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06 友人×三

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次の日曜日。
登城し、試験会場たる一階テラスに庭から通されてクレラは一瞬固まった。

自分を入れて四人しかいない。
そして天才少女のミラがいない。

「よ」と片手を挙げてみせたセランのもとへ足を向かわせながら、クレラは着席する。

四人で白い円卓を囲む。
卓の中央には果物の入ったガラスボウルとケーキスタンドが置かれ、手元には紅茶のカップが伏せられている。
カードゲームでも始まるかのような雰囲気だ。

残りの二人に会釈したクレラに、侯爵令嬢キャルメイユが瞼を細めた。

「貴女いつも最後ですわね」
「すみません。正門よりかなり手前で下車しているものですから」
「あら。お徒歩がお好きなのかしら」
「はい。散歩と競歩が」
「は?」
「緩急をつけて歩くのが良いと昔お医者様に教わったんです。筋力アップに必ずしも走る必要はないのだそうです。激しい運動は体に負担もかけるからと」
「……そうなんですの?」
「ぜひお試しください。凄く体が丈夫になります。五歳まで虚弱だったこの私が保証致します」

「あらあ」と目をパチパチとさせたのは豪商の娘アメリーだ。

「お体が弱かったのですか?」
「五歳までの記憶はほぼ天蓋です。刺繍糸の本数まで覚えています」

アメリーの「ふっふ」と同時にセランが「あっはは」と噴き出した。

「どんな柄だったかを覚えている、じゃないのが凄いな」
「暇で孤独で最悪の幼少期でしたよ」

キャルメイユの肩が僅かに揺れ、く、と喉の奥が鳴った。どうも笑いを呑み込んだらしかった。

試験官らが侍女らを伴って来た。
侍女は紅茶の準備をしている。
肩までの長髪に眼鏡をかけた試験官が告げた。

「では、ここにいる四名の皆様にて連想ゲームを始めて頂きます」

「はい」とセランが片手を挙げて割り込む。

「他の連中は落ちたんですか? ミラって奴とか」

試験官らは互いに目配せする。片方が「構うまい」と首で頷き、円卓の令嬢らを見た。

「ミラ嬢含め、半数の方はこちらで落としたのではなく辞退されました」

四人同時に目を丸める。
何か察したようで、キャルメイユが「ああ」と細い顎に手を添えた。

「出仕を選び取った、という事なのでしょうね」

ああ、と三人も納得した。



連想ゲームを終え、各々帰り支度を始める。
それぞれに得意分野が異なるからか、誰も一人勝ちも負けもしなかった。
席から立ち上がったクレラは広大な王の庭を横目にして、立ち去るところの試験官の背中を呼び止めた。

「少しお庭を見て帰ってもいいですか」
「どうぞ。薔薇園と野草のエリアは今後一般開放される予定ですので」
「それは嬉しいですね。どうも」

他の三人を誘ってみる。
アメリーは「学校に戻って卒業制作を仕上げないといけない」と言って首を横に振り、セランは「学校に戻って馬の世話をしないといけない」と言って同じく首を横に振った。
「構いませんわ」と応じてくれたのはキャルメイユだった。

二人はまず迷路のような薔薇園をのんびりと歩き、人工池を囲んだ野草エリアを早足で歩く。
「ちょ、これ、きっつ」とキャルメイユが脇腹を押さえている。
歩くスピードを緩めて、クレラはキャルメイユを振り返った。

「ね、結構息あがるでしょう」
「高が歩きと侮りましたわ。全くもう。ドレスなんて着て来るんじゃありませんでしたわ」

まさか早足で庭を巡るなんてこと予測出来なかったのだから仕方がない。
今日も律儀にドレス着用だったのはキャルメイユだけだ。
クレラは学校指定の制服で、セランは士官の軍服で、アメリーはなんとツナギと呼ばれるワークウェアを身に着けていた。
毎度ユニフォーム姿のクレラとセランを見て「服装は審査の対象ではない」と悟ったのだそうだ。
キャルメイユも同じ感想を抱いたそうだが「生憎ドレスしか持っていない」とのことだった。

高貴なるキャルメイユにベンチを勧めたクレラは、彼女と並んで腰掛ける。
ひと休みする間に訊いてみた。

「キャルメイユ様は出仕のご希望はどちらに?」
「外務省にしましたわ。話すだけなら六ヶ国語ほど出来ますので」
「語学のスペシャリストですね」
「……一族の誰もいないのが外務省しかないんですの」

瞬いたクレラにキャルメイユはチラリと一瞥を寄越した。

「昇進する度にコネだの贔屓だのって言われるの、腹立ちますから」

彼女は、自力で勝ち上がったという実績を欲していた。高位貴族に生まれた者特有の贅沢な悩みだ。有能と自信の裏返しでもある。
実力は証明された。キャルメイユはここにいて彼女の一族は誰もいない。
クレラは膝に揃え置いた両の手を握り締めた。

「あの、キャルメイユ様にご相談がありまして」

婚約解消について切り出した。
クレラの話を一通り聞いた後、キャルメイユは静かに言った。

「貴女のご両親は懸命な判断をなさいました。もし解消なんて申し出を子爵からしていたら伯爵は面子を潰されたとお怒りになったことでしょう。子爵家はペシャンコにされていたに違いありませんわ」
「そうですか……」
「表向きには貴女を応援しているようですけど、伯爵は本気で貴女が王太子妃に選ばれるとは思っていません。単純に、息子の未来の妻が良い成績を残したことを喜んでいるだけ。ご自身の為に喜んでいるに過ぎないのです」

だから、と彼女は続けた。

「伯爵に婚約の解消を願い出るおつもりなのであれば、わたくしを伴って伯爵邸にお行きなさい」
「え?」
「こわーいお友達がいる、ととくと見せ付けるのです。わたくしの在学中の渾名をご存じない?」
「いいえ。すみません」
「悪役令嬢ですの」

クレラはぽかんとし、キャルメイユはにやっと笑んだ。



翌週。
月曜日の朝の恒例、合格通知の確認もそこそこにクレラは登校した。

学校を終えるや馬車の待つ正門へと急いだ。
優雅な車体はキャルメイユの寄越した馬車だ。
行き先は伯爵家のタウンハウス。婚約解消について伯爵に直談判する。

車内には何故かキャルメイユだけでなく、セランとアメリーまで乗り合わせていた。クレラに付き添うつもりらしい。

「ライバルが減るのを後押しするだけです」とキャルメイユはつんと言い張った。
「右に同じです。そして野次馬です」とアメリーはにっこり笑った。
「乱闘になったら助太刀するぞ」とセランはあっけらかんと笑った。

結果としてこわーいお友達と乗り込んだのが良かった。
クレラの話を聞き終え、伯爵は「……君の気持ちはよく分かった」と頷いた。

「しかしだね、我々貴族というのは時として――」

切り返した伯爵に、透かさずキャルメイユも切り返した。

「浮気が最低、という認識は貴族であれ平民であれ同じでは?」
「う、む……」
「伯爵にはお嬢様がいらっしゃいますよね。姪御様もいらっしゃいます。もし彼女たちの夫なり恋人なりが浮気をしていて、それに耐え忍んでいるとしたらいかがですか。伯爵ご自身は耐え忍んでいられますか?」
「…………」

伯爵は軽く息を吐き、クレラを見た。

「君の好きにしたまえ。私は何もしない。敵対もしないし味方もしない」
「それで結構です。有難うございます」
「……いずれ君は出仕する。息子に頼らずとも自立して生きていける。息子ごとき君が耐え忍ぶ必要も価値も無い。チャレンジを通じて君は素晴らしい独力を持つと証明したのだ」
「いえ、全てが独力ではありません。友人に恵まれました」

伯爵の首が左右に動く。

「友人に恵まれること、それ自体が才能なんだよ」

思わず黙ったクレラの肩を、ソファーに並んで座る左右の肩が交互にぶつかってぐらぐらと揺らした。
キャルメイユは唇の端で笑み、セランはにやりだ。椅子の端でアメリーは退屈そうに欠伸を噛み殺している。話に飽きてきたようだ。

クレラは苦笑した。
才能かどうかは分からないが幸運だったのは間違いない。

試験が終わるよりも前に婚約解消が叶った。





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