上 下
31 / 80

守るべきもの

しおりを挟む
クイーンは、答えなかった。


「ふん、もう殺したか?」


Bランクさんの挑発的な問いにも、憎しみの目を強めるだけ。クイーンと真っ向から睨みあったBランクさんは、なぜか……フ、と笑った。


「違うな、お前はさっきから絶対にそこを動かない」


そう言った瞬間、Bランクさんが一気にクイーンとの間合いを詰めた。


「どけ」


Bランクさんの一言にも、クイーンは退かない。両手を高く掲げたクイーンの足元から、突如無数の茨が突き上げてきた。


「は、魔法も使えるか。だが無駄だ」


クイーンとBランクさんを阻んだ茨は一瞬で両断され、返す刀でクイーンまでもを斬り伏せる。その衝撃に、クイーンの体が揺らいだ時。

追い打ちをかけるようにクイーンに刃を突き立てながら、Bランクさんはクイーンの背後にあった壁を蹴り破った。


もうもうとあがる土埃。

土砂の崩れる音。

クイーンの喉から、絞り上げるような悲鳴が漏れた。


半狂乱になって泣き叫ぶクイーンからは、もう威厳なんて感じられない。

崩れた土砂の先に進もうとするBランクさんの足に縋り付き、斬り伏せられると分かっているのに、少しでも行く手を阻みたいのか、茨が何層にも土砂の先を埋めていく。

自分の命も顧みず、クイーンの行動はただ土砂の奥を守るためだけに為されていた。


「ごろ、さ、ないで」


それは悲痛な叫びで。


「まま、を、ごろさ、ない、で」


息も絶え絶えに。

あたしは……あたしは、なんだか悲しくなってしまった。人間から見たらね、そりゃあゴブリンは略奪者だ。人をさらって、商隊を襲って、討伐する対象になるのはわかる。

でも、あたし。

今はクイーンの気持ち、なんだか分かる気がするの。

だって、きっと子供も友達も……仲間が皆殺しにされたって、ことでしょう?

お母さんだけは助けたかったんだ、きっと。


これは自然の摂理だって、知ってる。あたしだって草を食べるし、強い者には食べられる。強い者が弱い者を淘汰するのは、当然の事だって知ってる。

ここに付いてくると決めた時、あたしは殺されるかもって覚悟して来たし、殺す覚悟だってして来た。それはきっとこのゴブリン達だって一緒だ。ただ、人間達の方が強かった、それだけの事なんだろう。

でも、自分の命をかけても守りたいものがあるって事も、自然の摂理だと思うんだ。



「お……ね、が……い……」


かすれた、かすかなクイーンの声に、Bランクさんは初めて足を止めた。


「お前が、あいつの、命を乞うのか」


なぜか泣きそうな、痛そうな顔をして、Bランクさんがクイーンを見下ろす。

数秒の沈黙の後、クイーンの腕が力なく地面に落ちた。
しおりを挟む

処理中です...