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美しい笑顔の裏には
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「うわ、あぶなっ」
「ちょっと、太陽さん大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!!」
あっちに行ったりこっちに行ったり、足取りがおぼつかない俺をレイカさんが腕を組んで支えてくれる。
本当はこのまま倒れこみたいくらい視界は歪んでいる。しかし、レイカさんを前にして、これ以上ダサい姿は見せられない。ここは男の意地の見せ所と気合を入れて、足を踏ん張り、一歩ずつ歩いていく。
重たくうなだれた首を持ち上げると、目の前には100段以上はあるであろう階段がそびえたっている。
学生時代バスケ部で鍛えあげた体力にはかなりの自信があった。それが今日は綺麗な女性にナンパされて気が大きくなったのか、いつもより酒が回っている。カッコつけたい反面、一番上まで登り切れるか一抹の不安がよぎった。せっかくレイカさんの家に招かれたというのに、とんだ大失敗をかましてしまった。
――この俺としたことが……まぁ、部屋に辿り付くまでの辛抱だ。
己を鼓舞し、長い長い階段の一段目に足をかける。
それにしても今夜の収穫は大きい、むしろ大きすぎる。こんな美人が向こうから声をかけてくれるなんて、今すぐにでもダチに自慢したいくらいだ。
右隣をちらりと見ると、筋の通った高い鼻がまず目に着く。そして、街灯の光に照らされた控えめな唇はキラキラと輝いていて、長くまっすぐに伸びたまつげはアーモンド形の大きな瞳に陰を落としている。今まで会った数多の女性の中で一番の美人と言っても過言ではない。
俺の視線に気づいた彼女は恥ずかしそうに視線を落としてから、もう一度俺を見てそっと微笑んだ。きりっとした力強い美しさから垣間見えるチャーミングな一面に、男の本能を掻き立てられる。
どうにかぎこちない足に力を込め、組んでいた腕をほどいた。彼女の細い腰に手を回し、そのまま体を引き寄せた。香水とはまた違う、ほのかに甘い香りが鼻をくすぶる。
「今日は太陽さんみたいにカッコよくて優秀な方とお会いできて良かったです」
言われ慣れた誉め言葉もイイ女に言われると格別で、腰に回した手に力がこもる。
「いやいや、俺もレイカさんみたいな美人にナンパしてもらえるなんて最高です!『初めまして』って言われたとき、あまりにもレイカさんが綺麗だから絶句しちゃいましたよ」
「いえいえ、そんな……今思い返すと恥ずかしいです」
照れくさそうに下を向いて、耳を赤くする様子もまた妖艶に感じた。
「まさか太陽さんがあの大企業でお勤めになっているとは思いませんでした」
「ははっ、見た目が派手なんで意外ってよく言われます。大学でも結構優秀だったんですよ?」
やたらおだてられて気分がよくなり、ぐんぐんと階段を上るスピードが速くなっていく。さっきまで正直お先真っ暗だったが、今なら駆け上っていけるくらい足取りが軽くなった。
「へぇ……就職活動とか大変だったんじゃないですか?」
「いや、俺は大学推薦で今の会社に入社したんで、就活は殆どやってないです」
「大学推薦って、よっぽど賢かったんですね」
「そんなこと、あるかもしれないですね。でも、俺の場合はたまたまうまくいったんですよ。運も実力のうちってやつです!」
へらへらと冗談ぽく笑いながら、左手で作った拳を胸に当てる。会話を進めていくうちに、レイカさんは俺に気があると確信めいてゆく。この後待っているであろう二人で過ごす時間に、自然と鼻の下が伸びる。
しかし、さっきまで順調だったやり取りが止まっていることに気付いた。自信満々に左胸をたたいてから、レイカさんの反応はなく下を向いたままだった。さっきは顔を照らしていた街灯は階段を登るごとに照らす方向を変え、今は俺らの後ろにたたずんでいる。そのおかげで、レイカさんの表情は全く見えない。ただ真っ黒に塗りつぶされていた。
「……レイカさん?どうしました?」
こちらが声をかけると、レイカさんは立ち止まった。
「運、ですか……」
ようやく小さく聞こえた返事に安心と疑念を抱いた。先ほどまでと声色や雰囲気が変わった気がしたからだ。
体中を巡り巡っていたアルコールが徐々に抜けていく。火照っていたはずが、今では少し肌寒いくらいだ。ちらりと後ろを振り返ると、数十段もの階段がそびえ立っている。それは恐怖心を煽られるような、背筋がヒュっとする景色だった。
念のため手すり側に寄ろうとすると、レイカさんが僕の腕を両手で掴んで、グイっと引っ張ってきた。思わず、右足を一段下の段に踏み込み、体勢を整える。
何が起きたか分からないまま、すぐにレイカさんが胸に飛び込んでくる。いや、胸に飛び込んできたというよりも、胸倉をつかまれていた。
「え?レイカさん?……ひっ!」
俺の言葉で顔を上げたレイカさんの表情は、目が鋭く吊り上がり、怒り狂った鬼のような形相だった。
「よくもそんな嘘がつけますね」
「……は?」
「たまたま?運で?笑わせないで。あんたは汚い手で私を蹴落としたんでしょうが!」
レイカさんの怒号が静まり返った夜の街に響く。突然の出来事で全く頭が働かない。夢か何かを見ているようだ。
「あんたのお仲間に突然犯された揚句、その間抜けな様をネットに流され、推薦取り消しどころか社会的に死んだ女のこと、もう忘れたの?」
そこまで聞いてようやく思い出した――レイカ、本郷麗華のことを。しかし、思い出しても尚、納得が出来なかった。なぜなら、俺の知っている本郷麗華と、目の前にいる女性は全くの別人だったから。
混乱を隠せない僕の様子に、彼女は半笑いで続けた。
「どうせ顔面のこと考えてるんでしょう?整形よ、当然じゃない。あんた、自分のしたこと分かってないの?デジタルタトゥーって知らないの?あの顔のまま生きていけるわけないでしょう?だから、あんたの知ってるレイカさんは全部嘘」
そう言うと、彼女は綺麗に微笑んだ。俺が美しく、かわいらしいと思っていた笑顔で。
「私はあんたのことを一生許さない。たとえ、あんたが、地獄に落ちたとしても――」
女性にしては低くハスキーな声が耳元で囁かれる。そして、抵抗する間もなく、体をドンっと強く突き放され、俺を蔑む彼女の姿がどんどんと小さくなっていった。
「ちょっと、太陽さん大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!!」
あっちに行ったりこっちに行ったり、足取りがおぼつかない俺をレイカさんが腕を組んで支えてくれる。
本当はこのまま倒れこみたいくらい視界は歪んでいる。しかし、レイカさんを前にして、これ以上ダサい姿は見せられない。ここは男の意地の見せ所と気合を入れて、足を踏ん張り、一歩ずつ歩いていく。
重たくうなだれた首を持ち上げると、目の前には100段以上はあるであろう階段がそびえたっている。
学生時代バスケ部で鍛えあげた体力にはかなりの自信があった。それが今日は綺麗な女性にナンパされて気が大きくなったのか、いつもより酒が回っている。カッコつけたい反面、一番上まで登り切れるか一抹の不安がよぎった。せっかくレイカさんの家に招かれたというのに、とんだ大失敗をかましてしまった。
――この俺としたことが……まぁ、部屋に辿り付くまでの辛抱だ。
己を鼓舞し、長い長い階段の一段目に足をかける。
それにしても今夜の収穫は大きい、むしろ大きすぎる。こんな美人が向こうから声をかけてくれるなんて、今すぐにでもダチに自慢したいくらいだ。
右隣をちらりと見ると、筋の通った高い鼻がまず目に着く。そして、街灯の光に照らされた控えめな唇はキラキラと輝いていて、長くまっすぐに伸びたまつげはアーモンド形の大きな瞳に陰を落としている。今まで会った数多の女性の中で一番の美人と言っても過言ではない。
俺の視線に気づいた彼女は恥ずかしそうに視線を落としてから、もう一度俺を見てそっと微笑んだ。きりっとした力強い美しさから垣間見えるチャーミングな一面に、男の本能を掻き立てられる。
どうにかぎこちない足に力を込め、組んでいた腕をほどいた。彼女の細い腰に手を回し、そのまま体を引き寄せた。香水とはまた違う、ほのかに甘い香りが鼻をくすぶる。
「今日は太陽さんみたいにカッコよくて優秀な方とお会いできて良かったです」
言われ慣れた誉め言葉もイイ女に言われると格別で、腰に回した手に力がこもる。
「いやいや、俺もレイカさんみたいな美人にナンパしてもらえるなんて最高です!『初めまして』って言われたとき、あまりにもレイカさんが綺麗だから絶句しちゃいましたよ」
「いえいえ、そんな……今思い返すと恥ずかしいです」
照れくさそうに下を向いて、耳を赤くする様子もまた妖艶に感じた。
「まさか太陽さんがあの大企業でお勤めになっているとは思いませんでした」
「ははっ、見た目が派手なんで意外ってよく言われます。大学でも結構優秀だったんですよ?」
やたらおだてられて気分がよくなり、ぐんぐんと階段を上るスピードが速くなっていく。さっきまで正直お先真っ暗だったが、今なら駆け上っていけるくらい足取りが軽くなった。
「へぇ……就職活動とか大変だったんじゃないですか?」
「いや、俺は大学推薦で今の会社に入社したんで、就活は殆どやってないです」
「大学推薦って、よっぽど賢かったんですね」
「そんなこと、あるかもしれないですね。でも、俺の場合はたまたまうまくいったんですよ。運も実力のうちってやつです!」
へらへらと冗談ぽく笑いながら、左手で作った拳を胸に当てる。会話を進めていくうちに、レイカさんは俺に気があると確信めいてゆく。この後待っているであろう二人で過ごす時間に、自然と鼻の下が伸びる。
しかし、さっきまで順調だったやり取りが止まっていることに気付いた。自信満々に左胸をたたいてから、レイカさんの反応はなく下を向いたままだった。さっきは顔を照らしていた街灯は階段を登るごとに照らす方向を変え、今は俺らの後ろにたたずんでいる。そのおかげで、レイカさんの表情は全く見えない。ただ真っ黒に塗りつぶされていた。
「……レイカさん?どうしました?」
こちらが声をかけると、レイカさんは立ち止まった。
「運、ですか……」
ようやく小さく聞こえた返事に安心と疑念を抱いた。先ほどまでと声色や雰囲気が変わった気がしたからだ。
体中を巡り巡っていたアルコールが徐々に抜けていく。火照っていたはずが、今では少し肌寒いくらいだ。ちらりと後ろを振り返ると、数十段もの階段がそびえ立っている。それは恐怖心を煽られるような、背筋がヒュっとする景色だった。
念のため手すり側に寄ろうとすると、レイカさんが僕の腕を両手で掴んで、グイっと引っ張ってきた。思わず、右足を一段下の段に踏み込み、体勢を整える。
何が起きたか分からないまま、すぐにレイカさんが胸に飛び込んでくる。いや、胸に飛び込んできたというよりも、胸倉をつかまれていた。
「え?レイカさん?……ひっ!」
俺の言葉で顔を上げたレイカさんの表情は、目が鋭く吊り上がり、怒り狂った鬼のような形相だった。
「よくもそんな嘘がつけますね」
「……は?」
「たまたま?運で?笑わせないで。あんたは汚い手で私を蹴落としたんでしょうが!」
レイカさんの怒号が静まり返った夜の街に響く。突然の出来事で全く頭が働かない。夢か何かを見ているようだ。
「あんたのお仲間に突然犯された揚句、その間抜けな様をネットに流され、推薦取り消しどころか社会的に死んだ女のこと、もう忘れたの?」
そこまで聞いてようやく思い出した――レイカ、本郷麗華のことを。しかし、思い出しても尚、納得が出来なかった。なぜなら、俺の知っている本郷麗華と、目の前にいる女性は全くの別人だったから。
混乱を隠せない僕の様子に、彼女は半笑いで続けた。
「どうせ顔面のこと考えてるんでしょう?整形よ、当然じゃない。あんた、自分のしたこと分かってないの?デジタルタトゥーって知らないの?あの顔のまま生きていけるわけないでしょう?だから、あんたの知ってるレイカさんは全部嘘」
そう言うと、彼女は綺麗に微笑んだ。俺が美しく、かわいらしいと思っていた笑顔で。
「私はあんたのことを一生許さない。たとえ、あんたが、地獄に落ちたとしても――」
女性にしては低くハスキーな声が耳元で囁かれる。そして、抵抗する間もなく、体をドンっと強く突き放され、俺を蔑む彼女の姿がどんどんと小さくなっていった。
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