とある美醜逆転世界の王子様

6（終）

　
　
　ラッシュ＝キャオディージュは両親である王や王妃、城の召使いたち、そして全国の民に望まれてこの世に誕生した。

　生まれた姿を見た者は皆あまりの尊さに涙を流すほどそれはそれは麗しい御姿で、王妃に抱かれる身体の周りには黄金の光が纏っていたという。



　そんなラッシュは両親から引き継いだその類い希なる容姿の他にも、皆とは異なるものを持っていた。

　それは、“美しい”と感じる基準である。





　皆が『醜い』と言って顔を背ける者がいても、彼らの言葉に頭を傾げた。

　仕草が洗練されていて、母を亡くされて落ち込んでいた父に思いを寄せる健気な姿が可愛らしいなと感じたソインさんに、彼女の家の者や他の貴族たちが下す悪い評価も気になった。

　可愛い可愛い、それこそこの世に舞い降りた天使だと思える我が弟、スロウにも、初めのうちは厳しい視線が向けられていた。



　ラッシュはわからなかった。彼らが『醜い』と言ったとき、その言葉が何を表しているのか理解できなかった。

　彼らがその言葉を発するとき、決まって彼らが『醜く』見えたからだ。



　どうして彼らは口をあんなに曲げて、わざわざ変な顔をするのだろう・・・・・・と不思議でならなかったのだ。

　『醜い』というワードを口に出していないときは、目元はぱっちりとしていて可愛らしいのに。礼をとるときの指先までもが気を遣われていて、とても綺麗なのに。口元が美しい線を描いていて、見ていて気分が良くなるのに・・・・・・。

　なんで、どうして？と考えた末、自分は他の人々と『美しさ』を感じる基準が異なっているのだとわかった。



　自分の感覚だけが異なっていても、ラッシュは決して長いものに巻かれなかった。自分の感覚を大事にしたのだ。

　皆が『美しい』『美しくない』というものでしか見られていない。そんなこの国はなんだか寂しいな・・・と思ったラッシュは、自分が正しいと思ったことをし、自分と相手の意見が異なるときには臆することなく自分の考えを述べるようにした。

　それは父にも同様で、心を込めて話をした結果自分のことを理解してくれた。



　自信をなくしていたスロウにも自分の本心を伝え続け、弟の愛らしい笑顔を取り戻すことができた。彼も今は、自分自身を信じることができている。

　身近な者の中で一人、レインにだけはまだ本心をわかってもらっていないが、彼についてはこれからも諦めずに伝えていきたい。





　皆から美しいと言われるラッシュだが、彼は皆もそれぞれ美しいと感じている。庭園に咲いている様々な種類の花々が、それぞれ異なるからこそ美しいように、人々もまたそうだと思っているのだ。目元が可愛らしい者もいれば、所作が美しい者、食べ方が綺麗な者、使う言葉が愛らしい者、纏う雰囲気が優しい者と、それぞれが、『美しい』を持っているのだ。

　だが、他人に向かってヒソヒソと口元を隠しながら、にやにやと口を歪めながら『醜い』と口にするときだけ、彼らは突如醜くなってしまう。まるで魔法が溶けたみたいに。



　いや、反対に『醜い』魔法にかかったかのように・・・・・・。









　ラッシュはこの国、いやこの世に住む人々が一面だけの『美しい』に捕らわれずに過ごせること、皆が各々の『美しい』を見つけ、自分自身を大切にできるようなものにしたいな・・・と大志を胸に、今日も王子としての務めに励むのであった。