31 / 66
31.『desire』の問題児4~ナナミの叱責~
しおりを挟むふ、ふぁああああ・・・・・・。
今、目の前にはほっかほかのおにぎりと味噌汁がある。副菜としておひたしも!もう最高!!
おにぎりは塩味で、中に味付けした魚の身が入っているのと、もう一つは梅のような果実が入ったものの二つだ。『シャケ』と『梅』だな、前の世界で言うと。
いただきますと心で呟いて、急ぐように一つを手に取りパクつく。
「うんっま・・・・・・!!!」
思わずそう呟いてしまった。二度見してしまうほどの衝撃。口に入れ脳にその味が伝達された瞬間、脳内で幸せホルモンが一気にじゅわっと分泌されたような気がしたのだ。これはマジで美味い。いつもの米とは違う味がする。
いつものはいつもので、美味しい。炊き方にもよるのだが、粒がしっとりとしていて具と馴染む。しかし今日の米は、とにかくもっちり感がすごい!改めて眺めてみると、一粒一粒つやっつやに輝いていて、ぷくりと健康的な張りがある。噛みごたえがあるが固いというわけではなく、ただ噛み続けたくなる食感だ。味も鼻腔を擽る風味を持っていて、なおかつ具の邪魔をするどころか切磋琢磨している、という感じがする。
大きめのおにぎりを半分程まで夢中で食べたが、味噌汁も冷めないうちにいただこうと一口啜った。
丁度良い熱さにほっと息を吐く。だしと味噌の風味が口の中全体に広がり、慣れ親しんだものへの安心感と作ってくれたユキちゃんたちへの感謝の気持ちが湧いてきた。絶妙な味付けに、俺は夢中でおにぎりと味噌汁、そしておひたしを平らげてしまったのだった。
も、もっと食べたい・・・・・・!!空になった皿をじっと見つつも、一人分の食事量は決まっているため食器を流しへと持っていく。
腹が満たされたことに満足感を抱きつつ、目的もなく廊下を歩く。夕食と言っても時間は早めであるため、まだ外は明るく夜までには時間がある。今日は休日であるためいつもの緊張感はなく、心はのんびりと穏やかだ。
渡り廊下をぶらぶらと歩いていると、窓の向こう側に丸まった小さな背中を見つけた。ちょうど店の入り口の反対側で、天気の良い日には皆の洗濯物が干されるちょっとした庭みたいなスペースだ。そこに、コンが座り込んでいたのだ。
コンは俺が見ていることに気づいていないようで、振り返る様子はない。俺の姿を目に捉えた瞬間拒絶されることがわかりきっていたため、俺はそのまま通り過ぎようとした。が、目を逸らす直前視界の端にユキちゃんが映った。どうやらコンに食事を持ってきたらしい。
トレーの上には湯気の立ったおにぎりと味噌汁が載せられている。わざわざ温め直して運んできたのだろうか。その細やかな気遣いに、ユキちゃんの繊細な思いやりが感じられた。
「これ、“おにぎり”っていうんだけど、食べてみない?」
ユキちゃんが座り込んでいるコンに近づき、持っているトレーを差し出した。硝子越しであるため、声がくぐもって聞こえてくる。
「ひとつだけでも――
「いらねぇって言ってんじゃん!!」
「「あ、」」
思わず発した声が、ユキちゃんのものと重なる。
コンがうざったいと言うようにパシッとトレーを手で弾いた。力加減が強かったようで、トレーはユキちゃんの手から離れガシャン!と大きな音を立てて落ちてしまったのだ。味噌汁は零れ地面に染みを作り、おにぎりは二つともころころと転がって行ってしまった。
コンは申し訳なさそうな顔をするわけでもなく、地面に落ちた食事を何もなかったように眺めると、自分に食事を押しつけに来たユキを上目遣いに睨んだ。
あまりにも衝撃的な場面に、俺はショックで思考が停止していた。愛しいおにぎりが目の前で蔑ろにされたのだ。ショックすぎるだろう。しかも、頑張って作っていた本人が目の前にいるのに。
ユキちゃんもショックを受けているようで、トレーを持っていた手の形のまま固まってしまっていた。
段々とコンに対して怒りが沸いてくる。日々の客に対する態度はもちろんのこと、キャストたちへの態度も悪く、特にユキちゃんに置いては多大なる影響を受けている。そこまではまだ『生意気な新人』として許容できなくもない(ほぼできないが)。が、食事を粗末にするということは、俺にはどうしても許せなかった。
俺が窓を開けるのと、その場にパンッと乾いた音が響いたのはほぼ同時だった。頬を叩かれたコンが、何が起こったのかわからずポカンとした表情を浮かべている。しかし遅れてやって来た痛みに自分が何をされたのか認識したようで、その表情が徐々に憤怒へと変化していった。
「・・・は?痛ってぇな。何すんだよ」
「・・・・・・」
ユキちゃんは、泣いていた。ぼろぼろとビー玉みたいに綺麗な涙の玉を、目から溢れ出させては零していた。コンを叩いた手は震えている。よく見ると、身体全体が小さく震えていた。
とてもとても、悲しそうな顔だ。言いたいことがあるだろうに、必死に堪えているのか唇を強く噛みしめている。
「何だよ、何か言えよ」
コンが立ち上がって強い口調で迫るが、ユキちゃんは口を開くことがないまま、目からは涙を零している。
コンがユキちゃんに掴みかかろうと手を伸ばしたのを、俺がコンの腕を掴んで制止した。いきなり登場した俺に、コンは身体をビクつかせて驚く。しかし次の瞬間ギロリと睨んできた。
「ユキくんに謝れよ。ユキくんたちが一生懸命作ったんだぞ?それを食べもせず挙げ句の果てにこんなことをするなんて――!!」
「うるさいな!お前が作ってるんじゃないならお前に関係ないだろっ!偉そうに説教すんじゃねぇよ!!」
た、確かに・・・・・・。だが、俺はユキちゃんたちが作ってくれている食事をいつも味わって食べている。決して粗末にしたことはない。他のみんなもそうだろう。しかも、今重要なのは俺が料理を作った本人かどうかという点ではなく、食事を粗末にしたコンの行動である。
「そういうことを話しているんじゃない。感謝と敬意のことを言っているんだ」
「はっ、意味わかんねぇよ。どうせ俺のなんだから、俺がどうしたって文句言うなよな」
全く意味がわからんという顔で逆ギレしてくるコンが、憎たらしく思えてくる。どうして伝わらないのだろうか。彼の思考回路は一体どうなっているのだろう。この子には作ってくれた人に対する感謝の気持ちはないのだろうか。
と、その様なことが頭の中をぐるぐると回る。
「もういいよ、食べなくて。そんなに食べたくないなら無理して食べることないよ」
「え、」
はぁ、と息を一つ吐いて諦めの気持ちを抱きながらそう言うと、コンは目を見開いて意外そうに声を漏らした。
「あとさ、俺のことは嫌いでも良いけどさ、周りは巻き込まないで欲しい。みんな迷惑してるから」
思ったよりも冷たい声が出てしまった。でもそれは、俺が自覚しているよりも怒っているからかもしれない。今まで抵抗しようと力のこもっていたコンの腕から、力が抜けその重さがのしかかってくる。
「どうせ――
しかし直後腕に力が入ったかと思うと、俺の手から離れていった。
「どうせ俺には元々飯を喰わせる価値もないんだろっっ!!!」
そう叫ぶと、いつか風呂場から逃げ出したときのように、脱兎の如く走って行ってしまった。
・・・・・・は?“価値がない”?
コンの言葉に疑問符が浮かぶ。一体どういう意味なのだろうか。この様に人に怒ったことが初めてだったため、心臓がどきどきと早く脈打っている。それに先ほどのコンの気になる言葉に、胸の辺りがもやもやとして堪らない。どうしようもない不安と焦燥感に襲われた。
10
お気に入りに追加
357
あなたにおすすめの小説
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
私の事は気にしないで下さい
赤嶺
BL
2年生で副会長を勤めている清水咲夜。
いつもは敬語でしっかりものの副会長だが…本当は…
ある1人の転校生が来るまでは、あまり問題も起 少なく平和な日々だった
咲夜はその平和な日々が好きだったが
転校生のせいで毎日五月蝿くなり問題の数が増えてしまい…
固定CPを作る予定は考えておりません。
R18になってしまうかはまだ決まっておりません。もし、R18やR15になってしまう場合は※を付けますのでご注意ください。
過激表現はまだありませんが、もしかしたら今後入るかもしれません。
初投稿作品になります。誤字脱字の報告、感想やアドバイスお待ちしております。毎日投稿は難しいかもしれませんがもし良ければ気長にお待ちくださったら幸いです。
ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)
三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。
各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。
第?章は前知識不要。
基本的にエロエロ。
本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。
一旦中断!詳細は近況を!
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる