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26.拾い子7~信用されない顔~
しおりを挟む一応俺たちに与えられている部屋にもシャワー室は備え付けられているが、浴室はない。浴室のあるちゃんとした『風呂』というものは一階にあって、入りたい人が入りたい時に各自使用するという形になっている。
浴槽へと湯を流し、蓋を閉める。湯に手を翳すとちょうどよい温度だったので、このままにしておけばいいだろうと放っておく。浴槽は檜のような木材でできており、言葉で表せないような良い匂いが鼻腔を擽った。
「服、上手く脱――っ!」
服を脱げたか確認しようと振り返ると、そこには目を疑いたくなるような光景があった。
コンの身体は骨がうっすらと見えるほど痩せており、背中や腕には鞭で打たれたのだろう、赤い線が痛々しく走っていた。無意識の内に唇を噛みしめてしまう。痛いのは俺じゃなく、彼なのに。
「あの・・・・・・」
俺が黙ったまま顔を顰めていたからだろう、コンが居心地悪そうに声をかけてきた。
「ごめんごめん。お湯溜めてる途中だから、先身体洗っちゃおうか」
急いで俺も服を脱ぎ、腰にタオルを巻く。同じように腰にタオルを巻いた少年の足には、まだ鎖が付いている。見たところ簡単には外れそうにないので、後でなんとかしようということになったのだった。この類いの道具に詳しい人に取り外してもらった方が、安全面を考えても適切だろう。風呂から上がった後で、店長とその話をする予定であった。きっとコンを買うことになった経緯を根掘り葉掘り聞かれるのだろうと思いながら、風呂場の扉を開ける。
「うわっ!」
浴室に入った瞬間、俺の視界は真っ白になった。眼鏡をしていたことをすっかりと忘れていたのだ。馴染みすぎて、存在を忘れていた・・・・・・。恐るべし、眼鏡。
「眼鏡外すの忘れてたから、ちょっと置いてくるね・・・・・・」
「うん・・・・・・っ!!?」
眼鏡を外し、少し待っててねという気持ちを込めてそう言うと、コンは振り返って返事を述べた――のだが、俺の顔を見た瞬間、顔を強ばらせた。
そして次の瞬間浴室から飛び出し、どこかへ走って行ってしまった。
「え、・・・・・・え、待って!!」
一瞬何が起きたのかわからなかったが、急いで俺も浴室から飛び出す。濡れた足跡を辿り、コンの後を追った。
「待って!!ちょっ、一体どうしたのっ――」
足がベタベタであるため何度か滑りながらも走っていくと、彼はなんと店長の足下に抱きついていた。俺が来たのを見ると、店長の陰に隠れてしまう。先ほど奴隷商に追われていたときに俺の後ろに隠れたように。
一体どうしたのか予想もつかなかったが、彼のその態度にショックを受けた。
え、俺、キモかった?少年を浴室で手籠めにしようとしているキモいおっさんみたいだったかな・・・・・・?と想像が暴走する。
店長は何が起こっているのかわかっていない表情で、しがみつくコンの肩を優しくぽんぽんしていた。いいなそれ、俺もされたい――ではなくっ!なんとかしてコンの誤解を解かなければ。
普通に風呂に入ろうとしていただけだけど、もしかしたら俺も服を脱いだのが不快だったのかもしれない。俺は後で一人で入ればよかったのだ、きっと。
「ふぃ~、準備終わったぁ~って、ほぎゃぁああああああああ!!!!?」
「どうした~っうぁっ、あぎゃぁあああああああああ!!!!?」
「二人ともどうしとぅわぁあああああああああ!!!?」
怯えている(?)コンに、別に変なことをしようとした訳では断じてないと弁解のため近寄ってもよいか考えていると、背後でもの凄い叫び声と共に人がぶっ倒れる音がした。
「三人ともどうしたのぉ?そんなとこで尻餅ついてーって、あひゃぁ!!ナナミくんっ!!ナナミくんが裸んぼう!!!」
「うっわ、すごい身体!!やっべぇー、コレはクるわ。モモ、大丈夫か?顔がすごいことになってるぞ」
「カシア兄ちゃん、僕よりもシノ兄の方がヤバいことになってると思う・・・・・・はぅん、ナナミくん、やっぱかっこいい・・・・・・♡」
カシアがモモに指摘されシノに視線を移すと、なるほどモモの言うとおり、シノは息荒く呼吸し今まで見たことのない恐ろしい形相をしていた。
「目に・・・・・・、今目の前にある芸術作品を目に焼き付けなければ・・・・・・!!!」
「シノ兄、目がバッキバキになってる・・・・・・殺気がすごい・・・・・・」
はぁ、はぁと熱の籠っていそうな呼吸に皆が引く。シノは直視できないと両手で顔を覆うものの、見ないと損だろというもう一人の自分による欲望によって指の隙間からナナミの鍛えられた裸体を凝視しているのだった。もう少しで鼻血が出そうである。
ナナミが買ってきてくれた土産の菓子をお供に茶を飲むことを楽しみに、超特急で部屋の準備を整えたキャストたちが一階へと足を運ぶと、そこにはなんと腰にタオル一枚だけというほぼ裸に近い状態のナナミが立っていたのだ。それは驚いたことであろう。今まで見たくてもなかなか見ることのなかったナナミの裸体だ。服の上から見てもわかる美しい身体。それはやはり、想像通りまるで彫刻のようであった。
傷一つないしなやかな肌。盛り上がって主張をするわけでもないが、ちょうどよい筋肉を纏った身体は口に唾液を沸かせるほどセクシーなのだ。腹に薄く線が入っており、舐めしゃぶりたいと数人のキャストが舌なめずりをした。
そうなのだ。今、ナナミはほぼ裸状態だったのだ。
「うわぁ!ちょっ、・・・・・・うわあああああ!!!」
今気づいた自分の状態。それに一気に羞恥心が沸いてきて、俺は飛び上がるほど恥ずかしかった。ヤバい。完全に変態だ。
一番大事なところは幸いにもタオルで隠れていたが、風呂を覗かれて『エッチ!』と叫ぶ女子のように胸元を手で覆って隠そうとしてしまう。意味はないのだが。
「そんなにジロジロ見ないでください!!」
顔に熱を感じつつ、なぜか凝視してくるキャストたちにそう叫ぶが、皆全く言うことを聞いてくれない。
もう最悪だ・・・・・・。お婿に行けない・・・・・・じゃないわっ!今俺がすべきことは、コンの誤解を解くことだ。
「あの、さ・・・・・・、俺、君に何か嫌なことしちゃった・・・・・・?よね?」
「ちかよんなっ!!」
胸を隠していた腕を下ろし、店長にしがみつく少年に向かってゆっくり歩み寄ると、コンはギッ!と睨んで拒絶の言葉を吐いた。店長がおろおろとした態度で俺とコンとを交互に見ている。
「ちょっ、ナナミくんにそんな態度っ――」
「モモ!シッ!」
俺のために怒ってくれたモモをカシアが止め、『だってぇ』と泣きそうな顔をしてむくれる。
「一体どうしたの?さっきまでナナミくんと手を繋いでいたのに」
「顔がっ、顔がっっ・・・・・・」
店長がコンに優しく問いかけると、彼は睨みながら俺を指差した。
ん?顔?
「顔が良いなんてっ、俺のこと、欺しやがって!!」
「へ・・・・・・?」
コンの口から、思いがけない言葉が出てくる。『顔が良い』ことについてはスルーさせて頂くが、『欺す』とは?と疑問に思い、手に持ったままの眼鏡を思い出して納得した。もしかしたら、今まで眼鏡をしてたから俺の顔がはっきり見えていなかったのだろうか。それにしても、別にどんな顔でも良いのでは・・・・・・。と思っていると、コンの店長を掴む力が強まった。
「顔の良い奴は信用できないっ!!俺はお前なんか信用しないからっ!!」
そう言って完全に店長の後ろへ隠れてしまった。
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