異世界ホストNo.1

狼蝶

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58.【迷える子羊なお客様】5~幽霊との遭遇~

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 ――夜。すでに他のキャストたちが寝ている中、ナナミはやっと床についた。まだ乾ききっていない髪の毛をタオルで包みながら、ベッドの上に横たわる。ぼぅっと天井を見つめ、はぁ~~っと大きく息を吐いた。
 湿ったタオルを掛け、ナナミは棚の上に置いてあるランプを消した。真っ暗闇の中、じぃと天井を見つめる。
 つい先ほど聞いた少年のようなか細い声。その震えが幽霊を連想させ、あの時は恐怖一色に支配されていたが、今思い出すとなんだか悲しそうな声色だったなと感じられる。まるで、迷子になってしまって、心細くて誰かに助けを求めているような・・・。
 ナナミは一度深く深呼吸をすると、毛布を被って目を閉じた。

 ***

「はぁあ!!?“幽霊”がナナミを探してるぅ!?」
「ナナミくんっ!それ本当!?」
「大丈夫?魂抜かれたりしてない!?」
 翌日、昨夜のことをキャストたちに共有すると、カシア、モモ、シノが身を乗り出してナナミに顔を近づけてきた。皆心配してくれているのだろう、シノなんかはナナミの顔をガシィ!と掴み、魂が健在か確認していた。
 大丈夫だよと安心させながら手に触れると、一先ず落ち着いて手を離していく。それを見て安堵したカシアの横で、モモとシノの表情が段々と曇っていった。モモなんかはわかりやすく眉を歪ませており、シノも珍しく眉間に皺を寄せている。
「ナナミくんが攫われちゃう・・・僕が・・・僕がナナミくんを守らなきゃ!」
「営業妨害かつ僕らの睡眠時間も奪いやがって・・・・・・。しかも、ナナミを探してるだ?フザケルナ。絶対とっ捕まえてやる」
 カシアがうわ~と声を上げる。二人はやる気の炎を纏っていた。しかし表情がどこか暗く、声をかけにくい雰囲気である。
「二人は放っておいて、行こうぜナナミ」
「ああ、うん・・・・・・」
 呆れているカシアに促され、ナナミは未だボソボソと何かを呟いている二人を置いて部屋へと帰っていった。
 しかし二人の暴走は、それだけでは終わらなかった。ナナミたちが夜の見回りを担当してから数日、何組かのチームが見回りを行っていたものの噂の正体は掴めずにいた。ナナミたち以外にも、鈴の音と『ナナ』と呼ぶか細い声を聞いた者は数人おり、皆恐怖に飛び上がって逃げ帰ったりもした。
 日に日にシノとモモの機嫌が下がっていき、今では相当苛ついているのか、貧乏揺すりが止まらなくなっている。絶え間なく足をダンダンしているのが、こわい。
 そして、とうとう二人が見回りをする日になった。早めに店を閉め、モモとシノは鼻息を荒くしながら夜の街に勇んでいった。
 明日は休日であり、早めに店を閉めたことからも寝る前に少しだけ談話しようと他のキャストたちと店長が入れてくれたお茶を飲んでいると、突然皆がびっくりして跳び上がるほどの大声が外から聞こえてきた。
「ゴラァアア!!待てやぁあああーーー!!!」
「絶対に逃がすかぁあああーーー!!!」
 その声は、間違いなくモモとシノのものだった。皆驚きに跳ねた胸に手を当て、落ち着かせようとしている。
「っっはぁ~~~・・・・・・ったく、あの二人は・・・・・・」
 カウンターで食器の片付けをしていた店長は、手元のグラスをピシリと言わせると、大きな溜息を吐いた。怒りを抑えようとしているらしいが、抑えられずにグラスにヒビが入っていく。それに気づいたキャスト数人とナナミは、手で口を覆い『あわわ』としていた。
 ガシャンとグラスをシンクに置き、店長がカウンターに両手を付くともう一度『はぁああ~~』と深い溜息を吐く。そして無理に作った笑顔で顔を上げた。
「ナナミくん、二人に『近所迷惑だ』って、注意してきてくれる?」
 お願い、と一見温厚に言い放ったが、顔には見事に影が射していた。
「は、はーい」
 これは二人とも、帰ったら店長からのお説教だな・・・と思いながら、ナナミは扉を開けて夜の街へと踏み出していったのだった。

 どれくらいのスピードで走って行ったのか、先ほど聞こえた彼らの声はもう微かにも聞こえてこなかった。
「ハッ・・・・・・今俺、一人じゃん!?」
 気づいた事実に、一気に身体が震える。
 こっ、こわい!!
 辺りはシンと静まり返り、壁にはランプの明かりによって自分の影が浮き上がっていた。それが自分の影とは知りながらも、動いているのが視界に入るとビクリと驚いてしまう。しかも、今日はとても寒い。こないだは思いがけず四人で回ることになり、皆とくっつきながら歩いていたから寒さは軽減されていた。しかし今は一人で、すぐにモモたちを見つけられるだろうと思っていたからコートも着ていないのだ。吐く息は白く、きっと鼻は赤くなっているだろう。
 早く二人を見つけよう・・・と思っていると、再び騒がしい声が遠くからした。恐らくモモたちだろう、その声はどんどん近くなってきている。
 聞き慣れた声にホッとして、自分も彼らの元へ急ごうと走り出し角を曲がりかけた時、突然何かににぶつかった。思わず目を瞑ってしまったが、すぐ目の前で“チリン”と音が鳴った。
 ま、まさか・・・・・・
 ぶつかった相手は幽霊ではないだろうか・・・。緊張と恐怖に震えそうになったが、恐る恐る目を開ける。
「た・・・たしゅけ・・・・・・て」
 すると目の前には、目に涙を溜めている髪の毛のふわふわとした可愛らしい男の子(幽霊?)が、尻餅をついた状態で固まっていた。

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