親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

文字の大きさ
上 下
15 / 73
ムー大陸編

02ムー大陸事前調査2

しおりを挟む
 神谷が料理を終えてリビングの様子を窺うと、アルハザードは先程と変わらない体制で本を読みふけっていた。唯、最初に手にした本はすでに読み終えたらしく脇に置かれ、二冊目に取りかかっていた。この魔人は速読もできるのか?

「これくらいの本は三十分もあれば読めてしまうよ。それが速読と言うのなら、速読かな」

 速読ではなく普通に読んでこの速度で読めてしまうらしい。

「へぇー、普通ではない読み方なんてあるのかい」

「うん、一つのページを映像のように記憶しながら、読む方法だよ」

「それは修練でできるようになるのかい」

「訓練さえすれば誰でもできるらしいよ」

「じゃあ、僕もその訓練をやってみようかな」

 それだけ速く読む能力があるのなら、その必要はないのではないか。

「そうだね、普通でいいかな」

 いや、充分普通ではないと思う。

「料理ができたけど、運ぼうか」

「うん、いいよ。このテーブルに並べて食べようよ」
 一人暮らしの神谷のリビングに置かれているガラス面のテーブルは必要最小限の大きさしかないため、二人分の鰤の照り焼きとほうれん草のおひたし、どんぶり御飯と味噌汁を並べただけで隙間がなくなってしまった。

 アルハザードのためにフォークを出そうとすると「僕も箸で大丈夫だよ」後ろから声をかけられた。
「えっ、君は箸が使えるのかい」
「使ったことはないけど、多分大丈夫だよ」

 二人はす向かいに並んで食事をしながら話を聞くことにした。

「神谷、この箸という物を使って見せてくれないか」

 神谷がほうれん草を箸でつまむと、アルハザードが器用にそれを真似た。

「上手いもんだね」

「これは魔術じゃないよ、生まれつき手先は器用なのさ」

「ところで、ムー大陸の情報はどのくらい分かったの」

「うん、今の太平洋の中央に東西八千㎞、南北五千㎞の巨大な大陸で、今から一万二千年ほど前に一夜にして海に沈んだらしいよ。その時の島の人口はおよそ六千四百万人、ラ・ムーという国王が統治していたらしいね」

 アルハザードがほうれん草を鰤の切り身に乗せて頬張った。

「なんでその島は沈んでしまったの」

「そこまではわからない」

「それだけの大陸が一夜にして沈んでしまうなんてことあるのかな」

 神谷の問いかけにアルハザードがクスリと笑った。

「この世に起こりえないことなど何もない」

「それは君の経験値かい」

「いや、こいつの言葉だよ」

 アルハザードが脇で体を丸めて横たわっている黒猫を箸先で指した。

「もっとも、こいつらが起こしていると言った方が正しいけどね」

「分かったのはそれだけかい」

「うん、大陸は十の国に分かれていたらしいとか、細かいことは色々と書いてあったけど、沈んでしまった島のことだから、全ては憶測だね」

「その偉い神様は教えてくれないの?」

 神谷が黒猫を見た。

「前にも言ったろう、こいつらは我がままで気まぐれなのさ。教えてなんてくれないよ、自分の目で確かめてこいって言ってるよ」

「ふーん」

 自分の分のおかずと御飯を食べ終えたアルハザードがテーブルに箸を置いて神谷の方へ向き直った。

「また、お願いしたいんだが」

「あそこでギターを弾くの」

「そう、そしてムー大陸へも一緒に行って欲しいんだ」

「えっ、僕もムー大陸に行くのかい、一万二千年も溯って」

「そうだよ、神谷がいるとこいつの機嫌がいいんだ、大丈夫きっと無事に帰ってこられるから」

  アルハザードが「きっと」のところを強調するように、ゆっくりと言ったが、神谷には「多分」と聞こえてならなかった。

「一万二千年も昔に何があるか分からないじゃない、そこに住んでいる人だってきっと僕たちとは違う常識で生きているだろうし」

「神谷と違う常識で生きている人間は、現代でもアフリカあたりに行けば、いくらでもいるよ。それを考えれば一万二千年前の大陸なんかどぉってことないと思うけど」

 確かにそのとおりかもしれない。現に千三百年前のアラブの魔人と鰤の照り焼きを一緒に食べていること自体、かなり普通ではない状況なのだから。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...