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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第83話 家に帰るまでが遠足です
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天候は快晴、太陽の高さと地に落ちる影の出来具合から午前10時頃だろうか。
時計が存在しない世界のようなので、時間の経過は日の傾きで測るしかない。
不便ではあるが、異世界ではこれが当たり前である。
「はーっ、やっぱり凄いなぁ、エルトゥリンは」
「こんなの大したことない」
朝食を終えた店先でのこと。
土と砂が踏み固められた未舗装の道路を挟んで、いかにもファンタジー世界を思わせる建物が通りに並んでいる。
感心の声をあげるミヅキは、エルトゥリンの仕事っぷりに驚いていた。
「キッキと二人掛かりでもかなり重かったんだけどな、これ……」
ミヅキの見る先には四輪の大きな荷車があり、パメラがつくった料理が収められた寸胴鍋やら、穀類の加工食品の麻袋、飲料の小樽、かご盛りのパンなどの食料が大量に積載されている。
それらはパンドラの地下迷宮前、詰め所の兵士たちへ届ける昼食である。
「言ったでしょう、こき使われてあげるって。ミヅキの仕事なら私の仕事も同然よ。力仕事ならなおさら私に任せて」
そう言って、エルトゥリンは重い荷車を涼しい顔で倉庫から出してきて、重いはずの料理を軽々しく運び、次々と積載作業を進めていく。
使命を果たすためならアイアノアもエルトゥリンも、ミヅキの仕事に力を貸してくれるという約束であった。
悪いエルフにはおしおきが必要だ、と邪な考えを聞かれたところまで思い出して、ミヅキはばつが悪そうに苦笑する。
「……はぁ。でも、お客様にこんなことまでさせるのはやっぱり申し訳ないわ」
ひょいひょい、と荷物を受け取って運ぶエルトゥリンを見てパメラはため息。
その隣に立ち、てきぱき働く妹の姿を満足そうに見ながらアイアノアは言った。
「お気になさらないで下さい、パメラさん。ミヅキ様はこちらのお店の従業員なのですから、そのお仕事を私たちが手伝うのは当たり前です。私も妹も、ミヅキ様と一緒に使命を果たせるのなら、何だってお手伝いさせて頂きますから気軽に申し付けて下さいまし」
そうしてアイアノアが目配せすると、エルトゥリンは振り向いて無言で頷いた。
巨大な武器のハルバードを片手で軽々と扱い、ドラゴン相手に獅子奮迅の立ち回りを演じて見せたエルトゥリンにとって、このくらいの力仕事はどうってことはない。
パメラはそれでもまだ釈然としない風だったが、キッキは逆にウキウキした様子で力持ちの助っ人登場に満面の笑顔だった。
「いやぁ、お客様になってくれるだけじゃなくて、仕事まで手伝ってくれるだなんて勇者御一行様々だなぁー。パンドラの踏破までの長い間、ずっとずっとうちにいて欲しいなぁー」
「こら、キッキったら……。あなたも着いて行って、きちんとお仕事してくるのよ」
たしなめるように言うパメラに、キッキははーい、とご機嫌な返事を返す。
宿の仕事を疎かにせず、パンドラの地下迷宮の攻略に乗り出すため、ミヅキたちは二手に分かれて行動を開始しようと決めていた。
キッキが話役でエルトゥリンが荷運びを行い、二人でパンドラへ配達に向かう。
ミヅキとアイアノアは今後のパンドラ踏破に向けての準備をして、その後に早速の地下迷宮探検を小手調べに始める予定だ。
「うん、準備できた。キッキは荷台に乗ってていいよ」
「え、本当っ? うわーい、楽ちん楽ちん」
すっかりと兵士たちへの昼食の積載が終わり、日よけの布をかぶせるとエルトゥリンは荷車を引くハンドルの内側に立った。
一人で荷運びをするのが当然のようにエルトゥリンは言うと、その言葉に甘える気満々のキッキは荷車のへりに器用に腰掛ける。
娘のだらしない姿にパメラはまた大きなため息をつくものの、実際問題キッキくらいの少女の重量が一人分増えるくらい、エルトゥリンにとってはさしたる違いはないのだろう。
その様子を微笑ましく見て、アイアノアはミヅキに振り向いた。
「それではミヅキ様。兎にも角にも、ダンジョンに挑むには備えが大切です。お宿の仕事はキッキさんとエルトゥリンに任せて、私たちは街へと買い物に行きましょう。その後に北の街はずれでエルトゥリンと合流して、パンドラへ赴きましょうか」
「お、おう、わかった」
いよいよ始まろうとしている非日常の冒険に緊張して身体が強張る。
前人未到の巨大な地下迷宮への探索となれば、危険が伴うのはもちろん、これから本当にそんなことを実行するのかという現実感の無さを感じてしまう。
一瞬気持ちが揺れるが、もう後戻りするつもりはない。
「……ふぅ、とうとう本当に始まるのか。俺の異世界生活が……」
ぼそっと呟くミヅキは、こちらをじっと見つめて期待に胸膨らませるアイアノアの緑の目を見つめ返した。
清楚でおとなしそうなエルフの彼女だが、その瞳には地下迷宮へと挑み、使命を果たそうとする強い意志が満ち満ちている。
気がつけばアイアノアだけではなく、エルトゥリンも首だけで振り向いてこちらを見ていて、冒険出発への号令を今か今かと待っている様子だ。
妙な緊張感にミヅキは一つごほんと咳払い。
「あー、その、一応というか何というか、パンドラ踏破は俺の勇者としての使命な訳だし、やっぱり俺が色々と仕切ったほうがいいんだよな?」
「うふふっ、はい、是非そうして下さいませ」
冒険者の知識などからっきしのため、遠慮がちに言うミヅキにアイアノアは口許を手にやって微笑ましそうに笑う。
観念したミヅキは、はぁっ、と大きく息を吐いて、自分を鼓舞するため片手の拳を空に向かって突き上げ、張り上げた声で高らかに宣言した。
「よぉし! それじゃあ、俺の人生初となる記念すべき第一回目のダンジョン探検、張り切って始めるぞぉ! とりあえず、安全第一で無事に帰って来ることを目標としまーす! 家に帰るまでが遠足だから最後まで気を抜かないようにー!」
多分それは聞き慣れない冒険開始の号令だったのだろう。
アイアノアもエルトゥリンも一瞬きょとんとした顔をしていた。
キッキは遠慮無しに吹き出して笑い、パメラもほんわかと笑顔を浮かべていた。
ただ、言いたいことは伝わったようで、エルフ姉妹の二人は快い返事で応えた。
「はいっ、ミヅキ様! きっと使命を果たせるように邁進いたしましょう!」
「うん、私も頑張るから」
良い反応がもらえてミヅキは、へへっ、と照れ笑い、パメラに振り返った。
まずは地下迷宮へ挑む冒険の第一のミッション、彼女の宿、「冒険者と山猫亭」の借金返済のための金策をどうにか試みる。
「じゃあパメラさん、行ってきます。やるだけやってみますんで、ちょっと待たせるかもしれませんが、まぁ、やんわりと見守ってやって下さい。拾ってもらった恩返しができるように頑張ってきます!」
「ミヅキ、無理をしては駄目よ? ……その、借金のことはそこまでして背負ってもらわなくてもいいんだからね。パンドラは本当に危険なダンジョンよ。だから、気をつけていってらっしゃいね」
パメラは自然とミヅキの背中に手を回して抱き締めた。
顔を寄せて、息子を送り出す母親のように回した手にぎゅうと力を込める。
ミヅキより少し背が低く、密着した身体からは女性特有の柔らかさと、獣人ならではの引き締まった筋肉の固さが伝わってきて、ふさふさの毛の猫の耳はお日様の匂いがした。
何より、ミヅキの身を心から心配する気持ちがひしひしと伝わってきた。
すっと身体を離し、パメラは優しく微笑む。
「本当に、安全第一で無事に帰ってきてちょうだいね。家に帰るまでが遠足……。あまり聞かない言い回しだけど、とってもいい言葉だわ」
感慨深そうに頷くパメラは、こうした場面を何度も見てきたのだろう。
ダンジョンに挑む者たちの無事を祈り、送り出してきた。
それはミヅキたちに対しても同じなのだ。
「……俄然やる気が出てきましたよ。俺、パメラさんみたいな優しい人に保護してもらえて本気で良かったって思います。また、美味しいご飯をご馳走になりたいんで、ちゃんと帰ってこれるよう努力します!」
「ええ、丹精込めて料理をこしらえて、あなたたちの帰りを待っているわね」
力強くそう言うと、パメラも笑顔のまま答えた。
危険な地下迷宮への探検は全然現実感が無かったが、パメラからの心配と優しさは存分に心に染み入った。
長く母親の愛情に触れていなかったミヅキには、それは殊更心の奥まで響いた。
「じゃあ、行ってきます」
もう一度そう言い残し、ミヅキたちはパンドラの地下迷宮へと出発した。
ゆっくりと横に流れていく街並みの中、後ろから見送ってくれているパメラの姿を何度も振り向いて見ていた。
やがてパメラの姿が見えなくなり、正面に向き直るミヅキに荷車のへりに座るキッキが笑顔で言った。
「ミヅキ、あたしのママ、良いママだろー?」
「うん、美人で優しくて、料理がとびっきり上手くて、文句の付け所がないくらい素敵なひとだよ、パメラさんは」
「えへへ、そうだろー? だけど、だからって色目使ったら許さないからなー」
「わかってるよ。変な気は起こさないって」
ただ、ミヅキはもう見えなくなったパメラを後ろにもう一度振り返る。
そして、口には出すことなくため息混じりに心の中で思った。
もうそれはミヅキにとっては過去に失われてしまった切なる気持ち──。
望郷に思い焦がれる思慕の念であった。
──やっぱりこういうのは、ぐっとくるものがあるな……。帰りを心配して待っててくれる人がいるってのは本当にいいもんだ。地下迷宮の冒険やら、神様の武芸大会やら、女神様の試練から生きて帰るのは夕緋のためだって思ってたけど、多分きっと、それだけじゃあないんだろうな。
この歳になってもまだ母親の愛情を思い出して思いに耽るとは、まだまだ自分にも幼い部分が残っているものだと自嘲気味に苦笑した。
不思議そうに目を瞬かせるキッキをよそに、後ろ髪を引かれながらもミヅキたちはトリスの街の街路を北の広場へと向かうのであった。
時計が存在しない世界のようなので、時間の経過は日の傾きで測るしかない。
不便ではあるが、異世界ではこれが当たり前である。
「はーっ、やっぱり凄いなぁ、エルトゥリンは」
「こんなの大したことない」
朝食を終えた店先でのこと。
土と砂が踏み固められた未舗装の道路を挟んで、いかにもファンタジー世界を思わせる建物が通りに並んでいる。
感心の声をあげるミヅキは、エルトゥリンの仕事っぷりに驚いていた。
「キッキと二人掛かりでもかなり重かったんだけどな、これ……」
ミヅキの見る先には四輪の大きな荷車があり、パメラがつくった料理が収められた寸胴鍋やら、穀類の加工食品の麻袋、飲料の小樽、かご盛りのパンなどの食料が大量に積載されている。
それらはパンドラの地下迷宮前、詰め所の兵士たちへ届ける昼食である。
「言ったでしょう、こき使われてあげるって。ミヅキの仕事なら私の仕事も同然よ。力仕事ならなおさら私に任せて」
そう言って、エルトゥリンは重い荷車を涼しい顔で倉庫から出してきて、重いはずの料理を軽々しく運び、次々と積載作業を進めていく。
使命を果たすためならアイアノアもエルトゥリンも、ミヅキの仕事に力を貸してくれるという約束であった。
悪いエルフにはおしおきが必要だ、と邪な考えを聞かれたところまで思い出して、ミヅキはばつが悪そうに苦笑する。
「……はぁ。でも、お客様にこんなことまでさせるのはやっぱり申し訳ないわ」
ひょいひょい、と荷物を受け取って運ぶエルトゥリンを見てパメラはため息。
その隣に立ち、てきぱき働く妹の姿を満足そうに見ながらアイアノアは言った。
「お気になさらないで下さい、パメラさん。ミヅキ様はこちらのお店の従業員なのですから、そのお仕事を私たちが手伝うのは当たり前です。私も妹も、ミヅキ様と一緒に使命を果たせるのなら、何だってお手伝いさせて頂きますから気軽に申し付けて下さいまし」
そうしてアイアノアが目配せすると、エルトゥリンは振り向いて無言で頷いた。
巨大な武器のハルバードを片手で軽々と扱い、ドラゴン相手に獅子奮迅の立ち回りを演じて見せたエルトゥリンにとって、このくらいの力仕事はどうってことはない。
パメラはそれでもまだ釈然としない風だったが、キッキは逆にウキウキした様子で力持ちの助っ人登場に満面の笑顔だった。
「いやぁ、お客様になってくれるだけじゃなくて、仕事まで手伝ってくれるだなんて勇者御一行様々だなぁー。パンドラの踏破までの長い間、ずっとずっとうちにいて欲しいなぁー」
「こら、キッキったら……。あなたも着いて行って、きちんとお仕事してくるのよ」
たしなめるように言うパメラに、キッキははーい、とご機嫌な返事を返す。
宿の仕事を疎かにせず、パンドラの地下迷宮の攻略に乗り出すため、ミヅキたちは二手に分かれて行動を開始しようと決めていた。
キッキが話役でエルトゥリンが荷運びを行い、二人でパンドラへ配達に向かう。
ミヅキとアイアノアは今後のパンドラ踏破に向けての準備をして、その後に早速の地下迷宮探検を小手調べに始める予定だ。
「うん、準備できた。キッキは荷台に乗ってていいよ」
「え、本当っ? うわーい、楽ちん楽ちん」
すっかりと兵士たちへの昼食の積載が終わり、日よけの布をかぶせるとエルトゥリンは荷車を引くハンドルの内側に立った。
一人で荷運びをするのが当然のようにエルトゥリンは言うと、その言葉に甘える気満々のキッキは荷車のへりに器用に腰掛ける。
娘のだらしない姿にパメラはまた大きなため息をつくものの、実際問題キッキくらいの少女の重量が一人分増えるくらい、エルトゥリンにとってはさしたる違いはないのだろう。
その様子を微笑ましく見て、アイアノアはミヅキに振り向いた。
「それではミヅキ様。兎にも角にも、ダンジョンに挑むには備えが大切です。お宿の仕事はキッキさんとエルトゥリンに任せて、私たちは街へと買い物に行きましょう。その後に北の街はずれでエルトゥリンと合流して、パンドラへ赴きましょうか」
「お、おう、わかった」
いよいよ始まろうとしている非日常の冒険に緊張して身体が強張る。
前人未到の巨大な地下迷宮への探索となれば、危険が伴うのはもちろん、これから本当にそんなことを実行するのかという現実感の無さを感じてしまう。
一瞬気持ちが揺れるが、もう後戻りするつもりはない。
「……ふぅ、とうとう本当に始まるのか。俺の異世界生活が……」
ぼそっと呟くミヅキは、こちらをじっと見つめて期待に胸膨らませるアイアノアの緑の目を見つめ返した。
清楚でおとなしそうなエルフの彼女だが、その瞳には地下迷宮へと挑み、使命を果たそうとする強い意志が満ち満ちている。
気がつけばアイアノアだけではなく、エルトゥリンも首だけで振り向いてこちらを見ていて、冒険出発への号令を今か今かと待っている様子だ。
妙な緊張感にミヅキは一つごほんと咳払い。
「あー、その、一応というか何というか、パンドラ踏破は俺の勇者としての使命な訳だし、やっぱり俺が色々と仕切ったほうがいいんだよな?」
「うふふっ、はい、是非そうして下さいませ」
冒険者の知識などからっきしのため、遠慮がちに言うミヅキにアイアノアは口許を手にやって微笑ましそうに笑う。
観念したミヅキは、はぁっ、と大きく息を吐いて、自分を鼓舞するため片手の拳を空に向かって突き上げ、張り上げた声で高らかに宣言した。
「よぉし! それじゃあ、俺の人生初となる記念すべき第一回目のダンジョン探検、張り切って始めるぞぉ! とりあえず、安全第一で無事に帰って来ることを目標としまーす! 家に帰るまでが遠足だから最後まで気を抜かないようにー!」
多分それは聞き慣れない冒険開始の号令だったのだろう。
アイアノアもエルトゥリンも一瞬きょとんとした顔をしていた。
キッキは遠慮無しに吹き出して笑い、パメラもほんわかと笑顔を浮かべていた。
ただ、言いたいことは伝わったようで、エルフ姉妹の二人は快い返事で応えた。
「はいっ、ミヅキ様! きっと使命を果たせるように邁進いたしましょう!」
「うん、私も頑張るから」
良い反応がもらえてミヅキは、へへっ、と照れ笑い、パメラに振り返った。
まずは地下迷宮へ挑む冒険の第一のミッション、彼女の宿、「冒険者と山猫亭」の借金返済のための金策をどうにか試みる。
「じゃあパメラさん、行ってきます。やるだけやってみますんで、ちょっと待たせるかもしれませんが、まぁ、やんわりと見守ってやって下さい。拾ってもらった恩返しができるように頑張ってきます!」
「ミヅキ、無理をしては駄目よ? ……その、借金のことはそこまでして背負ってもらわなくてもいいんだからね。パンドラは本当に危険なダンジョンよ。だから、気をつけていってらっしゃいね」
パメラは自然とミヅキの背中に手を回して抱き締めた。
顔を寄せて、息子を送り出す母親のように回した手にぎゅうと力を込める。
ミヅキより少し背が低く、密着した身体からは女性特有の柔らかさと、獣人ならではの引き締まった筋肉の固さが伝わってきて、ふさふさの毛の猫の耳はお日様の匂いがした。
何より、ミヅキの身を心から心配する気持ちがひしひしと伝わってきた。
すっと身体を離し、パメラは優しく微笑む。
「本当に、安全第一で無事に帰ってきてちょうだいね。家に帰るまでが遠足……。あまり聞かない言い回しだけど、とってもいい言葉だわ」
感慨深そうに頷くパメラは、こうした場面を何度も見てきたのだろう。
ダンジョンに挑む者たちの無事を祈り、送り出してきた。
それはミヅキたちに対しても同じなのだ。
「……俄然やる気が出てきましたよ。俺、パメラさんみたいな優しい人に保護してもらえて本気で良かったって思います。また、美味しいご飯をご馳走になりたいんで、ちゃんと帰ってこれるよう努力します!」
「ええ、丹精込めて料理をこしらえて、あなたたちの帰りを待っているわね」
力強くそう言うと、パメラも笑顔のまま答えた。
危険な地下迷宮への探検は全然現実感が無かったが、パメラからの心配と優しさは存分に心に染み入った。
長く母親の愛情に触れていなかったミヅキには、それは殊更心の奥まで響いた。
「じゃあ、行ってきます」
もう一度そう言い残し、ミヅキたちはパンドラの地下迷宮へと出発した。
ゆっくりと横に流れていく街並みの中、後ろから見送ってくれているパメラの姿を何度も振り向いて見ていた。
やがてパメラの姿が見えなくなり、正面に向き直るミヅキに荷車のへりに座るキッキが笑顔で言った。
「ミヅキ、あたしのママ、良いママだろー?」
「うん、美人で優しくて、料理がとびっきり上手くて、文句の付け所がないくらい素敵なひとだよ、パメラさんは」
「えへへ、そうだろー? だけど、だからって色目使ったら許さないからなー」
「わかってるよ。変な気は起こさないって」
ただ、ミヅキはもう見えなくなったパメラを後ろにもう一度振り返る。
そして、口には出すことなくため息混じりに心の中で思った。
もうそれはミヅキにとっては過去に失われてしまった切なる気持ち──。
望郷に思い焦がれる思慕の念であった。
──やっぱりこういうのは、ぐっとくるものがあるな……。帰りを心配して待っててくれる人がいるってのは本当にいいもんだ。地下迷宮の冒険やら、神様の武芸大会やら、女神様の試練から生きて帰るのは夕緋のためだって思ってたけど、多分きっと、それだけじゃあないんだろうな。
この歳になってもまだ母親の愛情を思い出して思いに耽るとは、まだまだ自分にも幼い部分が残っているものだと自嘲気味に苦笑した。
不思議そうに目を瞬かせるキッキをよそに、後ろ髪を引かれながらもミヅキたちはトリスの街の街路を北の広場へと向かうのであった。
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