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30.『desire』の問題児3~甘~い味見~
しおりを挟むあ~腹減ったぁ・・・・・・。
今日も今日とて腹を空かせながら一階の店内をうろうろしていると、突然ふわりと鼻を擽る匂いが漂ってきた。なつかしく、空腹を刺激するめちゃくちゃ良い匂い。米が炊き上がった匂いだ。もう大好き。真っ白でもちっとなったご飯を頭ではっきりとイメージし、その匂いに誘われて足が自然とキッチンへ向かう。
米食いたい!という思いが強かったからか、腹がぐぅと鳴った。
「うっわ良い匂い。今日はおにぎり?」
「ふぇっ!?」
「よっ、ヨヨギさん!!」
キッチンを覗くと、三人の小さな背中が見えた。大きなおひつの中には真っ白いお米。その中から一塊を手に取りぎゅっぎゅと握っている。嬉しさに思わず声をかけると、驚かせてしまったようで三人は飛び上がった。申し訳なさにごめんとジェスチャーを作る。
「は、はい。今日の晩ご飯はおにぎりにしようかと思って」
一番右でおにぎりを握っていたユキちゃんが、ほわわとした眼差しで手の中のおにぎりを見つめた。その優しくて可愛い顔に、どきりとさせられる。
「あっ、少し味加減を見ていただけますか?」
「味見!?うん、するする!」
ユキちゃんが小さなおにぎりをこちらに差し出してきたので、俺は何も考えずユキちゃんの手からぱくり、とそれを食べてしまった。
「うん!絶妙!!めちゃ美味しい!!」
ユキちゃんの動きが固まってしまったことにも、自分が今犯した行動にも、その時の俺は気づかなかった。が、キッチンを離れてから気づき、深く落ち込むことになる。因みにそれまでのカウントダウンは40秒ほどだ。
口の中に入った大好物に頭の中を花畑にしながら、ちらりとコンロの方を覗くとそこには大きな鍋の中に味噌汁ができていた。それに一気にテンションが上がる。
実はおにぎりも味噌汁も、俺が皆に教えた。教えたというか、一度俺が食べたくて作ったら思ったよりも好評で、こうして時折夕飯のメニューとして使われるようになったのだ。俺としては嬉しい限りである。
「美味しかったー。ユキちゃん、ありがとうね。みんなも、いつもありがとう」
そう言って、スキップ混じりにキッチンを出ていく。
「あ、」
そして廊下へ出た直後、今さっき行った自分の失態を自覚した。まずは無意識に『あーん』をさせてしまったこと。そしてもう一つは『ユキちゃん』と呼んでしまったこと。普段彼のことは『ユキくん』と呼んでいて、ちゃん付けは心の中だけにしていた。それなのに、テンションが上がってついいつも脳内で呼ぶ呼び方をしてしまったのだった。
ヤバッ、気持ち悪がられるやん・・・・・・。一気に萎む気持ち。俺は後で謝ろうと思いながら、とぼとぼと自室に帰っていった。
~その頃の厨房《淡い恋心》~
「先輩っ、先輩!」
「――っぁえ!?へっ、僕、何して・・・・・・」
「大丈夫ですか?今ナナミさんが来て・・・・・・」
「ふぁっ!!そうだった!!!」
心配しながらも興奮気味の後輩二人に先ほどの出来事を教えられ、ぼっと顔を上気させたユキが両手でそれを包む。顔がとても熱い。
ふと右の手の平を見つめると、先ほどナナミがこの手からおにぎりを食したことが思い出され、じんじんと嬉しさが脈打つ。その時微かに触れた彼の唇。その感触が忘れられない。それに、自分のことを『ユキちゃん』と・・・・・・。嬉しさが極限まで高まり、自然と唇が弧を描きそうになる。耳がじんじんと熱を持っていて、鼓動が大きく聞こえてくる。脈動が全身で感じられた。
右手の指に口づけたいという衝動に駆られるが、きっと背後の後輩に見られてしまうだろう。それは、なんと言うか、すっごく恥ずかしい。
ユキは名残惜しさに泣きそうになりながらも、後輩のいる手前手を洗い、再びおにぎり作りに励むのであった。
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