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しおりを挟む昼休み。
生徒たちの話し声で大変賑やかな廊下が、ある人物の登場で水を打ったように静まり返り次の瞬間大きなざわめきが起こる。
生徒たちの視線はある一人の男に釘付けとなっている。
空けられた廊下の真ん中を晴れやかな顔で堂々と歩く、全生徒からの視線を独り占めしているこの男は、我が国の第一王子、ラッシュ=キャオディージュ。
ラッシュが通り過ぎた瞬間から嬉しさに倒れる者や連れ合いと話を爆発させる者など、先ほどより騒がしい廊下を優しくも皆に挨拶しながら歩いている。
すると人だかりの中から一人の男子生徒が飛び出してきて、恐れ多くもラッシュの御前へと進み出た。
「ラッシュ先輩! 僕、こないだ勧めていただいたリボン、つけてみました!!どうですか!?」
「おー!かわいいじゃん。似合ってる」
「「「ひゃわ・・・・・・」」」
あまりにもキラキラな笑顔に、向けられた男子以外の生徒もノックアウトされている。
本来ならば、この男子生徒のような容貌の者はラッシュの足下にさえ近寄ることのできない存在である。
何故なら、姿が醜いからだ。
この世界では容姿が重視され、歴史を紐解いてみても美醜を巡る問題が多くみられる。特に醜い者の中には目に入れるのさえ憚られる者もいて、この国ではほぼほぼ顔で社会的地位が決められてきた。そんな我が国で異例中の異例、ラッシュが誕生した。
王妃の柔らかな眼差しと国王の男らしい眉を受け継いで生まれたラッシュは、それはそれは容姿端麗な姿をしていた。
しかしラッシュは見た目だけでなく、その中身もが規格外の人物だったのだ。
これまで身体に脂肪を溜めることが美徳とされてきたこの国の中で、彼は己の身体を鍛え上げた。今まで筋肉は忌むべきものと見られてきたが、彼の素晴らしいシルエットに王都を中心に筋肉ブームが起きた。
社交界から広まったラッシュの信じがたい『醜い者を嫌わない』という噂も、彼が学校の初等部へ入学したときに明らかになった。
初等部の入学式の日。噂の王子を一目見ようと多くの人が遠巻きにラッシュを観察していると、その中から一人の子どもがラッシュに向かって走ってきた。
その子は式の最中も目立っていた容姿の悪い子どもだったが、その年になるまで家の中から出たことがなかったのか、人々の嫌悪の滲む視線に戸惑っているようだった。王子を見つけ、嬉しさに礼節など忘れ一目散に掛けていったのだろう。
輝いた目で言葉を発しようと口を開きかけた瞬間親が飛び出してきて口を塞がれ、両親の尋常ではない様子に子どもは怯えた顔をした。
「申し訳ございません!!!どうか、どうかお許しを・・・・・・!!!」
必死に謝罪する親の姿を見て泣き出しそうになった子どもにラッシュは近づいていき、手を浮かせた。
誰もが手を上げられると思い目を瞑ろうとした瞬間、その場には信じられない光景が広がった。
ラッシュは手の平をその子どもの頭にふわりと乗せ、満面の笑みを零して言ったのだ。
「俺はラッシュ。よろしくな」
直後その場は騒然とした。子どもの両親も思わず顔を上げてポカンとした顔をしていた。
子どもはぱぁっと晴れたような顔になり『はいっ!』と元気よく返事をし、笑顔のまま両親とともに去って行った。
このときから皆は、“ラッシュはB専なのだ” という認識を持つようになった。
その言葉を裏付けるように、彼はたとえ皆が顔を背けるような相手でも笑顔で頭を撫でながら話しかけるなどという行為をしていた。
こうして彼はじわじわと、この国の風潮をも変えてしまったのだ。
そんな彼は、100%B専である。
王の補佐となるため幼少期の頃からずっと側にいた俺にはわかるのだ。ラッシュの態度に段々と自分に自信を持つように変わっていった者たちも、皆一人残らずラッシュに恋心を抱いているし、彼も満更ではないようでいつも彼らに『可愛い』を連発している。中等部のときなど毎日両手に不器量な生徒を侍らしており、反対に容姿の優れた者が近寄るのに躊躇していた。
そんなことは、高等部に進学しても変わりはない。
「はぁ・・・・・・」
今もまた、新しい生徒にハートの目を向けられている幼馴染みを見て大きな溜息が出る。
2年生で早くも生徒会長の座についたラッシュと生徒会副会長に就任した俺――レイン=ブロック――が廊下を歩くと、今日のように大勢の生徒から一気に重量級の視線を浴びて必ず足止めを食らうのだ。
横では口の端を上げながら小さな男子生徒のふわふわとした髪の毛を優しく撫でているラッシュ。彼がいなかったら間違いなくいじめられていたであろう男子生徒が頬を染めながら撫でられる気持ちよさに目を細めている。
こんなのを見せられたらB専としか思えなくなる。
だから俺の恋は・・・・・・無意味なものだろう。
まるで犬を可愛がるように男子生徒を愛でる彼を見て、人の気も知らないでと思ってしまう。ずっと、ずっとお前を見ているのに。こんな俺はどうせ、お前の恋愛対象外だろう。
俺の顔は美形の中に入っており、ラッシュと並んで歩いていると周りによく騒がれる。よく秀麗な目が素敵と言われるが、ラッシュに好まれない自分の顔に愛着はない。鏡を見ても、『あぁ・・・・・・なんで自分はあんな顔じゃないのだろう』と溜息をつくばかりだ。
「そろそろ行こうか」
「ん」
いつの間にかリボンの彼とは分かれたらしく、肩に手を置かれて現実に意識を引き戻される。すぐに離れていった手だったが、触れられた場所に温かさがじんわりと残った。
ようやく生徒会室にたどり着き、ひとまず荷物を机に置いてカーテンを開ける。
なんだか先ほどのいちゃいちゃに苛ついていて、負け惜しみのように口が開いてしまう。
「それにしてもラッシュ、お前いくらB専でも自重しないと他の生徒が黙ってないぞ?」
「え俺B専じゃないけど?」
「・・・・・・は?え、いやいやだってお前・・・・・・・・・・・・え?ウソだろ?」
「いや、嘘じゃないけど。どした?」
変わらない爽やかな笑顔を向けてくるラッシュ。
それって、俺にもチャンスがあるってことか?
耳まで真っ赤に染まった俺は、その言葉を口に出すことはできなかった。
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