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20 ドーンとウォーりー
しおりを挟むクルーザーで沖に出た代官レベックは、白いデッキチェアにゆったりと腰掛けて美味い酒を嗜んでいた。
平日の昼間ではあるがミュクシウ公爵家から遣わされてきたレベックに「仕事しろよ」などと苦言を呈する者は島にいない。
彼は上機嫌だった。
任期中に島で大発見があった。勿論レベックの手柄になる。
発見者は若く美しい人間のシングルマザーだ。
初めて見た時から、レベックは彼女の服の下が気になって仕方がない。
ぜひビキニ姿になって膝に跨って欲しい。
前任からの妙な引継ぎ事項を思い出す。
彼女について、島に問い合わせが来ても知らぬ存ぜぬを貫けと言う。
今となっては無意味。既に本土の新聞に彼女の名はバーンと載ったそうだ。
レベックはヴェルモットのグラスを口元に運ぶ。
御しやすそうに見えて強情な女の顔を思い浮かべ、うっそりと笑んだ。
慌てる事は無い。
大発見の功労者とはいえ所詮は島外の人間。名誉は得られても金銭は得られない。
じわじわ仕留めよう。
「先日の拒絶の仕置きとしてまずは水道料金をドーンと爆上げにして――」
次にはドーンと爆上げになった、海面が。
爆音と共に海が沸騰し、天高く噴き上がった巨大な水柱によってレベックの視界は真っ白に覆われた。
「は、はああ?」
呆けている場合ではない。
爆撃だと気付いたレベックはデッキチェアから転がり落ちた。
こう思った。
「せ、――戦争!」では無い事を彼は間もなく知る。
激震に揺れるクルーザー内でクルーたちが右往左往する中、白い水飛沫が海面にばさばさと落ちていき視界が開けていった。
水平線の向こうに巨大な船影が浮かんでいた。
レベックの口がまた「はああ?」と呆けた声を出す。
よく見てみればあれは自国の艦だ。味方なのだ。
「まさか誤爆か。ふざっけるなよ! 無能な軍人どもめ」
船影が近付いて来た。
文句を言ってやらなければならないのでレベックは怒り心頭で船を待ち受けた。
巨大な軍艦がクルーザーの船尾にどっしりと船体を寄せて停止する。
すると船縁に長身のシルエットが踏み上がって、仁王立ちになった。
逆光の顔が鋭い声を発した。
「――公爵家代官レベック・ヴェロミリスだな」
偉そうに見下している相手にレベックは顔を顰めた。
なんと無礼な。やらかしたのはそっちだろうが、と思った。
見上げる首が痛い事もあって一層苛立った。
「いかにも。貴殿ら、この私の船に向けて砲を撃ちましたね。とんだ失態ですよ。軍本部にきっちり抗議しますのでお覚悟を」
逆光の顔の中に亀裂が浮かんだ。どうも彼は笑っているらしい。
「馬鹿が、誤爆と思ったか」
「――は?」
逆光で眩んでいたレベックの目が段々と慣れてきた。
若い海軍士官の輪郭が見えて来る。
階級章を認め「あれ?」と瞬いた。ただの士官じゃない。大物だ。
気のせいか、彼が手にしている巨大な槍に見覚えがある。海神のトライデント。王家の武器だ。教科書にも載っている。
ヤバい魔法を籠めてあれを海に振るうと、未開発の国が行っているダイナマイト漁をもっとヤバくした感じの現象が起こる。
トライデントを使いこなせる海軍軍人は今現在一人しかいない。
訊きたくないが訊くしかない。レベックは恐る恐る切り出した。
「……あのう、そちらさんの所属を教えて頂けますかね」
及び腰のレベックに彼は簡単に答えた。
「こちらは南海機動部隊のミュクシウ隊司令だ」
レベックの頭が真っ白になった。
さっきのは砲撃ではなくヤバいダイナマイト漁だった。
詰んだ……。
約束の時間の十分前にルルエは領主邸に到着した。
今頃ミアンは他の幼獣らとドッジボールとかしているのだろうか。
サクッと用事を済ませて迎えに行こう。
呼び鈴の後出てきた使用人に続いて、ルルエはそそくさと歩いた。
いつかも通された応接間ではなく執務室に案内される。
半分開かれた両開きのドアを示され、ルルエは不安顔を使用人に向けた。
「あの、ドアは開けたままでお願いします」
「そのように致します」
一礼と共に若い使用人はあっさりと下がっていく。
機敏な動きが軍人のようだ。
一人廊下に残されたルルエは、嫌々ドアを潜り面会相手に声を掛けた。
「どうも。レベックさん?」
部屋の奥の窓辺に後ろ姿が立っていた。
姿勢が良い。またも軍人のようだ。
鍛えられた肉体にかっちりとした制服制帽を纏った長身は、明らかにひ弱な文官風のレベックのものではない。
「え、どちら様」
相手が振り返ってルルエは声を失った。
驚愕するルルエを静かに見詰めたまま、レクシーはゆっくりと歩み寄って来た。
「ルルエ」
懐かしい呼び声を耳にしてルルエの胸が震える。
唇が戦慄いた。疑問が多過ぎて何から言えばいいのか分からない。
何でいるの、とそればかりが頭を占めた。
「レ、――」
ルルエの目前まで迫った途端、レクシーが跪いた。
深く項垂れてルルエの爪先を注視している。
呻くように彼は告げた。
「すまなかった、ルルエ」
ルルエにはもう何が何だか分からない。
レクシーは俯いたまま、呆気に取られるしかないルルエに言う。
「俺は浅はかで、お前を見失った」
「レクシー?」
「決めつけずにもっとお前と話をしていれば多くの事を気付けた。――許されるとは思っていない。勝手に会いに来て不愉快だろう。本当にすまない。だが俺はどうしてもお前に詫びねば気が済まなかった。いや、単にお前に会いたかった。この三年お前を捜していた。お前に会いたくて気が狂いそうだった」
一方的な懺悔にルルエはおろおろした。
意味なく両手で仰ぐ。
「あの、とりあえず立ってよレクシー」
「俺は許されない男だ。それでもお前にもう一度言いたい。無駄を承知で言わせて欲しい」
「ねえ、話しなら椅子に座って――」
レクシーは顔を上げ、ルルエを仰いだ。
「お前が好きだ、ルルエ。結婚してくれ」
ルルエはぽかんと目と口を丸くして、やがてふわっと頬を紅潮させた。
落ち着きなく視線を彷徨わせてレクシーの直視から逃げる。
「あの、私」
ルルエの困惑を見て取り、レクシーはまた項垂れた。
「やはり迷惑だな」
「いや、いや、あの」
ルルエの慌てぶりはレクシーに不吉な予感をさせた。
「既に結婚しているのか」
「え、ええ?」
思いも寄らない推察にルルエは驚く。
ルルエの指にさっと目を走らせ、レクシーはまた項垂れた。
「指輪が無いからと期待してしまった。どこまでも身勝手で愚かだな俺は」
ルルエはやっと落ち着いて来た。
意味不明の状況には違いないが、間違いは正しておく。
「結婚してない」
パッとレクシーの顔が上がる。制服の下で白い尾がひゅるんと揺れた。
ルルエは真実を言わねばならなかった。
「でね、子供がいる」
思った通りレクシーは瞠目した。
けれどルルエが先を続ける前に彼は動じるのを止め、覚悟を固めた。
「お前が許してくれるなら俺の子供として世話をさせて欲しい」
およそ無意味な覚悟にルルエはきょとんとした。
一拍遅れで思い至った。彼の勘違いは無理もない。
「いやだから俺の子供だよ」
「――――、ん?」
「いやだから」
勘違いが正されるや、レクシーは驚愕で硬直した。
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