異世界ホストNo.1

狼蝶

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31.『desire』の問題児4~ナナミの叱責~

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 ふ、ふぁああああ・・・・・・。
 今、目の前にはほっかほかのおにぎりと味噌汁がある。副菜としておひたしも!もう最高!!
 おにぎりは塩味で、中に味付けした魚の身が入っているのと、もう一つは梅のような果実が入ったものの二つだ。『シャケ』と『梅』だな、前の世界で言うと。
 いただきますと心で呟いて、急ぐように一つを手に取りパクつく。
「うんっま・・・・・・!!!」
 思わずそう呟いてしまった。二度見してしまうほどの衝撃。口に入れ脳にその味が伝達された瞬間、脳内で幸せホルモンが一気にじゅわっと分泌されたような気がしたのだ。これはマジで美味い。いつもの米とは違う味がする。
 いつものはいつもので、美味しい。炊き方にもよるのだが、粒がしっとりとしていて具と馴染む。しかし今日の米は、とにかくもっちり感がすごい!改めて眺めてみると、一粒一粒つやっつやに輝いていて、ぷくりと健康的な張りがある。噛みごたえがあるが固いというわけではなく、ただ噛み続けたくなる食感だ。味も鼻腔を擽る風味を持っていて、なおかつ具の邪魔をするどころか切磋琢磨している、という感じがする。
 大きめのおにぎりを半分程まで夢中で食べたが、味噌汁も冷めないうちにいただこうと一口啜った。
 丁度良い熱さにほっと息を吐く。だしと味噌の風味が口の中全体に広がり、慣れ親しんだものへの安心感と作ってくれたユキちゃんたちへの感謝の気持ちが湧いてきた。絶妙な味付けに、俺は夢中でおにぎりと味噌汁、そしておひたしを平らげてしまったのだった。
 も、もっと食べたい・・・・・・!!空になった皿をじっと見つつも、一人分の食事量は決まっているため食器を流しへと持っていく。
 腹が満たされたことに満足感を抱きつつ、目的もなく廊下を歩く。夕食と言っても時間は早めであるため、まだ外は明るく夜までには時間がある。今日は休日であるためいつもの緊張感はなく、心はのんびりと穏やかだ。
渡り廊下をぶらぶらと歩いていると、窓の向こう側に丸まった小さな背中を見つけた。ちょうど店の入り口の反対側で、天気の良い日には皆の洗濯物が干されるちょっとした庭みたいなスペースだ。そこに、コンが座り込んでいたのだ。
コンは俺が見ていることに気づいていないようで、振り返る様子はない。俺の姿を目に捉えた瞬間拒絶されることがわかりきっていたため、俺はそのまま通り過ぎようとした。が、目を逸らす直前視界の端にユキちゃんが映った。どうやらコンに食事を持ってきたらしい。
トレーの上には湯気の立ったおにぎりと味噌汁が載せられている。わざわざ温め直して運んできたのだろうか。その細やかな気遣いに、ユキちゃんの繊細な思いやりが感じられた。
「これ、“おにぎり”っていうんだけど、食べてみない?」
 ユキちゃんが座り込んでいるコンに近づき、持っているトレーを差し出した。硝子越しであるため、声がくぐもって聞こえてくる。
「ひとつだけでも――
「いらねぇって言ってんじゃん!!」
「「あ、」」
 思わず発した声が、ユキちゃんのものと重なる。
コンがうざったいと言うようにパシッとトレーを手で弾いた。力加減が強かったようで、トレーはユキちゃんの手から離れガシャン!と大きな音を立てて落ちてしまったのだ。味噌汁は零れ地面に染みを作り、おにぎりは二つともころころと転がって行ってしまった。
コンは申し訳なさそうな顔をするわけでもなく、地面に落ちた食事を何もなかったように眺めると、自分に食事を押しつけに来たユキを上目遣いに睨んだ。
あまりにも衝撃的な場面に、俺はショックで思考が停止していた。愛しいおにぎりが目の前で蔑ろにされたのだ。ショックすぎるだろう。しかも、頑張って作っていた本人が目の前にいるのに。
ユキちゃんもショックを受けているようで、トレーを持っていた手の形のまま固まってしまっていた。
段々とコンに対して怒りが沸いてくる。日々の客に対する態度はもちろんのこと、キャストたちへの態度も悪く、特にユキちゃんに置いては多大なる影響を受けている。そこまではまだ『生意気な新人』として許容できなくもない(ほぼできないが)。が、食事を粗末にするということは、俺にはどうしても許せなかった。
俺が窓を開けるのと、その場にパンッと乾いた音が響いたのはほぼ同時だった。頬を叩かれたコンが、何が起こったのかわからずポカンとした表情を浮かべている。しかし遅れてやって来た痛みに自分が何をされたのか認識したようで、その表情が徐々に憤怒へと変化していった。
「・・・は?痛ってぇな。何すんだよ」
「・・・・・・」
 ユキちゃんは、泣いていた。ぼろぼろとビー玉みたいに綺麗な涙の玉を、目から溢れ出させては零していた。コンを叩いた手は震えている。よく見ると、身体全体が小さく震えていた。
 とてもとても、悲しそうな顔だ。言いたいことがあるだろうに、必死に堪えているのか唇を強く噛みしめている。
「何だよ、何か言えよ」
 コンが立ち上がって強い口調で迫るが、ユキちゃんは口を開くことがないまま、目からは涙を零している。
 コンがユキちゃんに掴みかかろうと手を伸ばしたのを、俺がコンの腕を掴んで制止した。いきなり登場した俺に、コンは身体をビクつかせて驚く。しかし次の瞬間ギロリと睨んできた。
「ユキくんに謝れよ。ユキくんたちが一生懸命作ったんだぞ?それを食べもせず挙げ句の果てにこんなことをするなんて――!!」
「うるさいな!お前が作ってるんじゃないならお前に関係ないだろっ!偉そうに説教すんじゃねぇよ!!」
 た、確かに・・・・・・。だが、俺はユキちゃんたちが作ってくれている食事をいつも味わって食べている。決して粗末にしたことはない。他のみんなもそうだろう。しかも、今重要なのは俺が料理を作った本人かどうかという点ではなく、食事を粗末にしたコンの行動である。
「そういうことを話しているんじゃない。感謝と敬意のことを言っているんだ」
「はっ、意味わかんねぇよ。どうせ俺のなんだから、俺がどうしたって文句言うなよな」
 全く意味がわからんという顔で逆ギレしてくるコンが、憎たらしく思えてくる。どうして伝わらないのだろうか。彼の思考回路は一体どうなっているのだろう。この子には作ってくれた人に対する感謝の気持ちはないのだろうか。
 と、その様なことが頭の中をぐるぐると回る。
「もういいよ、食べなくて。そんなに食べたくないなら無理して食べることないよ」
「え、」
 はぁ、と息を一つ吐いて諦めの気持ちを抱きながらそう言うと、コンは目を見開いて意外そうに声を漏らした。
「あとさ、俺のことは嫌いでも良いけどさ、周りは巻き込まないで欲しい。みんな迷惑してるから」
 思ったよりも冷たい声が出てしまった。でもそれは、俺が自覚しているよりも怒っているからかもしれない。今まで抵抗しようと力のこもっていたコンの腕から、力が抜けその重さがのしかかってくる。
「どうせ――
 しかし直後腕に力が入ったかと思うと、俺の手から離れていった。
「どうせ俺には元々飯を喰わせる価値もないんだろっっ!!!」
 そう叫ぶと、いつか風呂場から逃げ出したときのように、脱兎の如く走って行ってしまった。
 ・・・・・・は?“価値がない”?
 コンの言葉に疑問符が浮かぶ。一体どういう意味なのだろうか。この様に人に怒ったことが初めてだったため、心臓がどきどきと早く脈打っている。それに先ほどのコンの気になる言葉に、胸の辺りがもやもやとして堪らない。どうしようもない不安と焦燥感に襲われた。

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