上 下
17 / 28

17話

しおりを挟む
「お、あそこにいるのがそうじゃないか?」

守備隊のミランと同僚のアルノーが木陰に止まっている馬車を発見した。

その傍らに横になっている男と、側に座っている女。

あちらの方も2人に気がついたようで、女が立ち上がって手を振った。

「ネリー、ザックは大丈夫か?」
馬を降りながらミランが尋ねると、それには答を答えず、彼女は逆に質問して来た。
「ミラン、どうして私達がここにいるって分かったの?」

「アオって子が教えてくれたんだ。それから途中でディーを拾ったって脚の治療までして連れて来たぞ」

キッとネリーはザックを睨んだ。
「やっぱり!だから言ったのに……!悪い子じゃないって!」

こんなに都合良く、ミラン達が来たのはアオが守備隊に知らせてくれたからに違いないのだ。

バツが悪そうなザックはミランにアオを追い払うような事をしたと、その理由と共に話した。

「あー……、確かにこのご時世じゃな」

入城の判定でアオに犯罪歴はなかった事は分かったが、それは結果諭に過ぎない。

怪我人のザックが出来たのは、身元不明の少年をネリーから遠ざける事だけ。

プリプリ怒るネリーを宥めるように、ミランはザックの気持ちを代弁してやる。
「もういい加減許してやれよ。ザックも大変だったんだしさ。それより早く王都に戻って休ませてやれ」

「そうそう、頭のケガは後で来たりするからな。医者に見せた方が良い」
アルノーが口を挟んだ。

守備隊の2人が味方してホッとしたザック。
そんな彼をミランとアルノー2人がかりで馬車に乗せると、鞍に積んで来た毛布を丸めたりして楽な態勢になるように工夫してやる。

その間、ネリーは火の始末と後片付けをして回り、道具を馬車の荷台に置いた。

アルノーに促されたネリーが馬車に乗り込むと、ミランが自分の馬を馬車に繋いで馭者を勤める。

馬車の脇を馬に乗ったアルノーが走って行った。


ーー馬車の中でネリーは寝ている夫の顔を睨んだ。

全く人の話を聞かないんだから!
アオが私に何かするなら、とっくにやってるわよ……!
ずっと2人でいたんだもの!

それなのに、さも自分が正しいんだって顔して……。 

あの子、オキシ草を惜し気もなくくれたのよ?
それどころか、ディーにも使ってくれたって言うじゃないの。たかが馬によ?
しかも正直に守備隊に預けて行ったって。それなのにお礼も出来ない。

それとも異国人の親のいない子だから、礼はあんな簡単なスープとパンで充分だったって事?

本当ならウチでご馳走するべきなのに。ミランやアルノーならニコニコして絶対したわよね!

あ……ちょっと、まさかオキシ草のお金を払うのがイヤだった、なんて事無いわよね?ーーそう言えば最近オキシ草の値段が高騰してるって話を耳にしたし。

ー-こんな人だったの?

ミラン達までザックの肩を持つなんて。
だからやっぱり自分は間違ってなかったって思って、こうして呑気に寝てられるのね。

思人に顔向け出来ない真似をしておいて、恥だと思わないの?
胸が痛まない?

あの子には悪い事をしたな、王都にいるなら捜してみよう、人に聞いてみよう、って言ってくれたら……!

それが何よ、あのドヤ顔。

ああ、嫌だわ。
ホントにムカつく。

だいたい、ディーが蜂に刺されたのだって、ザックのせいよ。
繋げる木の所でブンブン飛んでるのを、不用意に払うから。
ディーも災難よね。

妹の結婚式の時だって……。
出た料理にブツブツ文句ばっかり……!

花婿の方で用意したんだもの、仕方ないじゃないの!
私達は招待客なのよ。それなのに、たいした味じゃないとか、素材の味が台無しだとか、顔から火が出るかと思ったわ。

あちらのお姑さんが『王都で評判の【猫の目】
さんにお出しするのはお恥しいですわ』何て言ってたのはイヤミよね。

見栄っ張りみたいだし、豪華な料理でザックって言うか、家とは格が違うって本当は言いたかったのよ。

だから黙ってニコニコ食べて、適当に褒めてればそれで良かったのに、どうしてそこでムキになるの?

恥を掻かされてお姑さん、プルプル震えてたじゃない。

義弟が白けた式を何とか仕切り直してくれたけど……ザックのせいであの子、これから可哀想に苦労するかも。 

そうよ、あの時だってーー


--普段我慢する事が多い女の怒りは、一旦堰を切ると延々と続く。
あの時、この時、無理矢理呑み込んだ怒りが蘇り再燃する。
その時は許したとしても、忘れた訳ではない。
炭のおきのように、しっかり保存されている。
そして女は今まで溜まった我慢した分、許してやった分を過去に遡り、男から取り立てる。

その一方で、男の方は、許されたと思えばキレイに忘れてしまう。そして同じような過ちを性懲りもなくやらかしたりする。
忘れているから、女の怒りを唐突に感じ、理解出来ない。

その時、対応を間違えればーーー



ネリーは気づいていない。
怒りに燃える自分の回りに、目に見えるかどうかの黒いモヤのようなモノが、少しずつ少しずつ集まって来ている事を……。 




王都の家に帰ったネリーは怒りに加えて、今は人格的にどうかと感じている事までぶちまけた。

一方を蒸し返された挙げ句、罵られては当然面白くない。

彼は妻に怒鳴った。
を何時までグズグズ言ってるんだ!より、怪我人の夫を労ろうとは思わないのか!?」

ここでザックがネリーの不満を真剣に受け止めてさえいれば……。 

普段は夫の体調を気づかう妻が、こうなったと言う事は、既に我慢の限界線を越える寸前、危険水域だと言って良い。
それを、うるさい、くだらないと一刀の元に切り捨てる事は、火に油を注ぐようなもの。
自分の話は聞く価値もないと貶められたら……真剣に向き合おうともしなかったならば……

ー-爆発か、もしくは決壊し、二度と戻りはしない。

……どんな形であれ。






ーーその夜、食堂【猫の目】から激しい夫婦喧嘩の声と物が壊れる音、最後に男の絶叫が響いた。

近所の者の通報で駆けつけた守備隊が見た物は、妻が夫をメッタ刺しにした凄惨な殺人現場。

「……もう我慢できなかったんです。自分勝手なあの人に。別れ話から言い争いになって、しまいに暴れるあの人が怖くて何回も刺しました………」





ーー薄暗い部屋、飛び散った血で澱んだ空気……。 
いや、果たしてそれは血のせいだけなのか……?

見えるかどうかだったモヤのようなモノが、ほんの少しだけ濃くなって、右往左往する人間達を見下ろすように天井近くに漂っていたのだ。

ーーそして守備隊の者が、息が詰まりそうだと、換気の為に開けた窓から出て行った事を誰も知らない。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...