異世界ホストNo.1

狼蝶

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50.見習いたちの談~成長した二人~

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「コン、これ代えのタオル、洗面所の方に持っててー。あと、それ終わったらキッチンの助っ人よろしく」
「わかった」
「コンー、手が空いたら浴室の掃除もいいー?後で僕も行くからー」
「了解」

 ~休日~

「ふは~、昨日もよく働いた~。今日の食事当番は僕たちじゃないから、今日はのんびりするぞ~」
「そうだねー。洗濯まではのんびりしてよ~」
「そう言えばさ、コンくん、変わったよねぇ」
 『desire』の定休日。手の空いた見習いの者たちが休憩スペースに集まって団欒していた。
 その中の一人が、椅子の腕置きに上半身を凭れさせながらコンについて、緩んだ顔でそう言った。すると、他の面々もうんうんと頷いてそれを肯定する。
「変わった変わった~。僕たちの話もちゃんと聞いてくれるようになったんだもん」
「前は少しこわかったけど、最近は素直に言うこと聞いてくれるし。お客様への態度も柔らかくなったよねぇ」
「ホントホント、見違えるように変わったよねー」
「「「さっすが、ナナミさん」」」
 声を揃えてうなずき合う。そして直後、ぽやんと頬をピンク色に染め両手をそこに添えた。
「でも、」
 その中の一人が言い出す。
「その代わり、ナナミさんに懐きすぎというかなんというか・・・・・・」
「あー、それね。モモ先輩とか、結構拗ねて大変だって聞くよ」
「店長までならまだしも、ヨヨギさんを独り占めとなるとねー」
 うんうん、と再びうなずき合う見習いたち。
「でもね、こないだね、――
 するとそのうちの一人が、先日目撃した場面について話し出した。

 ***

 『なんか良い匂いする・・・・・・あ、ナナミくん!今日のおやつ、ナナミくんの手作りお菓子!?』
 モモが鼻をふんふんと動かしながら、良い匂いの発信源であるキッチンに入ると、そこでは腕まくりをして逞しい腕を露わにしているナナミが何かの生地を捏ねていた。その姿に一気にテンションが上がる。
 匂いの元は、傍らに置いてある、すでに出来上がっているらしい焼き菓子たちであった。できたてなのか、白い湯気が立っていて甘い空気を辺りに振りまいている。
 それに引き寄せられるように近くへ寄ると、ナナミが生地を捏ねながら袖で汗を拭った。あわよくば味見をさせてもらえないかと思っていたモモだったが、額に滲む汗と筋の見える逞しい腕という、とてもセクシーなナナミを見ることができて十分満足した。
『味見する?』
 ナナミの邪魔をしないようにキッチンから立ち去ろうとしたとき、ナナミから嬉しい言葉をもらう。やった!とモモは湯気の立つ菓子の一つに手を伸ばした。
 ばくり、と一口囓った瞬間、口から鼻に抜けていく甘い香り。それにくらりと幸福な目眩がした。しっとりとした表面に、結構しっかりとした中身。だが固すぎず歯を通すと脆く崩れる。すごく不思議な食感だった。食べ慣れないものだが、美味しい。
 夢中で二口目を囓っていると、横で『あっ』と声がした。目を向けると、そこには分厚い手袋をして鉄板を持っているコンがいた。その上には今さっき出来上がったのであろう菓子たちがもくもくと湯気を立てている。キッチン内の甘い匂いが一層増したように思えた。
 コンは味見をしているモモを見ると、不満そうに顔を歪め見上げてきた。
『俺が最初に味見しようとしてたのに!』
 熱々らしき鉄板を鍋敷きの上に置き、手袋を外しながらコンはブツブツと文句を言う。膨れさせた頬に、なんて子どもっぽい奴なんだとモモも咀嚼する口を膨らませてしまう。
 モモが無意識のうちにコンと同じことをしていることに気づいていないということに、ナナミは可笑しくなってクスリと笑った。微笑ましい。
 モモは、口を尖らせながらナナミの傍らで菓子作りの手伝いをしているコンに構わず、最後の一口まで食べると指をぺろっと舐めた。本当に、美味しかった。
『ご馳走さま。すっごく美味しかった!』
 味見のお礼を言うと、ナナミが『よかった』とほっとしたように笑う。その横では、次の分のだろうか、コンが粉をパタパタと篩に掛けていた。自分は料理が全く出来ないし、やったこともない。やろうと思ったことも、あまりなかった。元来不器用な方であるからか、モモは人から何かを任されることも少なかった。その燻ったコンプレックスが、目の前の光景で刺激される。
『こ、コンも手伝ってるんだね。すごいね・・・・・・』
 無意識に口から出た。
『俺は手先が器用だからな』
 一瞬目を丸くしたコンは、嫌味な笑みを口に称えながらそう言った。普段だったら『悔しい~!』と嫉妬するモモだが、今は何故かそんな気持ちは湧かなかった。ただ、ナナミと一緒に作業をしているコンが羨ましいと思った。
『いいなぁ。僕も、やってみたいなぁ・・・』
 気がついたら、そんなことをぽつりと言っていた。これではいつもの自分でないことに心配をされてしまう。そう思い慌てて誤魔化そうと言葉を探していると、ナナミが捏ねている生地から顔を上げモモを見た。
『じゃあモモくんにも手伝ってもらおうかな』
 その言葉を言われた瞬間、モモはまるで心の中で花が咲いたように、喜びが湧き上がった。うれしい!うれしい!!
『うん!やるやる!!何すれば良い?』
 勢いよく腕まくりをしながらナナミの側に回り込むモモ。その嬉しそうな様子にナナミはフフッと笑うと、生地から手を離して近くの布巾で手を拭った。
『じゃあ手を洗ったら・・・――』
 コンはむすっとした顔をしながらも、手を洗いナナミの指示に従って手伝いだしたモモに特に口を出すことはなく、自らに与えられた作業を黙々と熟していた。だが時折ちらりと視線を向けてくる。
『こんなカンジ?う~、上手くできないな~・・・』
 ナナミが捏ねた生地を一定の大きさに千切っては丸く薄く形を整えていく。だがその手つきはぎこちなくもたついており、生地が手に絡みついて形を整えるどころではなかった。
『っもー、不器用だな・・・。手ぇ貸して』
『っぁ、うん・・・・・・』
 コンに持っていた生地を奪われたことで“役立たず”さを感じ、モモはしょんぼりと肩を落とした。が、コンが近くに置いてあった袋から粉を取り出し滴量をモモの手の平に塗す。
『これでくっつきにくくなっただろ?こうやって、時々手につけるとやりやすいんだ』
『え・・・・・・』
 ほら、と言って再び渡された形成途中の塊。確かに粉をつけた今では桁違いにやりやすくなった。
『あ、ありがと・・・・・・』
 いつも自分を無視したり馬鹿にする素振りを見せるコンの意外な助けに、モモは未だ信じられない心地のまま感謝を述べた。
『フンッ!アンタが下手すぎるから見てられなかっただけだしっ』
 コンはそう言い放つと、隣に並び同じように生地を手にとっては丸めだした。ビシッと言われた言葉にいつものようにムッとしかけたモモだったが、ふとコンの耳が真っ赤になっていることに気づく。
 ま、まさか僕に『ありがとう』って言われたことに対して照れてる・・・・・・?フンッ、ちょっと、かわいいじゃん・・・・・・
 口を結びながら照れ隠しのように手際よく作業を進めるコンに、モモは少しだけ口元を緩めた。来た当初は生意気中の生意気だったけど・・・・・・まぁマシになったかな。
『あぁもうほんと遅っい。もっと早くできないの、“先輩”?』
『なっ――!?』
 けっこう可愛いとこもあるものだ・・・とほんわかしていたが、すかさず放たれる明らかな煽り。次の瞬間、モモはベトベトになった手をわなわなとさせ、叫んだ。
『や、やっぱり全然可愛くなんかないっ!なっ生意気!!』

 やんややんやと騒がしい二人の子どもたち。二人は果たして仲が良いのか悪いのか。飛び交う言葉には棘があるものの、二人の表情には本当の嫌悪は見当たらない。そして所々で助け合ってもいる。
 二人とも、成長したな・・・・・・と、口げんかを繰り広げながら賑やかに菓子作りをしているコンとモモを眺め、ナナミはそう思った。

 端から聞いていれば『またやっている・・・』と思われる内容であるが、キッチンでは明らかに成長した二人による、見た者をほのぼのとさせる光景が広がっていたのであった。

 ***

「たまたま通りがかったときにね、一部始終を見たんだ・・・」
「あー・・・、だからこないだのおやつの時、モモ先輩が過剰に感想聞いてきたんだー」
「あのお菓子、美味しかったよねー」
「「ねー」」
 見習たちは、菓子の美味しさを思い出し頷き合う。
「でも、犬猿の仲だった二人が最近仲良いのはそれがあったからだったんだね」
「なんと言うか、成長したんだね。コンくんも、モモ先輩も・・・」
「「だね・・・・・・」」
 そうしみじみと、二人のいわば問題児の成長に感動する彼ら。そして、やはり最後はこの言葉で締めくくるのだ。
 やっぱり、
「「「さっすが、ナナミさん」」」


 ――ちょっと成長したし、仲良くもなった二人

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