獣人閣下の求愛、行き違う

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21 獣耳ズ

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ミアンは教室の隅っこに座り込んでスケッチブックを開いていた。
青と緑と白と茶と黒のクレヨンを使い分けてビッティ島を描いている。

「ままうえの、しま」

そこへ女児と男児の二人組がやって来た。
熊の耳をくっ付けた大柄な兄妹で時々ミアンに構う。ミアンは頼んでいない。
傍らに座った兄妹の兄が言った。

「またへんなえかいてる、こいつ」

妹が言った。

「うみ? ふね、くろいねえ」

船じゃない。島だ。思っただけでミアンは兄妹を無視した。
「やっぱこいつへん」と兄は笑う。意味不明だ。
「かわいそうだよ」と妹が兄を窘めた。意味不明だ。

「ぱぱいなくて、ミィくんかわいそうなの。わらうのだめ」

ミアンは妹を首で振り返った。
急に目が合ってきょとんとなった相手の肩を、片手でどんと押した。
背中からひっくり返った熊の耳が、ごいん、と床に落ちた。
数秒間溜めた後、妹はわああっと泣き始めた。
兄が「せんせええ」と駆けて行った。

ミアンはスケッチブックに向き戻った。



「――というような事がありまして。でもご安心ください。女の子の後頭部は大丈夫です。さすが熊さんは頑丈です。被害者本人はすっかり忘れて元気に走り回ってますし、親御さんも子供同士のケンカですのでー、と笑っておられ謝罪は特に結構との事です」

保育士の報告を受け、ルルエはひたすら頭を下げ続けた。
その間ミアンはルルエのスカートの裾を掴んだまま明後日の方角を見ていた。

保育士と別れ、園を後にする。
ミアンの手を引きながらルルエは嘆息した。

「どんとかダメだよ、ミィくん」

ミアンは猫のように欠伸をする。
再度ルルエは嘆息し、こんな事の後だがミアンに告げた。

「ええとねミィくん。今日はお家と違うお宅でご飯食べるからね」
「んみ?」

ミアンが瞬いている内に馬車の前に着いた。
御者がドアを開く。ルルエはミアンの後ろから両腕を回してひょいと抱き上げた。

「はい、乗りまあす」
「まあす」

母の語尾を真似たミアンは乗り込んだ先で目を丸めた。
シートの向かい側に大きな身体が座っている。
ミアンは首を傾げた。

「だれ」

ミアンを膝の上に載せてシートに腰を落ち着けたルルエは「この人はね、ええとね」と悩んだ末にこう紹介した。

「ぱぱうえ、かな」

ミアンは「んみ」と膝で跳ね、両の獣耳と尻尾をピコンと直立させた。
レクシーは「まんま猫だな」と呟いて二歳児をまじまじと観察した。



領主邸にディナーの席が設けられた。
本来の住人である代官レベックはどうしたのかとルルエが問うと、レクシーは「急病だ」と素っ気なく教えた。

「二度と戻ってこない」
「不治の病?」
「そんなところだ」

元気そうに見えたのに、とルルエは首を傾げつつナイフとフォークを操った。
食卓には三人しかいないのでマナーはそこまで気にしなくていい。

ルルエは自分の食事の合間にミアンにも手を貸す。
高価な銀食器は重く、幼児の握力には辛いのでデザート用を使っている。

「刺すより載せるといいよ、ミィくん」
「んみ」
「それ辛いからミィくんはまだやめておこう。これ甘いよ」
「んみ」

隣り合う母子のやり取りを眺めていたレクシーは呟くように言った。

「ちびは大変なんだな……」
「そうでも。日々出来る事が増えてくから面白いよ」
「凄いんだな……」

ぼんやりして見えるレクシーにルルエは笑った。

「ならレクシーもこの子に色々教えてあげて」
「俺に教えられる事とかあるか?」
「あるよ。海とか船とか、図形とか」

レクシーは瞬くと、少しテーブルに載り出すようになってルルエに詰め寄った。

「いいのか、俺が教えても」
「ぜひ私の苦手分野をカバーして」

微笑んで見せたルルエに、一瞬だけレクシーの目元が歪んだ。

「そうか。なら――おいちび。この紙ナプキンで船を折ってやるぞ」
「んみ」

椅子で跳ねたミアンの肩をどうどうと抑え付けてルルエは苦笑した。

「それは食べ終わってからにして」

ミアンは「んみ」と、レクシーは「ん」と頷いた。
ピコッと揺れた二人の耳が完全にシンクロしていて、ルルエは噴き出した。



眠りこけたミアンを抱いてルルエは帰路に就く。
岬にあるという母子の住処が見たいと言ってレクシーも馬車に乗り込んだ。

「何も、困ってないか」
「今のところはね。――あ、そうだ。外国人家庭の光熱費とか上げるの止めて」
「なんだそれは。そんな取り決めは無いぞ」
「言われたよ。お報せの封書も来た」

ルルエはトートバッグから通知を取り出して「ほら」とレクシーに見せる。
紙を手にした途端、レクシーは表情を消した。

「偽造だ。気にするな」
「でもレベックさんがね」
「急病人は永遠に戻らん。忘れろ」

封書を破り捨てて、ふと代官の黒い噂を思い出した。

「お前、あの代官に何もされてないだろうな」
「別に何もないよ。ただ服の下が気になるって言われただけ」
「――そうか」

レクシーは殺意を堪える為に瞑目した。
レベックを調べる内にパワハラだのセクハラだのの被害報告が出てきた。しかもどの被害届も上に上がる前に揉み消されていた。
次はいよいよ本人に消えてもらおうと思う。

借家の前に馬車が到着した。
颯爽と降車したレクシーはルルエから手荷物然とした幼獣を片手で受け取り、もう片方の手で彼女の降車を助ける。

玄関ポーチまでの短い距離を歩いて、先にドアに着いたルルエは手早く鍵を開けてレクシーを振り返った。
両腕を前に出して手荷物もとい幼獣を催促する。

「有難う。ご飯ご馳走様」
「ああ」

慎重な手つきで子供を渡しながら、レクシーはルルエの金髪がすぐ眼下に迫っていてドキリとした。
覚えのある甘い香りが鼻腔を擽った。相変わらず花のようなルルエの魅力にくらりとする。

こちらを見上げたルルエと至近距離で視線が交差し、咄嗟に顔を逸らして体を離した。
マズイと思った。ここで迫るようではレベックと同類だ。

「――、じゃあな」
「うん」

さっと踵を返して馬車に早足を向かわせる。
門扉の前で一度立ち止まり、母子を振り返った。

「また、会いに来ていいか」

ルルエの唇に笑みが浮かんだ。

「うん。またね」

強張っていたレクシーの頬が緩んだ。





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