。」
「よーし、じゃあ、私も今度来たときに持ってくるわね。」
 純平は、隣でさっきからずっと黙っている地味な女性が気になって話しかけた。
「あの、あなたは何か得意な料理はありますか?」
女性はうつむきがちに言った。
「あ、私はあんまり2人が喜ぶような料理はできないかもしれないんですが、例えばサバの味噌煮とか……」
「俺、魚も食いますよ。何なら今度魚料理持ってきてください。」
「え、ああ、じゃあ、そうします。」

 この主婦のグループは、その後、おやつのプリンを2人前頼んで純平たちに食べさせ、自分らはビールを飲んで8時前に帰って行った。誠が席を片付けながら、純平に話しかけた。
「一平くん、さっきの客はあんまり単価の高くない客だが、マナーはよかっただろう?」
「はあ、まあ。」
太ももを撫でるのがマナーがいいのかどうかよく分からない純平は曖昧に答えた。
「ある客から八時半くらいに来ると連絡があったんだけど、彼女は単価はいいがマナーのよろしくない客なんだ。勉強のために見ておくといいよ。」
誠が眉間にシワを寄せている。どんな女が来るのだろう。純平は不安になった。
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