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39.三人でお出かけ!編7~『食べる価値』
しおりを挟むうんっめぇ~~
夢中で頬張る俺の横、コンは手の中のおにぎりを静かに見つめていた。さ、さすがにこないだみたいに投げ捨てたりしないだろう・・・・・・と若干不安になってくる。もしやっちゃったら、俺は保護者として彼のことを叱らなければならないのだ。完全に嘗められてるけどね。
「食べないのか?」
あまりにも食べる気配のないコンに、俺は思わず声をかけた。だって冷めちゃったら勿体ないもん。
「美味しいからさ――
「これ・・・・・・、作るのにすごい時間と手間がかかるんだな」
『美味しいから、食べてみなよ』とさらに声をかけようとしたとき、コンがぽつりと呟いた。その言葉に驚き、そして嬉しさが込み上げる。ユキちゃんに作ってもらった食事を蔑ろにして何も悪いと思っていない態度に腹が立っていたが、彼はこの体験を通して食事がどれだけ尊いものなのか、わかったのかもしれない。だが、次に彼の口から出た言葉に再び気持ちが沈んだ。
「やっぱ、俺には飯を食べる価値なんてないんだよ」
また出た。“価値”という言葉が。彼は一体何を思ってそんなことを言うのだろう。止めて欲しい。悲しくなるから。
「俺、親に売られたんだよ」
いきなりの衝撃的な発言に、飲み込みかけていたものが気管に入りそうになって咽せる。コンにはふざけの気は一切なく、それが本当であることを物語っていた。
「捨てられたんだ・・・・・・俺のこと、いらないから。昔からずっと言われてきた。『お前は飯を食う価値もない』『こいつに食わせるのが惜しい』って。ずっとずっと言われ続けてきた」
吐き出すような掠れた声に、胸が苦しくなる。初めての、コンの本音。
「で、少し前にとうとう売られたんだけど、奴隷商のじじぃからも何っ回も言われてさ。やっぱ俺ってそうなんだーって。こんな手間掛けて作ってもらったもの、俺なんかが食べちゃだめなんだなーって――
「いない」
「え、」
湿った目が視界を歪ませる。口を開くと、諦めた様な目が俺をぼんやりと捉えた。
「飯を食べる価値がない人間なんていない」
「何を根拠に――
「根拠なんてないし、いらない。確かに、コンが今日知ったみたいに、このおにぎりはすっごい手間と時間がかかってる。苗を育てて、それを畑に植えて、病気や虫から守りながら見守って、そして成長したら収穫して脱穀して、乾燥させて殻と皮を取り除いて、それでやっと調理できるようになるんだ。すごいよね。それにユキちゃんのお父さんたちは、成長過程であげる肥料や日光調節とかを行って、より美味しくするために研究している。そうしてできたものが、今俺たちの手にある。コンは、そうしてみんなが頑張って作ってくれたものを食べる価値があるよ」
そう言うと、コンの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。
『コンは、美味しい物を食べて良い』。みんな、美味しい物を食べる価値がある。コンが食べる価値がないなら、俺にだってないだろう。だって、俺なんか突然この世界にやって来て、拾って助けてくれた店長に雇われて、いきなり客として来たリリアム兄弟のこと犯しちゃったし、可愛いアリスさんやレイさんに酷い言葉をかけてしまうし、スルギには意地悪なこと言っちゃったり、フェリスさんにも気持ち悪い醜態を晒してしまっているし、そもそも俺、変態だし・・・・・・アレ?こんな汚れた俺、ユキちゃんみたいな綺麗な存在に作ってもらった飯、食べる価値なくね?
「コンは、美味しいご飯を食べる価値があるよ。ほら、折角作ってもらったんだから、食べな?」
何度も言われたであろう言葉を消し去ろうと、しつこいがもう一度、しっかりと目を見て言う。嫌がるかと思ったが頭を撫でて促すと、俺の手を払いのけることもせず両手で持ったおにぎりを一口囓った。
「おいしい・・・・・・」
そう小さく呟くと、ぱく、ぱく、と夢中でおにぎりを食べ始めた。その目からは涙が滴っていて、まるで某有名映画の一場面のようだが、コンは鼻を啜りながらも静かに食べ続けていた。
コンは指についた粒まで綺麗に食べ終わり、ふぅ、と一息ついた。頬にある涙腺は乾いており、一先ず落ち着いたのだろう。
「ナナミ、」
コンの本音を知れて、少しは距離が縮まったのかもしれないと嬉しくなっていると、突然名前を呼ばれてビクゥッとなる。初めて名前を呼ばれ、ドキドキと心臓が鼓動を打つ。
「その・・・ご、ごめんなさい・・・・・・」
「へ・・・・・・?」
青天の霹靂とはこのことだろう。生意気で絶対に人に謝らないだろうと思われたコンが、よりにもよって大嫌いな俺に謝罪をしてきたのだ。俺は驚きのあまり間の抜けた声を漏らしてしまった。
「俺、家ではナナミみたいな人たちに世話されて生活してたんだ。でもそいつらマジで腐ってて、最低な奴らで、顔が良い奴は絶対に信用しないって、そのとき決めたんだよ。だから、ナナミの素顔見たときに『欺された』と思ってあんな態度とった。ごめん」
なーるほど。だから眼鏡を取った瞬間俺への態度が急変したわけか。うん、でもコンの言うことわからなくもないよね。だって街へ行ったときなんてみんな偉そうにふんぞり返ってたし、態度も最悪だったもんね。
~初めてのお買い物編~を思い出しながらうえっとなっていると、コンが俺の服の裾をきゅっと握って上目遣いで見つめてきた。
「今でも顔が良い奴は信用できない。・・・けど、ナナミのことは、信用できる、から・・・・・・」
・・・・・・ハッ!!いきなりのデレに一瞬頭が旅立ってたわ。あっぶねぇあぶねぇ。コンのデレはこわいな。俺を容易に殺せる気がする。
「あ、ありがとう」
「ん、」
『俺っ、コンのことも守るからなぁ!!!』とか叫んでしまいたかったが、そんな俺を押しとどめて丸く収める。ふぅ、今得た信頼を秒で失うところだったぜ。
コンの信用を得たところで、俺にはまずやらなければならないことがある。それは――
「あのさ、俺、こないだコンに酷い言葉を言ったこと、すまなかった」
コンへの謝罪だった。
『もういいよ、食べなくて。そんなに食べたくないなら無理して食べることないよ』
『あとさ、俺のことは嫌いでも良いけどさ、周りは巻き込まないで欲しい。みんな迷惑してるから』
最低すぎるこの言葉。俺は自分で自分を許せなかった。コンのしてきた経験も知らず、彼の気持ちも知らないまま、ちゃんと向き合おうともせずに一方的に叱ったのだ。自分の愚かさに、今更ながらに情けなくなる。
一方コンは、何のことだったか・・・と考えた後思い出したようで、
「あれは事実だろ。実際に俺、店に迷惑しかかけてないし」
気まずそうに頬を掻いた。それでも、俺が言ったことがコンを傷つけたというのは変わらない。頭を下げ続ける俺に対し面倒そうに『ああもう許すっ!』と言われ、俺は苦い気持ちのまま頭を上げた。すぐに『んな顔すんなっ』とぺしっと頭を叩かれる。
ふふ・・・。なんか、コンと一気に親しくなれたみたいだ。笑った俺に照れたようにぷい、とよそを向くコンに、拒絶されていた時間が報われた気がした。あれがあってこそ、今この時間がより嬉しい。
「まぁでも、コンの客への態度が悪いっていうのは本当だよなぁ」
「うっせ!あいつらが変に絡んできやがるからだろっ!」
客のこととなると、突如口が悪くなる。おいおい、これで『desire』でやっていけるのか?と不安になってきてしまう。俺はもう一つ、コンに伝えたいことを伝えることにした。
「みんなに迷惑かかるっていうのは、本当」
俺の言葉に、コンはムッとして下を向く。
「でも、心の中では気高さをなくすな。客の前では一応最低限のマナーは守って欲しい。けど、心の中ではそんなに自分を下げなくていい。自分を高く保て。そのままでいいんだよ」
俺の言ったことが意外だったのか、コンはぽかんとした顔で俺を見上げてきた。彼のプライドの高さはその歳では異常な気がするが、まだまだコンについて知らないことは多い。だから強制的に何かをさせることは避けたいのだ。それに、実際心の中まで相手に謙る必要なんてないと思う。コンの気高さは、そのままであってほしい。それだけの人間だと思うからだ。
「う、ん・・・。わかった。客相手には気をつける」
「キャストたちにも、だぞ」
「わかってるよ」
むすっとした顔で答えるコンに、また笑いが零れた。
「お二人とも、お替わりは――
お盆を持って俺たちの近くにやって来たユキちゃんが、親しげに話している俺たちを見て目をまん丸に開いて驚きを露わにした。こちらを向いているコンにユキちゃんの姿は見えておらず、またユキちゃんも小さな声だったため、コンは気づくことなく喋り続けていた。ユキちゃんはほっとしたような表情になり、ふわっと優しく微笑むと彼の弟のところへと戻っていった。
なんとなく、安心したのだろう。俺と一緒で。コンが俺たちのところに来て約一ヶ月ほど経つが、こんなに油断しきった顔を見たのは初めてだからだ。まるで母親のような表情になっていたユキちゃんを見て、俺はまたときめいた。時折ユキちゃんは、大人のような顔をするのだ。これは、キャストになったら全力で守らなければ・・・・・・!!と強く決心した俺だった。
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