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第14話 模擬戦第二ラウンド

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「ブッチーン。ブチブチにブチ切れちゃったんだから」

 ラヴィポッドは、空へ浮かぶユーエスに両手の人差し指を向ける。短い腕をビシッと伸ばす様は可愛らしいが、そこから繰り出される魔術は凶悪だった。

 大地の欠片が浮かび上がり、人差し指の前に弾丸が形成されていく。ハニがゴブリン騎士に使用していたものと同じ魔術。鉄の防具さえ貫く破壊の弾丸。ハニは両手を合わせて一発の弾丸を練り上げていたが、ラヴィポッドは両手に一発ずつ。

 それだけでは終わらない。更に弾丸が形成され、円を描いて並んだ。左右六発ずつの計十二発。

「フレイムゴーレム! 手伝ってっ!」

 待機していたフレイムゴーレムがラヴィポッドの背後に控える。曖昧な命令だがラヴィポッドの意図を汲み取り、後ろから腕を回して弾丸に火の指を添えた。

「害鳥撃墜魔術・ミニガン!」

 ミニガン。母マフェッドが農作物を荒らす害鳥への対策と報復に使用していた魔術。ラヴィポッドは火元素への適性が高くないため真似出来なかった。だがフレイムゴーレムの力を借りることで再現に成功する。

「てぇーーーー!」

 フレイムゴーレムの起こした爆発を推進力にして、弾丸が撃ち出される。

 射出する度に円を描いて並んだ弾丸が回転し、人差し指の前に次の弾丸が装填される。同時に新たな弾丸の形成も行うことで、ラヴィポッドかフレイムゴーレムのマナが尽きるまで連続発射が可能な機関銃の如き魔術が暴れ出す。

 ドドドドッと鼓膜を直接叩かれるような発射音を響かせ、火を撒き散らしながら無数の弾丸が射出された。

「やーっば……!」

 標的となったユーエス。ミニガンの破壊力を察して腕を横に振るうと、分厚い水の壁を生み出す。

 しかし水の壁に阻まれた弾丸は、激流に揉まれて減速しながらも止まることはなかった。

「いっ!?」

 弾丸の貫通力に顔を引き攣らせつつ、水を突き抜けてきた弾丸を紙一重で躱す。盾の外に出れば蜂の巣にされるため、後方に逃れて少しでも距離を稼ぐ。

 狙いを外した弾丸の一つが、遥か上空で鳥に命中した。不運な鳥が原形も残さず爆散する姿を見て、騎士たちは顎が外れそうなほど大きく口を開ける。

「これ傷つけないで止めるの?」

 暴れているのが凶悪な魔獣なら手加減せず仕留めにかかれる。だが生憎、相手は悪意のない子ども。傷つけてはいけない分、無力化の難易度は跳ね上がる。

 ユーエスは手を翳し、水盾を更に厚くする。土の弾丸の軌道上に伸びていく水盾が、ラヴィポッドをも飲み込もうと迫った。

「ぬん!」

 ラヴィポッドはミニガンを中断し、両手を高々と振り上げる。大地が隆起し、巨大な土壁が聳え立った。空に浮かんでいるユーエスが見上げる程の高さ。

「害獣捕獲魔術・ネズミトリ!」

 土壁が水盾を阻み、ユーエスの方へと倒れていく。潰されれば人族など一溜りも無いだろう。

「やりたい放題してくれちゃって!」

 土壁の範囲外へと抜け出したユーエス。そこに弾丸が飛んできた。飛び回るユーエスと追うミニガン。

「「「「のわぁーー!」」」」

 倒れた土壁の衝撃で騎士たちが吹き飛んだ。

 ユーエスがめちゃくちゃになった訓練場を見て舌打ちする。

「早く終わらせないと屋敷がやばいか」

 周囲への被害を鑑みて早期決着を見据え、六条の水流を生み出す。水流は放射状に広がり、六方からラヴィポッドに襲い掛かった。その内の背後から迫った水流がフレイムゴーレムにぶつかり、火勢を弱める。

「フレイムゴーレム!?」

 振り返ったラヴィポッド。その目が驚愕に見開かれる。

 そうして隙だらけになった背を狙う水流から、ユーエスが飛び出した。

「おとなしく……」

 ラヴィポッドを捕まえようと手を伸ばす。

「もー! 小さくなって!」

 ラヴィポッドはフレイムゴーレムまで倒されることを恐れ、小さくした。そしてユーエスの手を振り払うように大地の棘を乱立させる。ハリネズミが丸くなって背中の針を立てるように、大地の棘の中に隠れてしまった。

フレイムゴーレムが倒されるところを想像して戦意を喪失したラヴィポッド。

 一旦飛び退いたユーエスだったが、ラヴィポッドが攻撃をやめたとみて大地の棘に歩み寄る。

「ごめんね」

「……」

 返事がない。すっかりいじけているようだ。

「もう一回作り直せないの? 材料が必要なら僕も手伝う」

「……」

「おーい」

「……」

 頑なに返事をしないラヴィポッド。

 ユーエスは肩を竦めると大地の棘に手を翳す。何らかの魔術を使用しているようだが何も起こらない。

 静かな時間がしばらく続く。

 そして不意に大地の棘が崩れる。内側から水が溢れ、目をぐるぐる回したラヴィポッドが大の字に倒れていた。水を飲んでしまったのかお腹が膨らんでいる。

 どうやら大地の棘の内部を水で満たし、洗濯機のようにかき回していたらしい。

 ユーエスがしゃがみ、ラヴィポッドの膨らんだお腹をつつく。すると、ピューと噴水のように水を吐き出した。何度か繰り返して水抜きを済ませ、ラヴィポッドを小脇に抱えたユーエスのもとへダルムが近づいた。

「ただの娘ではないと思っていたが、まさかゴーレムより術者の方が厄介とはな」

「一対一でも面倒なのに、実戦ではチビとゴーレム二体を同時に相手取らないといけないってなると……抑えれる奴は随分限られますね」

「少なくともドリサ騎士ではお前以外いないだろう。情けないことだ」

 目を回して気絶したままのラヴィポッドを見て、ユーエスは苦笑し、ダルムは溜息を吐く。

「どこの勢力も欲しがりそうですね」

「魔族なんかの、普通の人族なら断るであろう陣営にも唆されそうなのが問題だ」

「あー……」

 ユーエスはラヴィポッドが口車に乗せられているところを容易に想像出来てしまった。

「どうするんですか?」

「……小娘を引き留めている間に、王都の大臣へ判断を仰ぐ。小娘は王都に行くようだから任せてしまえばいいだろう」

「面倒なことは上に投げるのが一番です」

「さすが辺境伯の金で飯を食う奴の言葉だ。説得力が違う」

 ユーエスの笑顔が乾いていく。ダルムに食事代をツケたのは昨晩が初めてじゃない。貴族や大商会の当主などがドリサを訪れた際、交際費として計上できるのを良いことに非常識な量の食事を平らげることがままあった。

 経費で落とせない分はダルムが自腹を切っている。ラヴィポッドとの食事代については全額負担だ。まさか民の血税に手を付けるわけにはいかず、当主になる以前の稼ぎから支出していた。

「早くチビ休ませてあげたいんで失礼しますね~」

 ユーエスが風魔術まで使ってそそくさとこの場を離れていく。

 その背が見えなくなると、ダルムが振り返って声を上げる。

「当たり屋ども! 騎士になりたければ死ぬ気で強くなれ! まだ今日は始まったばかりだぞ!」

 怪物同士の戦闘を見て呆けていた騎士たち。ハッと我に返り、疲れた体に鞭を打って訓練を始めた。

「それにしても……」

 騎士の訓練を眺めながらダルムが思い出していたのは、ユーエスがストーンゴーレムを倒した時のこと。

(土以外のゴーレムなど聞いたこともなかったが、活動を停止させれば土に戻るのか)

 ゴーレムの残骸は幾つか発見されているが、それらは全て土でできていた。ストーンゴーレムやフレイムゴーレムの残骸が見つかっていないのはそれ故だろう。もしかするとダルムが見たクレイゴーレムの残骸も、元々は別種のゴーレムだったのかもしれない。

 ダルムが見たゴーレムの残骸は大きいサイズのままであり、ストーンゴーレムのように小さな土人形へ戻ってはいなかった。不明な点はまだ多いが、ラヴィポッドの出現でゴーレムについての研究は大きな進展を見せるだろう。

(ゴーレムを巡って各勢力がどう動くか。せめてあの娘がもう少し理知的であってくれれば……)

 ダルムはラヴィポッドを思い出し、眉間を押さえて首を振った。

 ◇

 買い物に出ていたユーエスが帰宅した。テーブルに紙袋を置き、呆れた顔でベッドを見る。

 ベッドの端には毛布の固まりが鎮座していた。毛布に包まって隠れてしまったラヴィポッド。模擬戦以降、昼までずっとこの様子で動こうとしない。

 そこでユーエスはラヴィポッドを誘き出す秘策を考えた。冷蔵庫から瓶を取り出し、コップにジュースを注ぐ。更に紙袋をガサゴソと漁り、何やら取り出す。

 手にしたのは、串焼きだった。紙袋に印刷されたロゴは少しお高めな人気店のもの。

 炭の香ばしい香りと、たっぷり塗られたタレの甘い香りが部屋中に広がる。

 ユーエスは豪快にかぶり付き、よく噛んで味を堪能する。そしてジュースを流し込み、「たはーっ」と気持ちの良い声を上げた。贅沢な昼食に舌鼓を打っていると、ベッドの方から動き出す気配が。

 スンスンと匂いを嗅ぐ音と共に毛布が揺れ、ラヴィポッドが顔を覗かせる。毛布を巻いて輪郭を包む姿は修道服を着たシスターのよう。

 キョロキョロと顔を動かし、串焼きを見つけるとハッと視線を止めた。

 視線に気づいたユーエスが、串焼きを見せつけて揺らす。

 すると立ち昇る香りがラヴィポッドの鼻腔をくすぐった。毛布から抜け出し、軽やかに宙を舞う。恍惚とした表情を浮かべながら鼻を天に向けて香りを辿り、まんまとユーエスのもとまで誘われた。

 ジトッとした目を向けるユーエスの横で、串焼きに齧り付くラヴィポッド。手品のような速さで一本平らげると串を放り、指についたタレをちゅぱちゅぱと舐めとって紙袋に手を突っ込む。

 あっという間に串焼きとユーエスのジュースを胃袋に収め、ラヴィポッドはソファに凭れ掛かると膨らんだお腹を摩って満足そうに寝息を立て始めた。

「……僕の分は?」

 愕然とするユーエス。ラヴィポッドをベッドに運んで布団をかけ、再び昼食を買いに家を出た。

 ◇

 その夜、部屋着姿のルムアナは枕に顔を埋めて足をバタつかせていた。

『強くなりなさい。自分の命くらいは守れるように』

 思い出しているのは、訓練場で自身が発したラヴィポッドへの発言。

「私より全然強いじゃないの……!」

 自分より強い相手の実力を見誤り、剰え上から目線で説教までしてしまった。ラヴィポッドの実力にある程度気づいていたダルムとユーエスは、あの時どんな気持ちでルムアナを見ていたのだろう。

「~~!」

 穴があったら入りたい。枕に顔を押し付け、声を殺して叫んだ。

 そんなルムアナの部屋の前に、メイドが通りかかった。何やら音がするので耳を澄ます。すると殺し切れてないルムアナの悶々とした声が漏れ聞こえた。メイドは何を勘違いしたのか顔を真っ赤に染めると足早に立ち去っていった。
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