東方より帰りました!

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01 酷いよ……

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五年ぶりに顔を合わせた彼は告げた。

「お前とは結婚しない。もう赤の他人だからな」

婚約者の――元婚約者の冷めた目を見て、レンヌ・ガラッシュはぽかんとした。

大陸最東端の港からふた月以上陸路を進み、昨日やっと帰国したところだった。
長旅を終えたレンヌに、彼は再会の挨拶ではなく別れの挨拶をした。



レンヌはフラれた。
理由は「五年も俺を放って外国で遊んでいたから」だそうだ。
留学先に送り出す際は「何があってもやり遂げろ。帰りを待ってるぞ」と言っていた彼なのに。
どうやら時の流れと共に彼のポリシーは変化してしまったらしい。

「ポリシー? そんな大層なものアイツに無いでしょ」

カフェのテラス席で呆れて見せたのは、親友のサオールだ。

「新しい女が出来ただけよ」
「そんな……、そっか。そんなものなんだね。――サオールの方は大丈夫?」

同じくつい最近まで西方に留学していた親友をレンヌは気遣う。
大陸中央に位置する帝国を挟み、東西から互いに手紙のやり取りをしていた。
サオールも三年間、祖国の婚約者と離れていた。
「多分ね」と彼女は素っ気なく答えた。

「相手七つも上の大人だもの。レンヌのトコとの違いはそこね」

レンヌの元婚約者は一つ上で、今春魔法兵学校に入学したばかりの十八歳だ。
十代の子供。移り気は仕方がない。
肩を落とすレンヌに、サオールは「男なんて余ってるわ」と言って励ました。

たっぷりと気落ちたレンヌは、次に困った。
子爵家の婚約者を失った事で後ろ盾が消えてしまった。

帰国後は彼が継ぐ予定の領地で融資を受け、商売をさせてもらう事になっていた。
レンヌの実家は騎士爵の一族で領地を持たない。帝都の外れにある小さな家が財産の全てだ。金銭的な余裕はない。
留学は、留学先からの招待で学費はかからなかった。
サオールみたく帝国立高等学院に戻る気は無い。
卒業証書なら留学先の学校からもう貰った。

自分も魔法兵学校に行ってしまおうか、という気持ちが膨らんで来た。
やりたかった事とは全く違うけれど一番お金がかからない。兵学校は全寮制で衣食住が保障されていて、しかも給料が出る。
試験は三ヶ月に一度行われる。

この入試が厄介かもしれない。
十五歳以上なら受験資格はあるし健康診断も筆記試験もきっとパス出来る。
肝心の魔法が微妙だ。

「きっとカビが生えてる」

些少ながら魔力は生まれつきある。
でも五年間一切鍛えていない。留学先には魔法が無かった。
感覚が遠く、使える気がしない。

この悩みはサオールと共有出来ない。西方は帝国並みに魔法研究が進んでいる。
大陸を東に行くほど魔法は未発達になる。

「受けるだけ受けてみれば? どうせタダよ」とサオールは気楽に言った。
受験無料が決め手となってレンヌは親友に同意した。

直近試験日までの半月間、自宅にサオールを呼んで少し勉強を見てもらった。
「さすが。筆記は楽勝ね」というお墨付きを得て一安心。
休憩の際、サオールが「近ごろ肩と腰が重い」と言ったので、

「整体試す?」
「何それ」
「東方で教わった技。整骨も出来るよ」
「神秘的ー」

施術後、サオールは大興奮した。

「今の私、羽だわ! このエステ最高!」
「整体ね」

以後、彼女は度々レンヌに施術を頼むようになった。



魔法兵学校の入試は、落ちた。
思った通り魔法実技が散々で模擬戦中、魔法火器がノーコン過ぎてオウンゴールを連発し味方を何人も殺した。
直接攻撃は論外。魔法の火が出せない。留学前まで使えていたのに。

長剣の扱いも重装備を担いでのマラソンも、魔法不使用の「普通兵学校」の平民男子に及ばない。
そもそも体力面で男子に劣る女子に軍隊は狭き門だ。魔法が使えて初めて男子と対等と見なされる。
制御不能の魔力に価値は無い。
ショックだった。
ここまで魔法がポンコツになっているとは想像していなかった。さすがに魔法火器は使えるだろうと思い込んでいた。家庭用ツールを使えるから。

例えばキッチンのコンロも軍用の火器も等しく火の魔法ツールだ。
けれど家庭用は誰でも使える親切設計になっている。何のセンスもスキルも、魔力も要らない。複雑な処理を内部メカが肩代わりする。それを失念していた。
やはり半月程度では魔力の感覚を取り戻せなかった。

「というかもう取り戻せない気が……」

残念会という名目で、サオールと大通りのカフェに集まっている。
優しくリッチな親友はメニュー表の上から順にスイーツをオーダーしてくれた。
はもはもとミルフィーユを頬張りながらレンヌは涙ぐんでいた。

「結婚もダメ商売もダメ軍隊もダメ。私には出来る事が何も無い……」

サオールは呆れた。

「悲観し過ぎ。もっと自分に自信持ちなさい、整体屋さん」

別に整体屋さんになりたいのではないレンヌは肩を落とす。

「貢献してない。国のお荷物だ……」
「お荷物ってのは犯罪者の事よ」
「どうしよう。――どこかに融資したくて堪らない大富豪いないかな?」
「いたとしてもレンヌみたいな小娘には融資しないって」
「だよね……。とにかくバイトは続けないと、親が心配しまくってる……」
「私が融資してあげられたら良いんだけど。私のポケットマネー、私が稼いだお金じゃないから勝手は出来ないのよね」
「友達からお金は借りないよ」

親友にまで心配をかけまくっている現状に、レンヌの肩は更に落ちた。
自分が情けない。
悲嘆に追い打ちをかける人物が、テラスの前を通りかかった。

「――お前、聞いたぞ。兵学校を受験したんだってな」

見知らぬ美女を左腕に引っ掛けているのは誰あろう元婚約者だ。
レンヌは固まり、サオールは「げえ」と顔を顰めた。
まだ真新しい兵学校の制服が眩しい未来の子爵殿も、顔を顰めた。

「俺を追いかけるとか勘弁しろよ。見っともない」
「ち、違うよ。お金のかからない進路だから」
「余計見っともないわ。魔法兵学校はエリート揃いなんだよ。お前なんかが来たら品位が下がる」

美女が「やだあ、貧乏人のストーカー?」と笑った。
透かさずサオールも「うるさーい」と笑った。美女でなく元婚約者の方を見る。

「アンタが見っともないのよ。婚約中に女作ってんじゃないわクズが」
「黙れ。どうせお前らも留学先で男を作ってたんだろうが!」
「一緒にしないで。クズクズクーズ」

しつこいクズコールに苛立ちながらも元婚約者は反発せず、新しい彼女を引っ立てて踵を返した。子爵令嬢のサオールは未来の伯爵夫人だ。極力相手にしたくない。
不満らしい美女が「もっと言い返しなよお」とか言っている。
立ち去る二人の背中を舌打ちで見送り、サオールは「言い返せるわけないでしょ。事実浮気なんだから」と吐き捨てた。

「ホント最低。あー良かった。あんなのとレンヌが結婚しなくて」

テーブルを振り返ったサオールの顔は、次にぎょっとなった。
レンヌはぼろぼろと涙を零していた。

「貧乏人のストーカーは酷いよ……」
「ばっか。気にしないの! クズの為に泣くんじゃない!」

叱咤しながらもサオールはレンヌの毛先が丸まった栗毛を何度も撫でた。
彼女はレンヌの髪質がいたくお気に入りで「仔犬みたい。ふわふわー」と言ってよく触りたがる。
今日は優しい手つきが余計に泣けて、レンヌは中々涙が止まらなかった。



バイトを終えてレンヌは家路に就く。
途中、歩道脇のゴミ箱に放られた新聞の号外が目に入った。

若き皇帝の十歳の第一子、皇太子が奇病にかかり重体らしい。
不幸中の幸いにして、宮廷占術師により既に解決策は判明している。

――「星獣の卵」が特効薬になる。

レンヌは「へえ、あれが薬になるんだ」と納得し、安堵した。
皇子様は直ぐに良くなるに違いない、と思った。





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