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09 プリンス&プリンセス候補 前
しおりを挟む翌週。
郵送された合格通知書と共に招待状が同封されていた。
次回、登城の際には夜会ドレス着用の事、とある。
開始時間も夕方からとなっている。
クレラは目を輝かせた。
「凄い。お城のパーティーに参加出来るんだ」
楽しいイベントが待っている。友人らとお酒を飲んでご馳走を食べるのだ。
早速セランとキャルメイユに宛てて手紙を書いた。
ドレスの相談をしたい。一緒に買い物に行きたい。
豪勢な事に、王宮が仕立てに必要な経費を負担してくれる。
「三人でドレスアップするの楽しみ。あ、やばい。私だけモデルしょぼい」
むしろドレスアップした二人を見たかった。
その日の内に届けられた速達に速達で返された。
二人して「明日出掛けよう」と言っている。
丁度試験前とあって学校の授業は半日で終わる。
火曜日の午後。
三人で高級服の老舗が集中する中心街へ出掛けた。
なんと――実につまらない事に二人は既にドレスの準備があると言う。
「お前のドレス選びを見物に来ただけだ」とセランは微笑んだ。
「わたくしが特別に見立てて差し上げます」とキャルメイユはつんと言った。
あれこれ服地を当てられて着せられて採寸されてクレラは疲弊した。
トレーンに憧れているクレラだったが「貴女では身長が足りませんでしょう」とキャルメイユから一刀両断にされてしまった。
それで、花のビーズ刺繍を施したシフォンのドレスに決定した。
二重生地の下が深い青色なので子供っぽくはならない。
シルクの生地を室内照明に翳してクレラは「なんかこれ……」と呟いた。
その先は口には出さなかった。
日曜日、夕方前。
仕立て上がったドレスを着用してクレラは城に向かった。
今日は高めのピンヒールを履き、首と耳にハイジュエリーを着けているので正門を過ぎても馬車から降りられない。
大人しく玄関まで進み、従僕の手を借りて上品というよりも慎重な足取りで降車した。
ヒールもジュエリーも王室からの贈り物だ。
完成したドレスと同じタイミングで家に届けられた。
念の為「借り物の間違いでは?」と問い合わせたところ「間違いなく贈り物です。返却しないで……」との回答があった。
パーティー会場のボールルームに向かうと、閉じた扉の前で軍服の礼装を纏ったルシヨンが待っていた。
黒地に金色のブトン(ボタン)、エポレット(肩章)、そして高いコル(襟)を飾るシェブロンパターン(山型の模様)が映える。
豪華な金のアイテムに全く引けを取らない、王国の宝である彼は笑みを湛え、長い肘を軽く折ってクレラを促した。
「うむ。今日は一段と愛らしいなクレラよ。そなたには知性の青がよく似合う」
「お、恐れ入ります。殿下はいつも以上に神々しく輝いておられて」
「世辞はよい。男の外見にさして価値など無い。白くきめの細かい肌の男を見ると私はゾッとするのだ」
「……お言葉を返すようですが殿下のお肌は大変美しく」
「よせよせ。気色が悪い。戦地に行ってガサガサに荒らさねばならんな」
この人は戦場を日焼けサロン代わりにしているのかな、とクレラはぼんやり考え、差し出された腕の隙間にそうっと指先を差し込む。
「……あの、他のお二人は」
哀れのような笑みを浮かべたルシヨンは、姿勢を正すと真っすぐ扉を向いた。
「もう察しておろう。――そなたが未来の王太子妃に決定したのだ」
左右の扉がゆっくりと大きな口を開いていく。
この先にあるのは試験会場じゃない。
お披露目の場だ。
巨大なシャンデリアが齎す光の洪水を前にしてクレラは息を呑んだ。
自分は出仕すると信じて疑わなかった――――のだけれど。
レッドカーペットの一本道が敷かれていた。
ルシヨンに導かれて内部に進むと、一斉に拍手が沸いた。
道の左右を国の重鎮たちが固めている。
人垣の中に軍服の礼装を纏った凛々しいセランと、深い緑色のドレスを纏った上品なキャルメイユが顔を揃えていた。
ショッピングの段階で二人は結果を知っていたのだ。
その証拠に王太子の瞳の色のドレス生地をチョイスしてくれた。
合格通知を受け取ったのがクレラだけだと知り、クレラに気を遣わせまいと黙っていた。月曜日の速達に即答しているから、二人の結果は面談したその日の内に出ていたのかもしれない。
クレラは、王太子の判断に反発するつもりは無い。
セランとキャルメイユもそうだろう。だからこの場に粛々と参じている。
ルシヨンはどんな決断でも下せるし、覆せる。
前代未聞の王太子妃チャレンジなんてものを開催してしまった。それ自体が彼の力の証だ。
疑問はあるしいまいち納得も出来ない。
それでもクレラはルシヨンに付き従う事を躊躇わない。
少なくともルシヨンへの忠義と尊敬は本物だ。
愛情はまだ分からない。
学校を終えて、クレラは迎えの馬車に乗り込んで王宮に向かう。
午後は王太子妃教育の時間だ。
意外にも習う事は多くない。ダンスのレパートリーを増やすとかそんな程度だ。
既にクレラの住まいは子爵家のタウンハウスから王宮に移った。王家の計らいで、下位貴族の娘を王宮暮らしに慣れさせてやるのが目的らしい。
国王からは「王太子と睦まじく。とくと理解せよ」と命じられた。
「――頼むぞクレラよ。ルシヨンの歩みの速さは尋常でない。奴の最大の欠点は周囲を置き去りにしてしまう事だ。それも無自覚の内に」
クレラには国王の危惧するところがよく分かった。
昼食後、音楽のレッスンを受けた。
女性教師から「貴女は音楽の聴き方が素敵」と褒められた。
一方演奏は「ピアノは抑揚が無くフルートは聴くに堪えない」との事。褒めるばかりでなく指摘してくれる彼女は良いコーチだ。しょんぼりさせられるけど。
レッスンを終えてティータイムをまったりと過ごす。
珍しくルシヨンが部屋にやって来た。
宝石のような輝く笑顔と共に、
「聴くに堪えんフルートが庭まで聴こえておった」
「……先生と重複するご感想なら間に合っております」
「しかしこう、応援する気持ちが湧いてきた。よい演奏だ」
「……ご不快にさせず何よりです」
ここが幼児向けの音楽教室なら多分、讃辞に成りえた。
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