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第二章
休肝日には小説を
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休肝日の持て余す時間を価値のある時間にしようと、あれこれ調べてみた。ツイッターで、ある物理学の先生がウェブ小説の賞「第2回日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト」、略して「さなコン2」に応募するとのことをつぶやいているのをみた。小さな小説というのがいいね。もともと小説と小がついてるのに、さらに小さくなるのか。公募には縛りがあり、ある特定の文章を、小説の冒頭か、文末に入れなければならない。こういうお題があるほうが書きやすいのかな。ちょっと書いてみようかなと思い立った。
小さなコンテストということで、短いショートショートみたいなのを思いつき、あまり使わないノートパソコンを引っ張り出して居間のテーブルがわりのコタツにしつらえる。ネットなどは通常はスマホで事足りるので、パソコンはあまり使わなくなっている。小説を書くなら大きいモニタの方がいいだろう。で、ノートパソコンをいじくりだした。
「何が始まるの」明美はいぶかしがる。
俺はパソコンでメモ帳を立ち上げ、その前でうなった。しかしツイッターの文字の量くらいのしか書けない。小さいといってもいくらなんでも短すぎる。これは小説とは言えないかなあ。
「これは小説というより小話ね」明美はモニタを覗き込み、正当な評価を下した。
物は試しとその小話を「さなコン2」を開催しているインターネットのサイトに投稿してみる。サイトでの投稿はすぐ反応がある。アクセス数もわかる。インタラクティブなところがいい。サイトの他の作品を見てみると「さなコン2」の投稿作は他の投稿作に比べて人気がない。そのサイトで人気があるのは、このところウェブ小説で人気の、長いタイトルが特徴的な異世界転生ファンタジーや、百合もの、二次創作もののようだ。
「さなコン2」の締切は6月5日。締切まで後半月ある。一次選考が終わるのはその一カ月後くらいとのこと。「さなコン2」は10000字以下の短編という条件。下限はないが、俺の初回応募作は短すぎて短編小説とはいえないだろう。「作」なんていうのもおこがましい。小説というよりあらすじだな。しかし、このストーリーはこの文字数で伝えられる。伝えられるんだからそれ以上のものは必要なんだろうか。普通は色々肉付けして長くするのだろうが、俺には水増しのようにも思える。でもあらすじではそっけない。あらすじに水増しではない何かを足していくと小説になるんだろうか。俺にはその「何か」が分からない。小説とは細部に宿るものなのか。その何かを探しに1000字以上は目指してみるか。
「さなコン2」には一人複数作を応募できる。俺は初回応募作より長いやつを書きたいと思った。
長い文章を書くには。
本屋にいって小説指南の本を何冊か買ってみて読んでみる。
小説の構成には起承転結や三幕構成というのがあり、本編を描く前にまずはプロットというのを作るらしい。
プロットとはあらすじのようなものか。
ふと思いついて、紙のカードに書いて書き溜まったらあれこれパズルのように組合わそうかと思った。が、カードの管理やら作業の場所、手書きメモをパソコンに再入力する時間も無駄なような気もする。これらを考えるととても億劫だ。
こんな時はテクノロジーの力を借りるか。そういうストーリーを作れるれるようなアプリはないものか調べると、アウトラインプロセッサなるものがいくつかあった。
その中に、まるで付箋のように断片的に書き散らしたものをパズルのようにあちらこちらに移動し組み合わせながらプロットを組み立てられるアプリがあるのを知る。これはスマホアプリであるが、パソコンのウェブアプリ版もあり、クラウドにデータを保管できるので、スマホとパソコンでの作業が連動できる。プロットは「起承転結」から展開できるようになっている。アプリは無料だが、有料にすると「三幕構成」が設定できたり、ほかにも自由に構成を設定できるという。とりあえず無料で試してみるか。
俺は家での執筆に加え、通勤時間を使い、そのスマホアプリに小説のネタを思いつくまま書き溜めた。構成はアプリの機能で後でいかようにでも組み合わせられると思うとので気楽にできた。
俺は文章を書くときには、時系列順ではなく、思いついたところから虫食い的に書き散らすのが書きやすい。なのでWindowsのメモ帳やワードなどのようなソフトだと、巻物のようにスクロールしながら行ったり来たり。短いショートショートみたいなものでも画面をこすってスクロールしてあっちこっち行くのが煩わしい。これが千や万の単位の文字数となると何メートルスクロールすることになるのだ。このスクロールしてあっちこっち入力箇所、修正箇所探すのって人生の無駄遣いだ。でも考えてみると俺は酒で人生の無駄遣いしてたんだよなあ。
試行錯誤の上プロットを作った。アプリにはプロット作成に加え、本文を書くフェーズがあるのだがパートを分けて書くことができ、パートは入れ替えが自由だ。任意で本文をパートに分割できるためスクロールも最小限で済む。
プロットの断片はある程度書きこんである。そのまま本編にできそう。プロットの断片を集めて3000字あまり。自分史上最長の文字量だ。この量なら短編とは行かないまでもショートショートとは言えるだろう。これを本文のフェーズにうつして整えるだけで完成できそうだ。ただし、あらすじから小説に昇華する「何か」は見つからなかった。でも再度「さなコン2」に応募した。
戯れに書いた短い小説の執筆中、結構酒を飲みたい気持ちを紛らわせたのでもう少し何か書いてみるかと考えた。せっかくだから何かの賞に応募してもいいか。休肝日を持続するためにも目標は欲しい。こうなると大袈裟だが小説と酒との戦いだな。
公募の新人賞は出版を目的とするのか、本一冊分の分量が必要なことが多い。例えば江戸川乱歩賞で400字詰め原稿用紙350枚から550枚。文字数にすると14万字から22万字。3000字でひいひいうなって書き上げたのだから、この分量は俺には多すぎる。
1万字くらいの短編小説の公募はないものか。本一冊分では俺の手に余る。
明美が女子会と称する会に出かけた日曜日。俺は気になっていた映画「シン・ウルトラマン」を見に浦和にでかけた。初回をみたが、終わったのは午後一時。腹が減ったのでラーメンでも食べようと思ったが、浦和駅周辺ではラーメン屋を見つけることは出来なかった。浦和はラーメン人気ないのか。
帰りの電車、アプリでプロットを入力していたら、熱中していたのか、乗り換え駅を乗り過ごして蕨にまで行ってしまった。
地元に戻り北朝霞駅から降りる。駅近くに味噌ラーメンの専門店があったな。向かうと吉村氏から聞いたジャズバー「停車場」が入ったビルが目に入る。なんだ、そのビルの一階にあるのが件の味噌ラーメン屋さんじゃないか。おれは今気がついた。足を向ける。そこで腹ごしらえして、喫茶「ルビー」に入って様子を伺うとするか。「停車場」のあるビルの2階。「停車場」の看板と黒人がウッドベースを弾いている人形があった。その隣にある「ルビー」と書かれた店に久々に入る。マスターらしき若い男性が、二人組の女性に接客している。懐かしのインベーダーゲームみたいなテーブル型のゲーム機がある。「一人」といって入ろうとするとマスターらしき若い男性が「ここは土日ルビーじゃないんですよ」ええっ、看板から何から「ルビー」そのものじゃないか。まあコーヒーでもと思ったが……。
「ハンバーガーとかそんなの出しているんで」
味噌ラーメン食べたばかりなのでここは遠慮しておくか。この店は「ルビー」かと思ったら「ルビー」では無かった。しかし平日は「ルビー」みたいだ。「ジョジョの奇妙な冒険」題材の2ちゃんねるで有名なネットミームがあるが、そんな状況に陥り困惑する。
店を出て、店頭の立て看板を見てみると、「○○ビル2F喫茶ルビー間借り 日曜日、祝日、第一、第三木曜日営業」とある。喫茶店に、日にち限定間借りなんてあるのか……。
明美は女子会の帰りが遅くなるとのことで、俺はスナック「奈美」に出かけた。
やはり飲んでいた吉村氏の隣に座った。いつものカウンター席。
ママにおしぼりをもらい、そしていつものジム・ビームのロックを頼む。家ではもっぱら焼酎の炭酸割りだがスナックだとなぜかウイスキーが欲しくなる。
吉村氏に昼の「ルビー」での一件を話す。
「そりゃ残念だったな。あそこ、前は日曜祝日にカレー屋さんが間借りしてたぞ。今度は日によってハンバーガー屋が間借りしてるのか。ルビーはコーヒーだけじゃなく洋食を中心とした食事もうまいんだ。料理は元ホテルシェフが作っているらしい。ルビー、インスタグラムがあるよ、ほら」と、スマホの画面を見せてくれた。
「ハヤシライスがそそるな。ビールはハイネケンか。小説のネタにできそう」
「休肝日対策の趣味か。前はウクレレだったな」
「こんどは1万字くらいのものに挑戦したいんですが、せっかくだから何かの賞にだしてみたいんですよね」
吉村氏はスマホで何か検索し始めた。ママが今日のおつまみを出してくれた。「あん肝のポン酢しょうゆよ」。痛風という言葉が頭をよぎる。
「埼玉新聞って知ってるか」
「しらないですねえ」
「そこで文学賞主催しているぞ。埼玉文学賞だと。埼玉県を題材にして、2万字までとのこと。埼玉県在住在勤ならテーマは自由らしい。文字数は2万字までだ」
「小説の賞にしては短めですね」しかし2万字でも途方もない長さに感じられる。が、3000字の次のチャレンジは埼玉だ。おれはとっさに思った。俺は埼玉在住なのでテーマは自由だが、何か縛りがないと俺にはかけそうにない。
2022年6月7日、さっそく埼玉文学賞に向け、アプリでプロットを作り始めた。今度は短編小説と言えるものを完成させるぞ。
しかし、プロット作成を進めるうち「これは小説というより日記だよなあ」となった。日記は日記帳に書け、と怒られそうだ。よく言って埼玉エッセイのような。小説にするための「何か」はどうやったら文章に宿るんだろう。本編を書くときに考えてみるか。
なぜ埼玉か。俺が在住しているからだ。ゼロからストーリーを考えるのは初心者にはつらい。プロットを作るにあたって、埼玉を舞台に自分の身に起こった出来事をアレンジしたらどうか。そう考えたのだ。そうしているうちに吉村氏から聞いていた地元朝霞の歴史が気になり出した。そんな自分の日常など取るに足らぬことなんだろうが、質よりも書き進めること。それを俺は優先した。それは小説といえるのか。
小説とは何ぞや。「何か」とは何か。小話みたいなものを含めやっと3本目に取りかからんとする俺には答えは出せなかった。
小説にも日記というか私小説という分野がある。日記と私小説の違いって何だろうな。どっちにしろフェイクは入れるので、フィクションとして書くのだこれでよい。と、自分を納得させた。文末に「この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません」とでもいれようか。
休肝日。睡眠薬を飲んでも大体夜中に目が覚める。そこから眠れないとつらい。寝ても悪夢の連続。寝つきはいいんだがなあ。前回の休肝日でも悪夢に苦しめられた。どうせ悪夢をみるくらいならと、無理に眠ることはせず、俺は布団の中でスマホを使ってプロットの入力をしてみた。スマホって意外と文字量を入力できるものなんだな。
今まで俺の日常は酒を中心に回っていたが、今は他に小説という核ができた。
休肝日を維持するための小説書き。そして賞への応募。小説が何かもわからない俺に受賞とかは無理筋なんだろうが、ともかくそれにむけて書く、という目標ができた。俺はわくわくしはじめた。
インフェクション第6波での東京都の数千人を下回った2022年6月13日、プロットは完了。休肝日も続いている。
小さなコンテストということで、短いショートショートみたいなのを思いつき、あまり使わないノートパソコンを引っ張り出して居間のテーブルがわりのコタツにしつらえる。ネットなどは通常はスマホで事足りるので、パソコンはあまり使わなくなっている。小説を書くなら大きいモニタの方がいいだろう。で、ノートパソコンをいじくりだした。
「何が始まるの」明美はいぶかしがる。
俺はパソコンでメモ帳を立ち上げ、その前でうなった。しかしツイッターの文字の量くらいのしか書けない。小さいといってもいくらなんでも短すぎる。これは小説とは言えないかなあ。
「これは小説というより小話ね」明美はモニタを覗き込み、正当な評価を下した。
物は試しとその小話を「さなコン2」を開催しているインターネットのサイトに投稿してみる。サイトでの投稿はすぐ反応がある。アクセス数もわかる。インタラクティブなところがいい。サイトの他の作品を見てみると「さなコン2」の投稿作は他の投稿作に比べて人気がない。そのサイトで人気があるのは、このところウェブ小説で人気の、長いタイトルが特徴的な異世界転生ファンタジーや、百合もの、二次創作もののようだ。
「さなコン2」の締切は6月5日。締切まで後半月ある。一次選考が終わるのはその一カ月後くらいとのこと。「さなコン2」は10000字以下の短編という条件。下限はないが、俺の初回応募作は短すぎて短編小説とはいえないだろう。「作」なんていうのもおこがましい。小説というよりあらすじだな。しかし、このストーリーはこの文字数で伝えられる。伝えられるんだからそれ以上のものは必要なんだろうか。普通は色々肉付けして長くするのだろうが、俺には水増しのようにも思える。でもあらすじではそっけない。あらすじに水増しではない何かを足していくと小説になるんだろうか。俺にはその「何か」が分からない。小説とは細部に宿るものなのか。その何かを探しに1000字以上は目指してみるか。
「さなコン2」には一人複数作を応募できる。俺は初回応募作より長いやつを書きたいと思った。
長い文章を書くには。
本屋にいって小説指南の本を何冊か買ってみて読んでみる。
小説の構成には起承転結や三幕構成というのがあり、本編を描く前にまずはプロットというのを作るらしい。
プロットとはあらすじのようなものか。
ふと思いついて、紙のカードに書いて書き溜まったらあれこれパズルのように組合わそうかと思った。が、カードの管理やら作業の場所、手書きメモをパソコンに再入力する時間も無駄なような気もする。これらを考えるととても億劫だ。
こんな時はテクノロジーの力を借りるか。そういうストーリーを作れるれるようなアプリはないものか調べると、アウトラインプロセッサなるものがいくつかあった。
その中に、まるで付箋のように断片的に書き散らしたものをパズルのようにあちらこちらに移動し組み合わせながらプロットを組み立てられるアプリがあるのを知る。これはスマホアプリであるが、パソコンのウェブアプリ版もあり、クラウドにデータを保管できるので、スマホとパソコンでの作業が連動できる。プロットは「起承転結」から展開できるようになっている。アプリは無料だが、有料にすると「三幕構成」が設定できたり、ほかにも自由に構成を設定できるという。とりあえず無料で試してみるか。
俺は家での執筆に加え、通勤時間を使い、そのスマホアプリに小説のネタを思いつくまま書き溜めた。構成はアプリの機能で後でいかようにでも組み合わせられると思うとので気楽にできた。
俺は文章を書くときには、時系列順ではなく、思いついたところから虫食い的に書き散らすのが書きやすい。なのでWindowsのメモ帳やワードなどのようなソフトだと、巻物のようにスクロールしながら行ったり来たり。短いショートショートみたいなものでも画面をこすってスクロールしてあっちこっち行くのが煩わしい。これが千や万の単位の文字数となると何メートルスクロールすることになるのだ。このスクロールしてあっちこっち入力箇所、修正箇所探すのって人生の無駄遣いだ。でも考えてみると俺は酒で人生の無駄遣いしてたんだよなあ。
試行錯誤の上プロットを作った。アプリにはプロット作成に加え、本文を書くフェーズがあるのだがパートを分けて書くことができ、パートは入れ替えが自由だ。任意で本文をパートに分割できるためスクロールも最小限で済む。
プロットの断片はある程度書きこんである。そのまま本編にできそう。プロットの断片を集めて3000字あまり。自分史上最長の文字量だ。この量なら短編とは行かないまでもショートショートとは言えるだろう。これを本文のフェーズにうつして整えるだけで完成できそうだ。ただし、あらすじから小説に昇華する「何か」は見つからなかった。でも再度「さなコン2」に応募した。
戯れに書いた短い小説の執筆中、結構酒を飲みたい気持ちを紛らわせたのでもう少し何か書いてみるかと考えた。せっかくだから何かの賞に応募してもいいか。休肝日を持続するためにも目標は欲しい。こうなると大袈裟だが小説と酒との戦いだな。
公募の新人賞は出版を目的とするのか、本一冊分の分量が必要なことが多い。例えば江戸川乱歩賞で400字詰め原稿用紙350枚から550枚。文字数にすると14万字から22万字。3000字でひいひいうなって書き上げたのだから、この分量は俺には多すぎる。
1万字くらいの短編小説の公募はないものか。本一冊分では俺の手に余る。
明美が女子会と称する会に出かけた日曜日。俺は気になっていた映画「シン・ウルトラマン」を見に浦和にでかけた。初回をみたが、終わったのは午後一時。腹が減ったのでラーメンでも食べようと思ったが、浦和駅周辺ではラーメン屋を見つけることは出来なかった。浦和はラーメン人気ないのか。
帰りの電車、アプリでプロットを入力していたら、熱中していたのか、乗り換え駅を乗り過ごして蕨にまで行ってしまった。
地元に戻り北朝霞駅から降りる。駅近くに味噌ラーメンの専門店があったな。向かうと吉村氏から聞いたジャズバー「停車場」が入ったビルが目に入る。なんだ、そのビルの一階にあるのが件の味噌ラーメン屋さんじゃないか。おれは今気がついた。足を向ける。そこで腹ごしらえして、喫茶「ルビー」に入って様子を伺うとするか。「停車場」のあるビルの2階。「停車場」の看板と黒人がウッドベースを弾いている人形があった。その隣にある「ルビー」と書かれた店に久々に入る。マスターらしき若い男性が、二人組の女性に接客している。懐かしのインベーダーゲームみたいなテーブル型のゲーム機がある。「一人」といって入ろうとするとマスターらしき若い男性が「ここは土日ルビーじゃないんですよ」ええっ、看板から何から「ルビー」そのものじゃないか。まあコーヒーでもと思ったが……。
「ハンバーガーとかそんなの出しているんで」
味噌ラーメン食べたばかりなのでここは遠慮しておくか。この店は「ルビー」かと思ったら「ルビー」では無かった。しかし平日は「ルビー」みたいだ。「ジョジョの奇妙な冒険」題材の2ちゃんねるで有名なネットミームがあるが、そんな状況に陥り困惑する。
店を出て、店頭の立て看板を見てみると、「○○ビル2F喫茶ルビー間借り 日曜日、祝日、第一、第三木曜日営業」とある。喫茶店に、日にち限定間借りなんてあるのか……。
明美は女子会の帰りが遅くなるとのことで、俺はスナック「奈美」に出かけた。
やはり飲んでいた吉村氏の隣に座った。いつものカウンター席。
ママにおしぼりをもらい、そしていつものジム・ビームのロックを頼む。家ではもっぱら焼酎の炭酸割りだがスナックだとなぜかウイスキーが欲しくなる。
吉村氏に昼の「ルビー」での一件を話す。
「そりゃ残念だったな。あそこ、前は日曜祝日にカレー屋さんが間借りしてたぞ。今度は日によってハンバーガー屋が間借りしてるのか。ルビーはコーヒーだけじゃなく洋食を中心とした食事もうまいんだ。料理は元ホテルシェフが作っているらしい。ルビー、インスタグラムがあるよ、ほら」と、スマホの画面を見せてくれた。
「ハヤシライスがそそるな。ビールはハイネケンか。小説のネタにできそう」
「休肝日対策の趣味か。前はウクレレだったな」
「こんどは1万字くらいのものに挑戦したいんですが、せっかくだから何かの賞にだしてみたいんですよね」
吉村氏はスマホで何か検索し始めた。ママが今日のおつまみを出してくれた。「あん肝のポン酢しょうゆよ」。痛風という言葉が頭をよぎる。
「埼玉新聞って知ってるか」
「しらないですねえ」
「そこで文学賞主催しているぞ。埼玉文学賞だと。埼玉県を題材にして、2万字までとのこと。埼玉県在住在勤ならテーマは自由らしい。文字数は2万字までだ」
「小説の賞にしては短めですね」しかし2万字でも途方もない長さに感じられる。が、3000字の次のチャレンジは埼玉だ。おれはとっさに思った。俺は埼玉在住なのでテーマは自由だが、何か縛りがないと俺にはかけそうにない。
2022年6月7日、さっそく埼玉文学賞に向け、アプリでプロットを作り始めた。今度は短編小説と言えるものを完成させるぞ。
しかし、プロット作成を進めるうち「これは小説というより日記だよなあ」となった。日記は日記帳に書け、と怒られそうだ。よく言って埼玉エッセイのような。小説にするための「何か」はどうやったら文章に宿るんだろう。本編を書くときに考えてみるか。
なぜ埼玉か。俺が在住しているからだ。ゼロからストーリーを考えるのは初心者にはつらい。プロットを作るにあたって、埼玉を舞台に自分の身に起こった出来事をアレンジしたらどうか。そう考えたのだ。そうしているうちに吉村氏から聞いていた地元朝霞の歴史が気になり出した。そんな自分の日常など取るに足らぬことなんだろうが、質よりも書き進めること。それを俺は優先した。それは小説といえるのか。
小説とは何ぞや。「何か」とは何か。小話みたいなものを含めやっと3本目に取りかからんとする俺には答えは出せなかった。
小説にも日記というか私小説という分野がある。日記と私小説の違いって何だろうな。どっちにしろフェイクは入れるので、フィクションとして書くのだこれでよい。と、自分を納得させた。文末に「この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません」とでもいれようか。
休肝日。睡眠薬を飲んでも大体夜中に目が覚める。そこから眠れないとつらい。寝ても悪夢の連続。寝つきはいいんだがなあ。前回の休肝日でも悪夢に苦しめられた。どうせ悪夢をみるくらいならと、無理に眠ることはせず、俺は布団の中でスマホを使ってプロットの入力をしてみた。スマホって意外と文字量を入力できるものなんだな。
今まで俺の日常は酒を中心に回っていたが、今は他に小説という核ができた。
休肝日を維持するための小説書き。そして賞への応募。小説が何かもわからない俺に受賞とかは無理筋なんだろうが、ともかくそれにむけて書く、という目標ができた。俺はわくわくしはじめた。
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