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07 四人→三人

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放課後、クレラは城に足を向けた。
試験とは無関係だ。一般開放された王の庭を見物しに行った。

学校の庭も大規模で美しいが、背景に城が聳え立つ庭というのは独特な雰囲気を持つ。薔薇園は特に城の顔たる正門側にある為、敢えてきっちりと作り込まれていて優雅の一言に尽きる。
野草エリアはほのぼのとしていて、生い茂った雑木で優雅過ぎる白亜の王宮を上手くカモフラしている。
人工池の周りにはカップルや家族連れが歩いていて和やかだ。

和やかな雰囲気をぶち壊す相手と、クレラは遭遇した。
目の前に仁王立ちのダヴァルがいて、その背後にいつかも見た美女がいる。
「何よ。全然大した事ないじゃない。てか子供じゃない」と呟いている。意味が分からない。
彼女を首で振り返ったダヴァルが「お前のがイイ女なのにな。王太子はなんでこんな馬鹿ガキがいいんだろうな」と言ったので意味が分かった。

クレラは納得した。彼女も王太子妃チャレンジに参加していた。だからダヴァルはクレラに辞退しろと言った。
「彼女を差し置いてお前なんかが合格してるんじゃない」という意味だったのだ。
ダヴァルは言った。

「聞いたぞ。親父が婚約解消に応じたってな。――親父につまんねえ事吹き込みやがって。この俺がお前ごときにフラれるとか最悪じゃねえか」

クレラは妙に冷静に相手を見る事が出来た。

「ダヴァル様が私をフッてくださらないからです」
「お前さあ、あんまり調子に乗るなよ。魔法騎士団ってのは結構荒っぽい連中が多いんだ。同じ釜の飯を食った仲間を大事にする。きっと俺の為に動いてくれるぜ。俺が何を頼まなくてもな」
「どういう意味でしょうか」
「こわーいお友達がいるのはお前だけじゃないって事だよ、馬鹿」

軍隊は特殊な世界だ。同国の軍でも陸・海、部隊・部署ごとに全く異なる。
民間人には知りようがない。
同じように、ダヴァルだってクレラの世界を知らない。
なぜ自分だけが特別だと思う。みんな特別で違う世界に生きている。それを理解しない、する気がない。
ダヴァルは昔からそうだったし未だにそうだ。

美女がダヴァルの肩越しにクレラを見下ろした。

「ねえ、ちびのブス子ちゃん。どうやって試験に受かったの。コネ? 賄賂?」
「こいつの家には人脈も財力も大して無い」
「なら余計に不思議ねえ」
「俺が思うに、王太子って奴はロリコンのブス専なんだろうぜ」

きゃははは、と美女の笑い声が弾け、ダヴァルも笑った。
何事かという顔を向ける通行人らにクレラはぺこぺこと頭を下げる。この二人、うるさい自覚が無いらしい。
立ち話は迷惑になる。考えていると、きゃははは、と甲高い声が一つ増えた。

クレラは首で振り返り、目を丸めた。
アメリーだ。お淑やかな彼女が大声で笑えた事にクレラは仰天してしまう。
アメリーはクレラの肩に顎を載せるようにして、楽し気な目で男女を見比べた。

「あらあ。こちらがクレラ様に捨てられたお可哀そうな次男様なのですね」

ダヴァルは気色ばむ。

「お前、誰だよ」
「選ばれしファイナルフォーですの。あらあ、そちらの女性は敗者の方? んー確かにこのわたくしの敵では――うっふふふ。どうかお気を落とされませんよう。このわたくしが相手だったのですから負けても恥ではありません。うっふふふふ」

当たり前だが、侮辱を受けた美女は猪のように突進してきた。
クレラを押し退けてさっと半歩前に出たアメリーは片掌を突き出すと、相手の無防備な顎を打った。
ゴキッと物騒な音がして、美女は地面に崩れ落ちる。
「てめ」と言って今度はダヴァルが拳を振り上げた。
アメリーが蹴りを繰り出す方が早かった。脚気に一撃。ダヴァルは弾かれたように倒れ、喚いた。

瞬殺を目の当たりにしてクレラは呆気に取られるしかない。
アメリーは「うっふふ」を繰り返した。

「わたくし彫刻も嗜んでおりますから当然知り尽くしておりますの、人体というものをとくとね」
「す、すご……」
「セラン様ほどではありませんよ。彼女、指一本で心臓止められますからね。人でも獣でも」
「すご……」

騒ぎを聞きつけて衛兵らがやって来た。
「はあい。こちらでえす。被害者二名でえす」とアメリーが大きく腕を振る。
被害者とは倒れている二人、ではなく無論アメリーとクレラの事だ。



ダヴァルと美女は連行されていった。
二人には何かしらの処分が下されるらしい。
目撃者が多く「迷惑なカップルでした」という証言が集まったのでは分が悪い。

美女よりダヴァルが大問題だ。魔法騎士団の所属でありながら、民間人の女の子に殴りかかった。しかもアメリーは魔法を持たない。平民の弱者。相手が悪すぎた。
一応、彼らを挑発したアメリーは少しばかり叱られたけれど実質お咎めなし。

「当然ですわ。わたくし達はか弱い乙女です」
「…………」

か弱くも何ともなかったアメリーを知った後ではクレラは閉口するしかなかった。
今日もツナギ姿のアメリーは「インスピレーションを求めて」庭に来たと言う。

事情聴取の後、揃って庭を歩いたアメリーとクレラは、正門を出て徒歩十分のところにあるオープンテラスに腰を下ろした。
小さく赤い円卓に注文したカプチーノが置かれると、アメリーが口火を切った。

「クレラ様、わたくしは皆様とさよならする事に致します」
「え?」

飛び上がるほど驚いたクレラは、テーブルに上半身を半ばのり上げアメリーに額を寄せた。

「そんな。一体どうして」

選ばれしファイナルフォーとさっき言っていたではないか。
アメリーは淡い笑みを浮かべた。

「創作活動の為に海外へ行って参ります」

クレラは絶句と共に納得もしていた。
彼女は、誰よりも自由な精神と独自の世界を持つアーティストだ。縛り付ける事は出来ない。

「――わたくし保険のつもりで王太子妃チャレンジに参加いたしましたの。自分の才能を自分こそが信じていなかったのです。自信家を気取ってる癖して笑えますでしょう」
「そんな訳ありません。現に貴女は今日まで勝ち残ったじゃないですか」
「そう。自信がついたのです。先日、貴女が伯爵に直談判なさってるお姿を見物してたら、どういう訳か旅立つ決心がついてしまって。どうせ出仕の希望なんて出してませんしね」
「てっきり宮廷画家か彫刻家をご希望だとばかり」
「そんなもの、つまりませんわ。自分の好きに出来ませんもの」

言われてみれば、とクレラは心底納得した。
不意に心細くなった。
人数が少なくなっていたこのタイミングだから無性に寂しい。
折角知り合えた仲間なのに。
途方に暮れているクレラの顔を見て、アメリーはまた「うっふふ」だ。

「なにも永遠のお別れではありませんでしょう」
「そうですけど、でも」
「王太子妃になられればよろしいのですよ、クレラ様。権力とお金があればアーティスト一人城に招く事など造作もないのです。そうですわ。あの素敵なお庭に相応しい彫刻作品を作るようわたくしにお命じになって。とてもインスピレーションが湧いていますのよわたくし」

夢みたいなアメリーの提案が、クレラにはやけに魅力的と思えた。





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